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Ⅳ 小さな違和感

 勤務初日に起こった事件を解決してからというもの、双子とライリー三人のSPSスタッフは通常のコンシェルジュチームとも協力してタビサの指揮の下、毎日のように起こる小さな事件を解決しつつ、時には顧客の個人的な依頼をもこなす多忙な日々を送っていた。 「おい、エド! あの部屋の奥さん、今度は『部屋にある金魚鉢を湖の水で満たしたい』だとよ! どうやって湖から水を汲むんだよ!」  ライリーがフロントから回された電話を受けて、信じられないと言った風にエドウィンへ呼び掛ける。セレブの人間が突拍子もない要求を言い出す度に、何とかそれを叶えていたものの、何度も続くとやはりげんなりしてしまう。 「ライリー、落ち着け。湖畔に手動式汲み上げポンプがあるはずだ。地図で確認してくれ」 「あーっ、もう!」  ライリーはブツブツ言いながらオフィスを出て行った。 「ルー、そろそろ巡回に向かうぞ。……どうした? 画面とにらめっこして。何か気になるのか?」  エドウィンがマリルーに声を掛けるが、彼女はオフィスのパソコンで宿泊客の滞在スケジュールや警備の動線を記録したデータを睨んでいた。 「ええ。タビサさんが神経質になっていると思って。ここ数日、警備がやたら厳しくなったと思わない? 何かあったのかもしれないわ」  しかもタビサは『宿泊客の“不自然な行動”を記録・報告』するよう、SPS三人に指示を出していた。 「それは俺も感じていた。だが俺たちがタビサさんに踏み込んだことを聞くことはできない。指示通りにやるだけだ」 「……まあ、そうよね。何もなきゃいいんだけど」  マリルーはパソコンを閉じ、小さくため息を吐いて立ち上がった。  そんな中である日、ホテル・リュミエール最大の顧客トラブルが発生した。 「これは偽物だ! 私がここに持ち込んだスケッチではない! 誰かがすり替えたんだ!」  朝早く、滞在中の大物アーティスト・ローレンス=グラットンが激怒してフロントにやってきたため、スタッフは彼を懸命に宥めながら、オフィスへと通した。すごい剣幕のローレンスにタビサだけでなくエドウィンたちSPS三人、他のコンシェルジュたちも緊張して彼を見つめる。  ローレンスの話によると、彼が自身の別荘として借り切っているスイートルームに飾っていた、数年前に描いた未発表のスケッチ画がいつの間にか精巧なレプリカに入れ替わっているということだった。 「一体、このホテルのセキュリティはどうなっているんだ!」  ドン! とローレンスがデスクを拳で叩き、皆が小さくなるが、さすがはタビサ、いち早く冷静さを取り戻した。 「とりあえず、現場を検証します」  そう言ったものの、実際には彼女の仕事はスタッフの指揮・管理と多岐にわたり、コンシェルジュたちも通常の業務があるため、ローレンスにだけかまけているわけにはいかないのが実情だった。そこでタビサはSPSの三人を振り返った。 「エドウィン、マリルー、ライリー。まずはあなた達三人でお客様とともに現場を見てきて」 「「「わかりました」」」  タビサに振られて、三人は緊張した面持ちで頷いた。  ローレンスのスイートルームは群を抜いた豪華さだった。広さも調度品の高価さも他の部屋と比べてハイクラスだろう。 「グラットン様。スケッチ画が偽物だと気づいたのはいつですか?」  部屋に戻ると疲弊した様子でソファに沈んだローレンスに、エドウィンが尋ねる。 「今朝だ。私はお気に入りであるスケッチ画を毎朝眺めるのだが……昨日の朝の時点では確かに自分の描いた本物だった」 「昨日の朝……」  ライリーが羨望の眼差しでキョロキョロする中、エドウィンはマリルーとともに偽物と指摘されたスケッチ画を検分した。 「パッと見ただけでは、見分けがつかないほど精巧ね」  マリルーが言い、エドウィンは部屋の中をざっと見回した。特に不審なところはないが、念のため尋ねる。 「部屋から無くなったものはありますか?」 「いや、何も無くなってはいない」 「ご不在の時、鍵は掛けていましたか?」 「無論、掛けていた」 「……ということは業務上、部屋に入ることのできる人たち……客室係に絞られるな」 「そうね。昨日の記録を調べてみましょう」  エドウィンが言うと、マリルーはオフィスから持ち出したタブレットを操作して、昨日ローレンスが滞在する東棟を担当したスタッフの記録を呼び出した。画面に客室係の名前が十五人ほど表示される。 「どれどれ……ジミー、ビリー、ナンシー……って、ナンシー?」 「知り合いなのか?」  画面を後ろから覗き込んでいたライリーが表示された名前に驚いた顔をしたため、エドウィンは不審に思う。 「あ、ああ。俺が初日の夕食のとき、グループデートしよう、って言った娘だよ。この前デートに誘ったら、『中旬までは仕事が忙しいから、下旬ならいいわよ』って……」 「客室係の仕事が『中旬まで忙しい』なんてことあるかしら?」  マリルーが眉を顰めるとライリーが慌てて言った。 「ま、まあ、彼女のシフトがそうなってるってことじゃねえか?」 「……彼らの中の誰かがスケッチ画をすり替えたと仮定して……贋作は清掃用のカートに隠して持ち込んだはず。本物もカートで運び出したと考えるのが自然だ」 「つーことは、カートの中にあるかもしれねえ、ってことか」 「……可能性はかなり低いけどね。とっくに他の場所に移したとは思うけれど」 「それでも確かめるしかない。幸い、まだチェックアウトまで時間がある。客室係が業務に取り掛かる前に、手分けしてカートの中を確認しよう」  エドウィンが言い、三人はローレンスのもとを辞すと、次の行動を開始した。  三人は手分けして東棟各フロアのリネン室にある清掃用カートの中を確認した。だがマリルーの推測通り、すべてのカートを確認したが、スケッチ画はなかった。 「やっぱりどこか別の場所に隠したのね」  三人が元の場所に戻って来ると、マリルーは溜息交じりに呟いた。 「寮も探してみるか?」  ライリーが言うが、エドウィンは首を横に振った。 「従業員たちは役職の高いごく一部のスタッフを除いて、皆二人以上の相部屋だ。嵩張るスケッチ画を隠しておくことはできないだろう。そもそも、カートごと建物の外に出るわけがないし、スケッチ画だけ持ち出したとして、誰にも見られないなんてことはありえない」 「そうだよな。……あー…行き詰まっちまった、ってヤツかぁ?」  ライリーが片手を額に当てて天を仰ぐ。 「……だが、客室係以外に犯行可能な人間はいない。……となると」 「協力者、ね」  エドウィンの考えを察してマリルーが続ける。 「その『協力者』が誰か、が問題ね。ローレンスの周辺で、彼を恨んでいて、贋作を作れる腕を持つ人物……」  マリルーの推理を受け、エドウィンとライリーもタブレットを操作して宿泊客リストを開いたものの、該当する人物を特定することはできなかった。

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