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第36話:番になって

   ルッツの息が整うまで、シュヴァリエはただじっとお腹をさすりながら待っていた。  気怠くてまともに立てそうにもない状況だけど、心地よくて幸せだった。そして呼吸が安定し始めた頃、シュヴァリエがルッツの名を呼び、意を決したように口を開いた。 「……ルッツ、初めて仕事で君をテントに誘った時の事を覚えているか?」 「ええ……?」  突然そんな事を聞かれて、ルッツは首を傾げる。正直今は思い出す余裕もなくて首を横に振った。 「夜に他の兵士と寝ていると想像するだけで眠れず、君が居ないと落ち着かなかった。何も起きるはずないと分かっていても耐えられそうもなく、一緒に寝て欲しいと君をテントに誘った。本当はただ添い寝してくれるだけで良かった」 「そ……そう、だったんですか!?」  あまり詳細は思い出せないが、ルッツはそれを性的な誘いだと解釈してしまった。オメガの自分のみをわざわざ呼び出すなんてそれ以外考えられなくて、だから自らシュヴァリエの前で服を脱いだ。 「俺も断るほどの強い意志があれば良かったのに……初めて見る君の素肌が綺麗で、恥ずかしそうに赤らめた頬や震える吐息があまりにも蠱惑的で我慢できなかった。それなのに俺に抱かれている君はいつも苦しそうだった。君の好きな匂いの香水を用意したり、気持ち良さだけを与えて、俺が感じる幸せを少しでも分けてあげたかった」 「そんな……僕、勝手に勘違いして……ごめんなさい……」  ルッツが性的に求められているのだろうと解釈した結果、シュヴァリエが望むような結果にならなかった。自分が勝手に不埒な関係に持ち込んで、迷惑をかけて、勝手に自己嫌悪に陥るなんて情けない。  謝罪だけで足りるだろうか?  今までの醜態をどう償えばいいか分からない。 「良いんだ、俺が浅はかだったのに変わりはない。それに俺が君を抱きたかったのは事実だ。だからこそ君と繋がって君の身体と心に負担をかけ続けた。本当にすまない……」 「シュヴァリエ隊長が謝る事ではありません」 「いや、俺が悪いよ。ついでにもう1つ大きな謝罪がある。本当に身勝手な感情だが……」  シュヴァリエはルッツの後頭部を撫でた後、その手はそのまま滑るように首の後ろに回っていく。空気に晒されている少し骨ばった項を指先が触れる。  触れられた瞬間ドクンと心臓が大きく跳ねた。指が当たっているだけなのに、首を掴まれているかのように落ち着かない。 「君の身体を知ってしまったからには、もう出会った頃のように戻れない。俺は一生君を求め続ける。何度でも柔らかな肌に触れたい、繋がって俺の事だけで頭をいっぱいにして欲しい、蕩ける身体を何度も揺らして可愛い泣き声を聞き続けたい。……君の意思を無視してでも俺だけのものになってほしい」  優しく撫でる指先から強い執着が伝わってくる。呟かれる言葉は悍ましいのに、嬉しすぎて胸がずっと苦しい。ルッツは自分も大概変わり者だなと思いながら、その先の言葉を静かに待った。  撫でていた指が離れていく。代わりに熱い吐息と、それに続くように大きな舌が項を這う。極上の餌を口に含もうとしているかのように、舌先から零れる唾液を項に塗りたくる。 「ルッツ……俺の番になって」  脳みその皺1つ1つに刻み込むかのような、重圧感のある言葉だった。  ビリビリと全身の神経が逆立つ。執拗に項を舐められ続ける事に僅かな恐怖を感じるのに、更なる痛みが欲しい。まだ表に出すべきでないと秘めていた心の箱を、力強い腕がこじ開けようと手を伸ばしてくる。 「君の為なら何でもできるよ。理想の騎士にだってなれる。他に番になる条件があるなら、君が犠牲になること以外はちゃんと守る。セックスも絶対に無理させない。傍で笑ってくれればいい。君が居たから強くなれた。君以外は何もいらない」 「シュヴァリエ隊長……本当に僕で良いのですか?」  シュヴァリエを信じていない訳ではない。本当は今すぐにでも噛んでほしいのに、やっぱり後で心変わりされたらどうしようかという不安も消えない。だって自分だからこそシュヴァリエにしてあげられる事が、未だに見つかっていないのだ。 「少し前にも言った通り、君が居る事に大きな意味がある。というか脅しのようで悪いけど、待つことは出来るが断らないで欲しい。これ以上悍ましい事を言って怖がらせたくないから」  これでもまだ本音を出しきっていないのかとやや呆れつつも、ルッツの顔は喜びを示すかのように赤く染まる。  結論をルッツに任せているようで、声色は拒否を認めぬ凄みがある。じっと項を見つめる瞳とまとわりつく舌は、ルッツがYesと言うまで離してくれそうにない。  正直、ルッツの答えはとうに決まっている。大切に隠していた願いを詰めていた心の箱の蓋を、自らの意思で開けた。 「シュヴァリエ隊長……僕、もっと頑張るので、僕の番になってください……!!」  ルッツは項を差し出すように首を下に曲げた。シュヴァリエの口に押し付けるように晒された首に震えた吐息がかかる。  途端、項に噛まれ焼けるような痛みが走る。痛覚で反射的に身体を捩ると、逃げられないように顎の下に手を差し込まれ、喉を押さえられた。ごくんと上下するルッツの喉を、シュヴァリエの指先が掠める。  薄い皮膚に1本1本歯の痕を刻み付けるような力強さだった。痛みからかアルファに噛まれたからかは分からないが、項から染みる様に全身に温かい何かが巡ってくる。  全ての細胞を作り替えられるかのような、言葉にできない奇妙な感覚だった。しばらく噛まれ続けた後、シュヴァリエの口が離れていく。  空気に晒されても、項は非常に熱いままだ。 「これで君は、俺のものだ」  歓喜に震える声が聞こえる。項をするりと撫でられると少し痛むが、手を振り払う事が出来なかった。  振り返ると、嬉しそうに微笑むシュヴァリエと目が合った。一度中に出されてフェロモンが収まったからか、開ききっていた瞳孔はいつものように戻っていた。優しく細められた赤が宝石のように揺らめいていた。 「僕は……貴方の番になれたのですか?」 「ああ、そして俺も君のものだ。俺はもう1人では生きていけない、一緒に支え合おうな」  シュヴァリエはルッツの顎に触れて、顔を僅かに上に向かせると、その小さな唇にキスをする。お互い控えめに伸ばした舌でつつき合い、先端を少し絡めた後離れていく。幸福感に酔いしれるように、ルッツの顔はとろんと溶けていた。 「シュヴァリエ隊長」 「なんだい?」 「僕……今とても幸せです」  行為後の気だるさと項に確かな痛みがあるのに、なんだか夢を見ているような気分だった。  どこか現実味がないがこれは紛れもない事実で、今後もこの幸せはきっと続いていく。シュヴァリエはしばらく目を見開いた後、ルッツの頬を両手で包み込みながら再びキスをした。 「俺もだ。ルッツに会えて本当に良かった」  

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