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水底 ※R
鼻腔をくすぐる甘い匂い。
自分で作ったそれは完全な紛い物だったと気付かされる、嗅ぐだけで幸せになるような匂い。
「おはよう、ミコト」
目覚めた瞬間に、自分の手が大好きな人に握られているのを理解する、こんな幸せな事はない。
「うわ、寝てた……?」
「少しだけね」
手渡されたグラスに並々と入った水。
それを一気に呷り、ふっと息をつく。
「サクヤ、身体、大丈夫?」
「平気だよ、ちゃんと鍛えてたもの……ミコトとセックスするためにね」
「あ、そ、そうなの?」
「Alphaは絶倫だって常識でしょ?」
ふふ、と笑うサクヤに何も言えない。
グラスを受け取ってデスクに置いてくれるサクヤの、項に刻まれた歯型。
自分は、どうしてこんなことをしたのか。
そう思ってミコトは居た堪れずに、そっと手を伸ばす。
「なあに?」
「ごめんね、サクヤ」
一瞬驚いた顔をするも、サクヤはニマニマとした表情を浮かべて飛びついてきた。
「これはね、オレがずっと欲しかったものなの」
「歯型だよ? それに痛かったでしょ?」
「heatって覚えてる? その時は痛みすら感じないんだよ……これはオレたちが番だって証」
番とは、雌雄のある生物が繁殖の為に作るペアのことだったはず。
「発情してたの?」
「そうだよ、今までだってミコトの匂いで発情してたじゃない」
いろんな体液でカピカピになった体の上に、いつの間にか綺麗になっているサクヤが跨がる。
そして目を細めながら、ミコトの唇をつっ……となぞり、そのまま歯列を割って口腔内へと指先を滑り込ませる。
「ここ、この上くらいに受容体があるの」
サクヤの性器を擦り付けられた、まさにその場所を撫でられた。
「Omegaのフェロモンを受容すると、Alphaもフェロモンを出すんだよ」
喉の方まで指を這わされ、苦しい筈なのにミコトの身体は徐々に熱を帯びてくる。
「それをOmegaが受容するとね、ヒートを起こして、排卵寸前になるの……」
苦しみも痛みも、サクヤに与えられていると思うと、全てが快楽へとすり替わってしまう。
首筋にあれだけの咬傷を受けて笑っていられたサクヤの心情も、なんとなく理解できる。
与えられる刺激を悉に拾い上げた身体は、反応を見せ始め、サクヤもそれに気付いたようだった。
おもむろに腰を浮かせたサクヤが、ミコトの肩に手を置きながら、生殖器を宛行う。
「こうして挿入して、射精してもらえれば排卵できるから、受精率はほぼ100%ってことだね……んっ」
卑猥な音を響かせながら、ゆっくりと、体内へミコトの性器を収めてゆくサクヤ。
「この10年間、俺の役目はフェロモンでサクヤの排卵を促進させることだったって、こと?」
恍惚な表情で、ニコリと微笑まれて、声が上擦る。
「そう、卵子を過剰に作るのはできても、全てを一気に熟れさせるのは薬じゃ難しいからね」
頭はしっかりとその事実を受け止め、冷え切っているというのに、身体は熱かった。
サクヤの体内に全て収まった性器は、甘い匂いに誘惑される。孕ませろ、と。
「運命の人にヒートを起こしてもらえれば、採卵の麻酔すら必要なくなるの、怖いよね」
肩に置かれていた手は、いつの間にかシーツの上に爪を立てていた。
「でも幸せなの、すごく」
ぱかり、と見せ付けるように開かれた膝。
濡れた結合部をきゅっ、と締め付けられて、呼吸が乱れる。
「それは、極限状態下の、錯覚と、依存じゃないの……?」
ふらふらと、誘われるがままに、その腰に手を伸ばしてしまう。
「そうかな、そうかも。でもこの幸福感を得るために、Omegaは繁殖するんだよ」
しっかりと固定された腰に、自由になるサクヤの腕。
それが首筋を撫で、後頭部に回り込み、甘い香りに抱き締められるミコト。
「たくさんの子を産み落としていけば、第二性も豊かになるでしょ……後に生まれるOmegaも、運命の人を見つけられるの、オレみたいに」
そして気付いてしまう。
国幹である繁殖の権限の全てをOmegaが、掌握しているのだと。
「ミコトに出会えたことが間違いなく人生一番の幸せなんだけど……変かな」
「俺も全く同じだ、愛してる、サクヤ」
「そう、愛なの。愛してるの」
Omegaを除いて、繁殖ができなくなった人類。
全てを切り捨ててOmegaだけで新しい世界を作ることなど、造作でもないだろうに。
それでもひっそりと水底に隠れ、彼らは身体を酷使しながら生をつなぐのだ。
全ての人類を、自分たちの遺伝子を受け継ぐ子らを愛でながら。
「サクヤ、このまましていい?」
「いいけど……もう受精は済んでるかもよ?」
「セックスじゃなくて、交尾がしたい」
優しく弧を描く唇。
堪らずそこに口づけながら、ゆっくりと背後へと押し倒す。
この世界は、Omegaが愛を見つけるための巨大な箱庭なのかもしれない。
倫理の破綻しているような繁殖法も、希望とは言い難い未来も、全てを受け入れよう。
サクヤが望むのであれば、この世界の維持に加担しよう。
決してこの手は離しはしない。
みなそこまても きみとふたりて
End
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