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1.『10人目の恋人にフラレた』①

「絶対おかしいだろ、今度こそ上手くいく流れだったじゃん……なんで? 意味わかんねぇ……最悪」  ぐす、ぐす、と鼻を鳴らしながらぼろぼろ零れる涙を上着の袖で拭う。コンビニのスイーツ売り場でしゃがみ込み、近くに置いたカゴにつぎつぎお菓子を放り入れた。  ロールケーキ、杏仁プリン、チーズタルト、チョコムース、ミルクレープ、クリーム大福。  和洋中まで様々なスイーツ達はごちゃごちゃとカゴの中で斜めになったり下敷きになったりしている。本当だったら仕事帰りのOLとかに、一日の癒しとして買われていって大事に食べられるはずだった杏仁プリン。  コンビニに寄ったお母さんに子どもがねだってやっと一個だけ買って貰えたロールケーキ。ごめんなオレが掴んだせいでこんな雑な扱いで。いや全部オレの妄想だけど。  コンビニの店員がチラチラとこっちを窺っていても、シレッと無視した。いいじゃん、全部オレが買うんだからさ。そっちは売れれば良いんでしょ。 「……ほんっと、むかつく……」  店員の他にもこっちを見てくる客が結構いる。耳の丸い肉食獣型とか、顔の長い草食系とか。泣いてる兎獣人がそんなに珍しいのかよ。襟もと覗き込んでネックガード見るんじゃねーよ、痴漢かよ。  オレは生まれた時から耳の先まで真っ白な、兎獣人だった。目は赤色をしている、アルビノってやつだ。いつもは目立つのが嫌でパーカーのフードで隠してるけど、今は耳も尻尾も出したままだから凄く人目に付く。  兎獣人と言えば、雑誌の種族別恋人ランキングとかでも『不動のナンバーワン』って言われてる人気種族だった。ちなみに恋人って言っても『抱きたいランキング』なんだけど。  多産が本能に組み込まれてる兎獣人は、男も女も性欲が強くて可愛くて小さくて、恋人にもセフレにもぴったり! が世の中の定説になっていた。  下手な別種族の女の子引っかけるより兎獣人がいいよね、そんでオメガだったらサイコー! なんて記事もネット上にはたくさんある。この手の記事は好き勝手書くものだけど、無責任にもほどがある特集だった。アレのせいで兎のオメガといえば男をとっかえひっかえのビッチとか言われるんだよ。  この世には男女の他にオメガとアルファ、そしてベータという性がある。アルファやオメガはこれ自体が獣人の特性みたいなもんで、二次成長後のフェロモンと深く関係していた。最新の研究結果では、本来獣人にはアルファとオメガしかいなかった、と言われている。そこに人間が混じってベータというくくりが出来て、広く交配した結果フェロモン特性は次第に薄くなっていった。  次世代になって、稀少な確率で生まれてくる獣性の強い子どもをアルファ、オメガと呼ぶようになったんだとか。  アルファは上位種族や優等種と呼ばれていて、身長が大きかったり運動能力にも恵まれていて、IQも高いという。某財閥の一族なんかアルファの多い獅子獣人だったり、オリンピック選手はだいたいアルファ、経営者とか金持ちとかもう全部アルファって感じなんだよね。全人口の一割に満たない数しかいない、選ばれた人種だ。  逆にオメガは、あまり身体に筋肉がつかず華奢で運動能力が低く囲われて生活すること前提みたいな劣等種だった。男で女でもオメガであれば容姿は特に優れていて、発情期にフェロモンを発し、アルファを誘う。そうして絡め取ったアルファから庇護と愛情を受け、生活するのがオメガだった。簡単に言えばヒモだ。愛妾とか呼ぶ時代もあったかもだけど。  実はそのオメガっていうのは、アルファよりも数が少ない。劣等種だ下位種族だ、孕み腹だのと言われていた時代はすっかり終わって今やレアもの扱いされていた。  ご先祖のオメガが人権侵害を訴えてくれたおかげだね、ありがたいね、というのが教科書にも載っている。今や発情期のための抑制剤も、副作用が少なくて効果の高い物が出回ってるしジェネリックも出てるし。市販されてる薬もあるから病院に行かなくても薬剤師さんに言って、よく使う成分入りの抑制剤がいつでも買えるってわけ。  これに慣れてるオレはどう考えても数百年前とかのオメガ不遇期では生活できないなと思う。  そういうわけで現代のオメガというのは稀少、レアもの、一度はヤりたい高嶺の花だ。そこへもってきてオレは抱きたいランキング一位種族の兎獣人で、ビッチちゃん、セフレにピッタリ、の追加タグがついている。SNSならタグ検索でまず引っかかるやつだ。レアかけるレアで、それはもうSSレアなんだよな。  オレ、|鈴音《すずね》リリはアルビノの兎獣人ってだけで小さい頃からよくモテた。  男なのに、老若男女問わず可愛がられた。色は真っ白で目がサクランボみたいに赤くて珍しかったからか、新生児・幼児モデルもやったし、小学生くらいまではスチルも動画もよく出てた。  ただ二次成長を向かえる中学の時に、オメガだってことが判明して全ての仕事を断るようになったんだ。両親が、オレの身を案じたからだった。可愛いオメガの誘拐事件とかってまだわりと多くあったからね。  