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Year 1 - #0

Year 1 - #0 『旧時代の生物学において、生命の定義は『境界』『代謝』そして『自己複製』と定義されていましタ。 しかし、不確定な個体間交配による自己複製は、著しいリソースの浪費であり、時に尊い生命を脅かす欠陥機能に過ぎません、御存知ですネ?』 頭上の小さなスピーカーから流れ出る、抑揚のない音声。 「分かってる、その先の文言も暗記しているから飛ばしてほしい」 今日この場所にに招集されているのは、仮にも優秀とされる遺伝子を持った人類ばかり。 この文言を覚えていない奴など、一人もいないだろう。 そう嘯きたかったが、これが自分に課された義務なのだと瞼を下ろし、壁に凭れる。 『そうはいきません、どうぞ最後までご傾聴くださいまセ。 氷河期を越えた我々が到達した解こそが、完全管理下における生殖資源の最大効率化です、御尊父から望まれたその尊い御身を穢すことなく……』 一緒に来た父は、広い肩幅を縮めているだろうか。高さの足りない空間で、項垂れるように足元ばかり見ているかもしれない。 狭小な隣のブースにいるであろう父の姿を想像し、ふっと口元を緩める。 『以上になります、ご理解頂けましたネ?』 「ここは自宅のシャワーブースより狭いから嫌い。文献で見た棺桶みたいだ」 『棺桶には座面は付いておりませんし、当コロニーにおいて土地は有限です、何卒ご理解ヲ』 地表に終わらない冬が来た直後、当時の最新技術で採掘した人類の居住区。 人口は十数万に調節されているとは言え、どこにだって余裕は無い。 「……俺たちも君らのように実体を伴わなければ快適だと思うよ」 『AI如きに御冗談はお止し下さいませ、尚、会話ログは残りませんので、どうぞお気を楽ニ』 「そのAI如きに気を遣われたのか」 『続いて生体識別照合を致しまス。 01-248-0048typeAlpha、イワナガミコト様。承認致しましたので生体適合検査に移ります……』 ミコトはふっと息を吐く。 今回で三度目の検査だ。これ以降の流れも全て把握している。 スピーカーの横から噴霧される甘い香りを吸い込み、数分待機し、終了。 これで生殖資源の何が分かるのかまでは一般に知らされていないが、人類存続のために課された義務なのだから仕方がない。 ミコトは何の疑問も持たずに、その扉が再び開くのを待っていた。 「ねえ、……開かないけど?」 『イワナガ様。脈拍数増大、血圧及び体温も上昇しております故、このまま暫くお待ち下さイ』 「は!? そんな訳がない、出せ!!」 抑揚のない声を肯定するかのように、身体の奥から未知の感覚が押し寄せてくる。 『大切な御身ですので精密な検査を実施致します、心地よく眠れる薬剤の噴霧を致しますのでどうぞごゆるりト……』 「そんな、困る! 大体父が許すはずが……!」 『御尊父にはご報告済みで御座いますのデ』 立て続けに噴霧される甘い何かと、揺らぐ視界。 扉を叩いていた拳を緩めると、ぬるりとした感覚があった。 「何、これ、血……? ああ、ああ!!」 爪で皮膚を裂くほどの力が自分にあったこと。 痛覚を失ったかのように何も感じないこと。 そして何より、自覚した強烈な喉の渇きに戸惑いが隠せない。 それでも何かを求める身体の疼きが、喉を潰す程の咆哮となって身体から漏れてゆく。 意識が途切れるその瞬間まで、ひたすらに湧き出ていたのは、怒りに似た恐ろしいまでの焦燥感だったのだと、思う。 何かが、何かが足りないと、全身が叫んでいた。 ◇ 目覚めは最悪の気分だった。 壁に額を擦り付けたまま気絶していたようで、ゆっくりと上半身を持ち上げると酷く首が痛んだ。 「……何を、したの?」 『お目覚め何よりです、イワナガミコト様。適合検査の結果、見事素晴らしい成績を残されましタ』 「そう、せめて傷の手当てとか、横に寝かせるとか無かった訳? 窒息してたかもしれないけど?」 『当施設にはその尊い御身に触れられる者がおりませんのデ』 手のひらに走るズキズキとした刺激。 そして父にあつらえてもらった白いシャツに、固くこびりついてしまった赤黒い血痕を見て、ミコトは大きく溜息を吐く。 