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1.『10人目の恋人にフラレた』②
「甘い物、好きなんだろう? こんなにたくさん食べられるのすごいね」
ああ、好きって。その意味の好きか、びっくりした。いきなり告白してきたのかと思って変な声出ちゃった。こんなイケメンに初対面で告白されるなんていうシチュエーション、まああり得ないよね。
見たとこ体格的にも大型獣人なのは確かだから、好みではあるんだけど。残念だ。でも無自覚のくせにそういう事するんだったら、こっちだってちょっと驚かせてやろう。
紙袋にちょんと指先を当てて、相手の顔をわざとらしく上目遣いで覗き込む。じっと黒い目に視線を合わせて、にこっと笑った。
「うん、好きだよ」
「……」
「だからいーっぱい食べられる」
相手の瞳が動揺したように揺れたのがわかった。少しエロい方面に匂わせるような事言うと、すぐ涎たらして誘ってくるのが大型獣人の特徴なんだ。何人かこうやってつり上げたので実証済です。
でもこの人は、理性が結構強いらしいな。引っかからないみたい。まあ少しでも動揺を引き出せたからいいか、と思ってカゴを手に立ち上がる。
「お菓子ありがと、オニーサン」
そのままレジに向かって、会計を済ませた。雑多なお菓子はビニール袋に入れてもらって紙袋と別にぶら下げる。コンビニを出たら、冷たい風が吹き付けてきてくしゃみが出た。袖は涙でぐしょ濡れだし、怒り狂ってテキトーな格好してアパートから走ってきたから寒い。
大学進学してから始まった一人暮らしを満喫しているオレは、このコンビニから歩いて五分のところに住んでいた。過保護で過干渉な優しい両親とクソ生意気な弟のいない生活は、自由だけどこういう時話す相手がいなくてちょっと寂しい。
そういえばいつの間にか涙止まってたな、とごしごし目元を擦ってたら、後ろからふわっと柔らかいマフラーが被せられた。オレの特徴的な垂れ耳と寒い首元を隠すように、肌触りの良い黒いマフラーが巻かれている。
「なに」
「……寒そうで、つい。ごめんね驚いたかな」
仰向いて見上げたら、後ろでさっきのスーツのアルファが困った顔してオレを見つめていた。腰を屈めているから見下ろされてる感は薄いけど、このマフラーは意味がわからない。くれるの? こんな高そうなカシミヤっぽいマフラー?
「良ければうちのマンションがすぐそこなんだ。ケーキを食べる間に服を乾かしたり、お茶でも飲んで暖まっていかないか」
「……」
へぇー、そういう誘い方するんだ。思ったよりも野暮ったくてスマートさのない感じだった。
兎獣人のオメガを部屋に上げて、何もしないでケーキ食べて帰すなんてないでしょ、普通。いつもだったらこんな誘い、冗談じゃないって突っぱねるんだけど。今日はなんか、疲れちゃったし寒いしマフラーはあったかいし、ケーキは早く食べたいし。
結局人肌恋しかったんだな、オレは。
「……行く」
パッ、と嬉しそうに笑った巨漢アルファの、黒い瞳を見ていてやっと判った。この人、熊獣人だ。しかも純日本産の中型種じゃなく、外来種の雰囲気がある。だって身体の厚みがすごいもん。オレが抱き締めようとして手伸ばしても回り切らなそう。なにそのパンパンの胸筋は。
オレ、大型種とばっかり付き合ってきたから気配には敏感なんだよね。熊獣人さんは、オレが手にしていたコンビニの袋を『持つよ』とさり気なく奪って、ゆっくり先を歩き始めた。その後ろをついて歩きながらふと考える。これだけ身体差があれば、相手とオレの歩調が合うはずない。それなのに置いて行かれる感じも、待たれてる感じもないなんて凄いとしか言いようがなかった。隠すにしてもスキルが高すぎる。
「どうかした?」
「ん、なんにも」
寒い、とブルブル身体を震わせて横からくっついてみた。すると目を細めて笑った熊獣人のオニーサンは、オレの肩に腕を回してくる。大きな手が肩を包んで、その熱に何だかホッとした。
「クマさん、名前は? オレは『リリ』」
「可愛い名前だね。俺は|黒崎将人《くろさきまさと》。驚いたな、熊獣人だって判るんだ?」
初対面でフルネーム言うやつ、どこに居るんだよ。いや、ここにいたわ。警戒心てものがないんだろうか、そんなに自信満々になるほど実家が太いとか? もしくは自分が権力者側のひと?