それに、ただでさえアルビノってのは普通より身体が弱い。日の光に当たりすぎるとクラクラするし日焼けが火傷みたいになるし、体力はないし季節の変わり目には必ず体調崩すしオレもよく熱を出す子どもだった。そんなオレを両親は大事に大事に、宝物みたいに育ててくれた。だからまあ、世の中の『ビッチちゃん』イメージに比べるとオレって結構硬派な箱入りなんだよね。  オメガだと判ってモデルを辞めてからも、実は結構モテた。オレの性的な方面のモテ期は中学時代から、大学に入って二十歳になった今のいままで続いている。絶賛進行中なわけで、通算で十人の恋人がいた。豹獣人とか象獣人とか、虎獣人とか、馬獣人もいたな。もうだいたいの大型種は網羅していると思う。  でも全然長続きしなくて、付き合ったと思うとすぐに数ヶ月で破局する。向こうから告白してきたのになんで? ってなるよね。全部オレが『重い』からなんだって! 『リリ、もうちょっと恋人に優しくできない?』 『一日中ずっとお前の事考えてるのは無理だよ』 『はじめは可愛いと思ったけどその独占欲異常だって。そんなにメンヘラだと思わなかった』  もう好き勝手、散々言われた事が頭のなかをぐるぐる回る。また思い出して涙が出てきた。  なんだよ、約束に遅れてくるほうが悪いんじゃん。連絡しても既読つかないから心配してただけなのに怒る事ないでしょ。はじめは可愛いってなに? オレの顔見たくらいで勝手に性格のイメージ作り上げないでくれる? 「う~~……」  上着の袖のところがそろそろ涙でビシャビシャになってきた。早く帰ろ。ぐし、と鼻をすすりあげてカゴに手を伸ばす。  やけ食いならこれくらいで充分だろう。電子決済用のスマホを探してポケットに手を突っ込んだ。 「……あの、すみません」 「あ?」  顔を上げると、品の良さそうなスーツの腹の部分が見えた。ボタンがキラキラしていて凄く綺麗だ。特注の貝ボタンとか、どこの金持ちかな。服のモデルやってたから服の素材ならそれなりに目が肥えてて上質なモノの見分けがつく。  そろりともう少し顔を上げると、落ち着いた色合いのネクタイが見えた。まだ顔には辿り着かない。すると向こうがそれに気がついて屈んでくれた。困ったように眉を下げて笑っていたのは、端正な顔付きに柔和な表情を浮かべた美形男だった。わぁ、と内心でちょっと歓声を上げてしまった。だってもの凄く顔が良い。小さい頃から美形を見慣れてるオレでもこんな風に思うんだからかなりの容姿だと思う。  年齢は三十代くらいだろうか、体格がよくて貫禄はあるのに顔は若いな。茶色がかった黒髪をオールバックにしてて、切れ長な目が少し鋭く見えるけど表情のせいかあまり威圧感はなかった。獣性は耳も尻尾も見えてなくて、管理して押し込めて生活しているタイプだ。そういうのは官僚とかお堅い仕事に多いんだけど。  さっき無意識にビクッ、と身体を引いてしまったのは、微かにアルファの威圧を感じたからだった。でも、それも一瞬で消えてしまう。人当たりの良さそうなその人が、オレに向けて話しかけてきてた。 これオレにだよね? 実は後ろに話しかけてたりする? 無意味にキョロキョロしてみたけど、このスイーツ売り場にはオレしかいないみたい。 「甘い物お好きでしたら、よかったらこれ貰ってくれませんか。余ってしまって」  手にしたコートの下から出てきたのは、予約必須と言われてるめちゃくちゃ有名パティスリーの紙袋だった。  目が釘付けになってアルファの威圧とか些細な違和感なんかふっ飛んでしまう。だって本場のフランスに単身修行にいって、数年でのし上がりコンテストで賞までとったっていう日本人パティシエのお菓子だよ。こちらに戻って店を出したら取材も客も殺到して一時期凄く盛り上がってた。だいたいこういうのは話題性だけで味が大した事なければ廃れてしまうんだけど、ここはそうじゃなかった。いつまで経っても人気が衰えないフランス菓子、オレが手に入れられるような手軽さじゃなかったのが惜しい。  一度ここのケーキ食べてみたいと彼氏に我儘を言ってみたけど、歴代彼氏は誰もツテを持ってなかったみたいで手には入らなかった。自分の足で並んでくるっていう選択肢もなかったんだよね、ヘタレ共め。 「なんでコレが余るの。買うの大変だったでしょ」 「いや、……うーん。貰って欲しい人がいたんだけど、無駄になってしまってね。生菓子だしどうしようかと思っていたところで」  いまだにコンビニの床にしゃがみ込んだままのオレに、視線を少しでも合わせるためか相手は腰を曲げて片膝をついた。そしてオレの引き寄せてたカゴの一番上に、ちょんと紙袋を乗せる。  紙袋の口を閉じる紙テープが、きっちりと巻かれたままだ。中は紙箱だし、これなら変なモン混入されてたりする心配はないだろう。後で箱にも傷がないか調べてから食べようかな。兎獣人じゃなくてもこれくらいは警戒して然るべきなんだ。世の中善人ばっかりじゃないからね。 「出来れば好きな子に貰って欲しくて」 「……はっ?」

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