「適合したら国の為にここで定期的な血液の提供だろ? 俺が自分で採血しろってことなのか?」 『ここでは説明しきれませんのでどうぞ、別室ヘ。案内が待っておりまス』 つい先程まで狂ったように叩いていた扉が簡単に開く。 あちこち痛む身体を労るように、壁に手を付きながら立ち上がる。 検査ブースごと別の場所に輸送されていたら、と最悪な想定もしていたが、杞憂に終わる。 ここに来る時と同じ無機質な通路は、小さな清掃ロボットのような案内役がいるここと、誰もいないこと以外は何一つ変わってないなかった。 チラリと自分の閉じ込められていたブースを見やり、ギョッとした。 「……これ、清掃するの?」 『いいえ、破棄致しまス。想定内ですのでどうぞお気になさらズ』 この、獣が暴れたような……飛び散った血液と、それを伸ばすように何処かしこに刻まれた5本の痕。 入る時にはなかったそれは、散々暴れたつい先程に自らが付けたものだろうが、信じたくなかった。 思い出したように手のひらが酷く疼く。 自分が冷静でなくなったのはそう、あの甘い、脳から脊髄をズタズタに引き裂くような甘過ぎる匂い。 「……こうなるのが想定内ってどういう事?」 『私には権限がないのでス。後程責任者がお答え致しますので、移動の間にお聞きになりたいことの要点をおまとめしていて下さいまセ』 ブースから、案内役ロボットから、声がずれて響いて心底気持ちが悪い。 「奥に行けばいいんだね?」 『はい、足元にお気を付けて下さいまセ』 ミコトは逃げるようにその場を離れ、追いつける程の走行性を持たない案内役は、警戒色を発しながら後を付いてくる。 『突き当たりを右でス』 「俺が逃げるとか想定はしてないの?」 『聡明なAlpha様ですので、寸毫の疑いもないかト』 「お前嫌な奴だね」 誰ともすれ違わない無機質で狭い通路。 進むべき方向のダウンライトが点灯し、通り過ぎれば直ぐに消えてゆく。 まるで深淵に誘い込まれるような不気味さを感じつつも、誰もいない空間は快適だった。 ここには比較される別個体がいない。 故に見栄を張ることも、威厳を示すことも、なにも必要ないのだ。 『こちらへどうゾ』 殆ど全ての扉を通り過ぎて、最後の最後。 壁の色と同化して、隠れるようにひっそりとした小さな扉が、音もなく開いた。 奥行きのない狭い部屋。 それを二間に仕切る傷一つない厚いガラス。 上質な椅子。簡単な医療キット。それだけ。 踏み込むべき足が竦んだ。 「何、ここ……面会室? 取り繕うべき?」 『ご自由に、彼の方はどのようなイワナガミコト様でも受け入れられますのデ』 「かのかた? 疑問を増やさないで欲しいのだけど」 『私はお帰りまでここで待機しておりますね、施設長から説明があるまで御身の御手当を推奨致しまス』 促されるままに着座し、手のひらを見る。 乾燥した血液が皮膚を突っ張らせ、それでも無理やり開くと、赤黒い欠片となって落ちてゆく。 白い床に散る穢れのような色に、思わず目を細める。 ミコトは手当てなどしたことがなかったし、知識も持ち合わせていなかった。 ボロボロになった爪を切るべきか、それとも傷口を保護するべきか。 検討すらつかない。 「まずは洗浄じゃないのか? 使えないAIだ……」 そう呟いた瞬間、頭上のスピーカーが音を立てた。 『大変申し訳ない、この施設は色々と面倒でね。01-248-0048typeAlpha、イワナガミコト殿』 「いえ、お気遣いなく。ミコトとお呼び下さい」 『感謝するミコト殿。手当をしながら聞いて欲しい、私が施設長と呼ばれる者だ。此度は大いに混乱したね』 「お言葉に甘えます」 この施設とは国の繁殖を担う国立繁殖管理センターのことであり、スピーカーの向こうの彼は相当に偉いのだ。 本来なら、媚び諂い気に入られて一気に就職……と打算しなければならない相手だ。 けれどどこか夢現のようで、いつもなら恐縮して何も言えないはずのミコトの心は凪いでいた。 『疑問には可能な限り全て答えるが、見てもらった方が早いだろう』 何を、と言おうとしたところで、切った爪が床に落ちた。 ついでにこの散らばる赤黒い破片も拭ってしまうべきかとガーゼを手に、椅子から降りて跪く。 