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第29話 嵐は過ぎ去って
「玲、何かおやつ買って行こうか」
若い衆も昨日は遅くまで大変だった。労わる気持ちで、何か差し入れをと思うのだ。
「うん、僕ドーナツがいいな」
そうか、ドーナツなら気楽に食べられる。直ぐに食べなくても今日中だったら大丈夫だから夜食にもなる。ちょうど見かけた洒落た店構えのドーナツ屋に入る。
「玲はどれがいい?」
「うーん、あっ僕はこれがいい!」
「チョコだね」
「兄さんは?」
「僕は……レモンにしよう、夏向きで美味しそうだ」
チョコにレモン、他にも何種類かのドーナツを選び三十個のドーナツを買い込む。
「帰ったらすぐに食べていい?」
「ああ、いいよ。相川に冷たい飲み物入れてもらおう」
本宅へ戻り、相川にドーナツを渡す。
「これは気遣っていただいて、若いもんが喜びます」
「相川も良かったら食べて。甘さ控えめのもあるから。祥吾さんは親父さんとこ?」
「はい、頭たちも集まっています」
つまり、幹部たちとの会合だってこと。昨日の件だろう。ならば結人は、顔を出すのは控えようと思う。幹部たちの会合には、呼ばれない限り参加しないのだ。
「美味しいか?」
「うん! 美味しいよ!」
満面の笑みで応える玲。口の端にチョコが付いているのを、拭きとってやる。
「兄さんのも美味しい?」
「ああ、美味しいよ。食べてみるか?」
自分のレモン味のドーナツも食べさせてやると、更にニコニコ顔だ。
「美味しかった! ごちそうさま!」
ちょうど食べ終わったところに、沢村がくる。
「先生、親父さんが呼んでます。坊ちゃんは私が見てますんで」
昨日の今日だから、玲から目を離さないってことか。
東吾の部屋へ行くと、幹部たち揃い踏み。ちょっと身構える。そして下座に若い二人の姿が目に入る。当然幹部ではない。
「結人、こっちへ来い。お前にも話しておく」
祥吾に呼ばれ、隣に座る。
「この二人は今日から玲付きにする」
「玲付き?」
「そうだ、専属護衛だ。学校の行き帰りには護衛を付けていたが専属ではなかった。昨日の件で専属を付けるべきとの結論になったから、早速決めた。二人とも大学出だ。遊び相手にもなれる」
ああそうか、ならば安心だ。四六時中結人が側にいられるわけではない。特に夏休みはそうだ。今まではそれで不安を感じたことはない。本宅には相川はじめ多くの若い衆がいるから、誰か彼かが玲の相手をする。しかし、それが昨日の事件に繋がってしまった。
「そうだね、僕も安心できる。玲のことよろしく頼むよ」
結人が言うと、二人はかしこまって頭を下げる。
「じゃあお前たちは早速沢村と替わって玲に付いてくれ」
「君たち、ドーナツ食べてくれ。あっ、頭たちも食べますか?」
「ドーナツですか?」
「うん、さっき若い衆へ差し入れたんだけど、沢山あるから頭たちも良かったらどうぞ」
祥吾が、くくっと笑う。
「何がおかしいの?」
「いや、極道もんがドーナツって、絵面想像したら笑うだろうが」
言われて結人も、頭の中にその絵面が浮かぶ。確かに強面の極道たちがドーナツ頬張る姿はおかしいかも……。
「まあ、それは確かに……でも昨日の今日だから、甘いもの食べると気分が変わるでしょ」
祥吾はまだ笑っている。もーっ嫌なやつと思ったが、若頭の久城がとりなすように言う。
「せっかくの先生の気遣いだからいただきますよ」
結人は嬉しくなって、皆にドーナツを食べてもらう。
「ドーナツなんて久しぶりに食うが美味いな」
「頭、ドーナツ食った事あるんですか?」
久城に若頭補佐の渋谷が突っ込む。
「お前失礼だな、ドーナツくらい食ったことあるだろう、多分だけど」
「多分って……」
「そう言うお前はあるんかよ」
「そりゃああるでしょ、いつ食べたか覚えてないけど」
「お前も変わんないじゃないか」
そんなこんなでわいわい賑やかに、ドーナツは強面極道の腹の中に納まったのだった。
結人が言う通り、甘いものを食べると気分が変わるのだ、例え極道であっても。
玲の誘拐は、鬼神一家にとって大きな嵐だったが、無事やり過ごした今は、平和な日常を取り戻すことは容易い。盤石な土台があるからだ。
次章からは一気に時代が十年進みます。
極道の世界のリアル、そして大人になった玲を書いていきたいと思います。
そして大変申し訳ございませんが、一ヶ月ほど休載させていただきます。再開は11月中旬を予定しています。
連載再開しましたらまた読みに来てくださますようお願いいたします。
それでは皆様お元気でご自愛くださいませ。 梅川 ノン
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