「判るよ、なんとなくだけど。……じゃあ黒崎さん」
「リリは名前だよね? じゃあこちらも将人でいいよ」
「……黒崎さん、で」
じっと見つめながら頑固にそう答えると、黒崎さんは困ったように笑って頷いた。それ以上はゴネなかったから感じは悪くないかな。案内されたオートロックのマンションはエントランスから豪華で、ホテルみたいでちょっと気圧された。
服装から金持ちの気配はあったけど、桁が違いそうだ。スニーカーにパーカーとブルゾンなんていうラフなオレの格好じゃ流石に浮いている。でも黒崎さんは気にする様子もなく、オレをエレベーターまでエスコートしていった。
乗ってすぐに気がついたけど、このエレベーター、階表示が一つしかない。あれ、これもしかして逃げられないヤツでは? と思って背中を冷や汗が流れ落ちた。
ネックガードは鍵付きのやつだから簡単には外せない仕様になっている。いまはオメガ相手だってアルファに強姦罪は適用されるし、番だろうと倫理的にダメだって言われてるし大丈夫だとは思うけど。
相手が反社会的組織でヤのつくお仕事とかだと生きて帰れる気がしないな。SSレアの兎オメガだしオレ。強姦監禁の上、売り飛ばされたりするかな。
緊張してドッと汗が吹き出した。巻かれてたマフラーがしっとりしちゃいそうで、自分で外す。それを見て不思議そうにした黒崎さんに、『もう寒くないから』と返した。
笑顔でマフラーを受け取った黒崎さんは、そのままオレの手をやんわり掴んで引き寄せる。強い力じゃなかったのに不意を突かれてよろけてしまって、分厚い胸板にむぎゅっと顔が押しつけられた。頭に大きな手が当てられ、さらっと髪の中に指が入ってくる。
「ああ、熱はないな。こんな薄着で外にいたから、風邪を引いてしまったのかと」
「な、なに、いきなり」
「だってほら顔が赤いよ? きみ、アルビノだろう。従妹にアルビノの小型獣人がいてね、季節の変わり目はいつも風邪を引いて熱を出していたから」
「そんなのオレには関係、な……ッ」
あたたかい手に頬を撫でられて、顔を覗き込まれる。カアッと頬が熱くなった。赤面してるのは熱があるせいじゃない。このアルファの気配に、オレが勝手に反応してしまってるだけだ。落ち着け、と自身に言い聞かせてオレは黒崎さんの手を払った。
「それ子どもだからだろ。オレはもう成人してるし、そんなにヤワじゃない」
「そうか。それならよかった」
揺れがほとんどない静かなエレベーターを出ると、その階には一部屋しかなかった。完全にやられた、これ持ち家っていうかマンション持ちだろうこの男。カードキーで開かれたドアへ、一歩進むのに少し勇気が必要だった。ぎこちなく前に進んだオレを見て、黒崎さんは穏やかな表情のまま言った。
「きみがオメガだからって、同意もなく襲いかかったりしないよ。だから怖がらないで」
ポン、と背に手を添えられて玄関に入る。考えていたことが見透かされて、落ち着きなく視線を彷徨わせていたら先に入った黒崎さんが白いスリッパを持ってきてくれた。
「来客なんてほとんどないから、スリッパ出てなくてごめんね。これ使って。お茶は、コーヒーと紅茶ならどっちがいいかな」
コーヒーの苦みは好きだけど酸っぱいのがイヤで飲めない。でもそれでいつも弟に子ども舌って馬鹿にされた。無意識に紅茶って言いそうになって、ハッと踏み留まる。子どもっぽいって思われたらどうしようと、焦って口をついて出たのは『コーヒーがいい』だった。
ぱち、と大きな黒い目が瞬いた。恐る恐る見上げていると、にこっと笑った黒崎さんは頷いて準備しに行ってしまった。
オレは白いスリッパに足を引っかけたまま、その場で膝を抱えて丸くなる。いつも虚勢張って失敗するのに今日もなにやってんだろ。初対面の相手にどう思われようと、いいじゃん。なに見栄張ってんの。
「……ばか」
後悔先に立たずっていう。オレはこの言葉を散々頭の中で反芻しているのに、学ばないんだなホント。
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