象牙色の床に紛れた爪を視界の隅に漸く見つけた時、手元が陰った。 少しだけ視線を上げると、ガラスの向こう側で自分同様、人がしゃがみ込んでいた。 驚いて顔を上げ、その人物を視界に収めたミコトは思わず喉を鳴らす。 「誰、でしょうか」 『Y-0398、通称サクヤ。この世で唯一の繁殖可能遺伝子を持つ個体の一人だ』 「……繁殖が可能?」 探究心の尽きそうにない艶々の、宝石のような桜色の瞳がこちらをじっと見つめている。 視線が絡んだだけで、目の奥がじわじわと熱くなっていくのが分かった。 「……僕たちも父の繁殖によって産まれたはずです」 『ヒトは単為生殖はできない、この子達が母体だ』 辛うじて成り立つ会話で、まともな思考すらままならない。 それ程までに椅子に腰掛けた人物に魅入ってしまう。 控えめな鼻先と、頬を丸く持ち上げる嬉しそうな唇。 そして鼻から頬に散る、美しい花弁のような薄茶色の跡。 「人工的な繁殖が、人類にとって最も効率的で最善だと……」 『遠い昔に君達が望んだ世界は、結局実現しなかったのだよ』 短い前髪の下、髪と同じ白金の眉を下げながら、にこりと笑う繁殖可能個体。サクヤ。 ヒトのオスしか遺っていないこの世界で、彼はどこか、自分とは何かが違うのだ。何かが。 「私が、彼と繁殖をするのでしょうか」 『そんな非効率でこの世界の人類が存続できるとでも?』 稚拙な発想はバッサリと切り捨てられた。 良く考えれば分かる。 この国立繁殖センターが例年誕生させている赤子は二千人程度、同数の母体がこの狭い施設に隠匿できるはずもない。 嫌な汗が背を伝う。 『国家存続の為ひいては人類の為だ』 「なぜ自分が呼ばれたのですか、自分は何の技術も知恵も持ち合わせていません」 それでも彼から目が離せない。 一切の音も通さないガラス越し、向こう側の彼も同じように頭上のスピーカーから、声を聞いているのだろうか。 誰かに呼ばれたかのように、ぱっと後ろを向いてしまう頭。 その短い白金の髪は、光の当たり具合に合わせて様々な色を伺わせており、短く刈り込まれた後頭部も輝くかのようだった。 そしてその下に伸びる、陽を蓄えたような肌を纏った首筋に、ミコトは生唾を飲み込む。 『彼らは原始の生物に近いが故に不安定だ、ミコト殿には彼の支えになってもらう。そのための適合検査だ』 「……施設長は検査ブースで何があったか御存知でしょう、とても適任ではありません」 適合検査の時に嗅いだ、甘い匂いが鼻に蘇る。 手のひらの皮膚に再び爪が食い込み、僅かに鉄臭い匂いが混じり合う。 『ミコト殿はサクヤの良き理解者になれる』 「理解者……」 こちらに向き直したあどけない顔は、再び笑みを浮かべた。 何故そんなにも、素直な笑顔を向けてくれるのだろうか。 大して見目も優れていない、加えて散々醜態を晒して薄汚れた現状を、ミコトは恥じる。 『    』 何かを伝えるかのように、動かされた小さな口。 それに釘付けになっていると、サクヤは笑いながら椅子から立ち上がって見せた そして、ヒラヒラと、ガラスの向こう側で両手が揺れる。 軽い足取りで部屋を出ていこうとする彼に、漸くこの奇妙な面会が終わることに気付いた。 思わず追いかけるように立ち上がり、椅子を蹴倒してしまう。 派手な音を立てて散らばる医療キット。 その音すら彼には届いていない。 「……何なのでしょうか、この衝動は」 彼の消えて行った扉は完全に閉まった。 わなわなと、身体が震える。 呼吸すら苦しい、悲しみのようなものに頭が支配されてゆく。 自分のものではない彼を、サクヤを、取り上げられてしまったような、行き場のない理不尽な怒り。 『さぁ、何だろうね。私には健闘も付かないが、君にとってサクヤは唯一の……運命、ということではないかな』 散らばった医療キットの中から、手に当たった最も硬く鋭利な爪切りを掴み取る。 到底許される事ではないと、頭では分かっているのに、振り下ろす手が止められない。 ただ衝動のままに、目の前の冷たいガラス面へと何度も何度も、叩きつけた。 next

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