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第1話:聖グローリア騎士団
高く澄んだ青空の昼下がりの事だ。
グローリア王国の近郊にあるエニグマ森は、いつもより少し騒がしく、緊張感漂う重々しい空気に満ちていた。およそ30人の鉄の鎧を身に纏った兵士たちが行進していたからだ。
「もうすぐ目的地だ、気を抜くなよ!」
先頭から響く声に、兵士たちは身を引き締める。
太陽が高い位置に昇る昼間だというのに、この森は背の高い木によって日の光がほとんど届かない。常に湿り気のある陰鬱とした空気が満ちていた。地面はぬかるんでいる上に木の根が絡まり、悪路に慣れていない者には歩き続けるのも大変だろう。
そんな森の中を、行進しているのはグローリア王国を支える兵士たち……聖グローリア騎士団の小隊だ。
手入れなどされていない狭い道を黙々と進んでいく。先頭の隊長と副隊長が馬に跨り、その後ろを歩いている兵士たちを率いている。その列の隊長の隣に、1人だけ他の者と違う服装の青年が歩いていた。
「暑いな……」
そう呟きながら、額に僅かに滲んだ汗を手の甲で拭った。
20歳前後の、童顔の若い薬師の男性だった。
ツンツンと寝癖のように跳ねた茶色の短髪、鮮やかな金色の丸い瞳が時折森を見て不安げに揺れている。やや年季の入った白いシャツに、ポケットがたくさん付けられた茶色のズボンを履いている。肩から斜めに薄茶色の大きな手提げ鞄を掛け、その鞄や全身を覆うように深緑色の厚手のローブを羽織っていた。
他の兵士は全員鎧を身に纏い、魔物の巣窟であるこの場所でいつ襲われても対処できるように帯刀している。しかし彼の防具は致命傷を避けるための胸当てのみだった。
「ルッツ、ここは歩きにくいし疲れてないか? 俺の馬に乗るか?」
薬師の男性……ルッツ・ポーリーンに、すぐ隣に居た人物が馬に乗ったまま声をかける。周りを警戒してやや怯えていたルッツは大袈裟にびくりと跳ねて、声がしたすぐ隣を見た。
「大丈夫です。シュヴァリエ隊長や皆さんに比べれば身軽ですし、全然……!」
ルッツは大慌てで馬に跨る人物に首を振った。
声をかけてきたのは、まるで著名な画家が描いた絵画から飛び出したかのような美しい男性だった。金色の細い髪は滲んだ汗で僅かに光り、細められた深紅の瞳は、まるで静かに燃える炎のように熱を秘めている。
大柄の身体に合うよう作られた黒い鎧に、グローリア王国の紋様が刺繍された真っ赤なマントを羽織っている。マントの留め具には煌びやかな宝石があてがわれ、その姿だけで彼が他の兵士とは格式が違う人物だという事がよく分かった。
彼の名前はシュヴァリエ・イシュタール。この隊を率いる長である凄腕の剣士だ。
「それにほら、もうすぐ目的地でしょう? 僕だけ休むなんて他の兵士たちが許さないでしょう」
「そんな奴いたら拳でぶっ飛ばすから安心してくれ。でも君のそういう真面目なところも素敵だと思う。大変だろうが、もう少し頑張って歩いてくれ」
シュヴァリエはにこりと笑ってそう言うと、ルッツの頭を軽く手のひらでポンポンと叩いた。
「あ、あんまりからかわないで下さい……!」
「ははっ、可愛くてつい、な?」
「ぐうっ……」
クスクスと笑うシュヴァリエの隣で、ルッツは触れられた頭に手のひらを置いた。なんだか顔が熱い。シュヴァリエのさり気ないスキンシップにいちいち顔を赤くするのが恥ずかしくて、見られないように首を下に曲げた。
それと同時にシュヴァリエの腰に誰かが蹴りを入れた。
「ぐあっ! おいフレンダ何をする!?」
「は? 気を抜く方が悪いのでは? だいたい自分で兵士達に『気を抜くな』と言っておいて恥ずかしい……」
蹴りを入れたのはルッツの幼馴染であり、副隊長のフレンダ・クルーガーだった。
シュヴァリエ同様、グローリア王国の紋様が刺繍されたマントを羽織り、馬に乗った兵士だ。初雪のようにふわふわの白い髪は馬が歩を進める度に上下に揺れている。澄んだ空を切り取ったかのような水色の瞳は呆れたように細められ、シュヴァリエをじとーと見つめた。
「あー……ほら、報告にあった谷が見えてきましたよ。ルッツ君につまんない事やってないで、さっさと下りてください。馬は運搬に必要なので、魔物に怪我を負わされるわけにはいかないでしょう?」
フレンダが正面を指さすと道の先が下り坂になっていた。
その先が目的地……魔物の巣がある場所らしい。
シュヴァリエが率いるこの部隊がこのエニグマ森に来た理由は、キラーヴォルフという魔物の巣が発見されたからである。
この世界には人間や動物の他に、それらを襲って捕食する『魔物』と呼ばれる肉食の生物が居る。
キラーヴォルフも魔物の一種で、各地に広く分布している魔物だ。小さな群れを作って行動し、狩りを行う四足歩行の猛獣で、人間が襲われた被害報告も多数ある。国民たちが被害に遭わないよう、魔物が増えすぎないように討伐するのが聖グローリア騎士団の仕事の1つであった。
「無言で不貞腐れた顔する暇があるなら、早く戦いの準備してください」
「お……お前、副隊長のはずだよな……?」
「そうですよ。なのでしっかり働いてくださいね、タイチョー」
隊長であるシュヴァリエは少し拗ねた顔で、フレンダに続くように馬を下りる。兵士の1人に声をかけ、2頭の馬の手綱を握らせて待機させることにした。
「ルッツ君もこの先ちょっと危険だから気を付けてね」
「うん。僕も『オメガ』じゃなければ戦えるのに……後ろの方に居るから、フレンダも気を付けてね」
「何事にも適材適所があるから気にしなくて良いよ。ルッツ君の方に危険が及ばないよう戦うから任せてね。僕は勿論、あのポンコツ隊長も一応、強ーい『アルファ』だから」
フレンダはルッツの方に首を向けてにこやかに笑った。
―――――――――
この世界には男女とは別にアルファ、ベータ、オメガという第2の性が存在している。
人口の95%以上を占めるベータは平均的な能力を持っているのに対し、アルファは身体的にも知能も優れた能力を持つと言われている。
シュヴァリエとフレンダはそのアルファだ。
お互い若くして実力を認められ、今の地位に居る。無論それは単純にアルファだからという理由だけでなく、本人たちのたゆまぬ努力の結果である。
対してルッツは最も少ないと言われているオメガだった。
オメガは男性でも中性的で華奢な見た目をしており、アルファと同じように鍛えても筋肉がつきにくい。また男性であっても子供を孕むことができる特殊な身体をしていた。
更にオメガはおよそ3ヵ月に1度、発情期という期間を迎える。この間は高熱にうなされるように身体が重くなり、アルファを誘惑するフェロモンを発する。抑制剤という特別な薬である程度抑える事が出来るが、何かとトラブルは起こりがちだ。
筋肉がつきにくいこと、そして何よりフェロモンの影響で、オメガはある条件を満たさない限り聖グローリア騎士団に入隊する事は認められていない。
ルッツがここに居るのも、ある意味奇跡のようであった。
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