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3.『俺のじゃないから』②

 キスから解放されてすぐに指でイイところを突かれた。高い嬌声を上げて絶頂するとはあはあ息を乱しながら黒崎さんの背に抱きつく。  オレを抱いたままザバッと湯から立ち上がった黒崎さんは、タオルで包みながらベッドルームに運んでくれた。髪も丁寧に拭いてくれるし、オレの足先まで跪いて拭って、水のペットボトルまで用意してくれてる。  ああ、こういうとこ本当にスパダリだなあと思う。  実は雑誌の『抱かれたいランキング』上位に位置してる種族はいつも熊か獅子なんだ。一途が好きなら熊、遊び慣れたのが好きなら獅子、っていうので一位二位を争っていた。  獅子はホストにも多いかな。ホストかあ。黒崎さんがホストだったら、本気で貢いじゃう女がたくさんいそうだな。  そんなこと思いながらじっと見つめていたら、黒目がちな瞳で『ん?』とオレを見つめ返してきた。  さり気ない仕草がめちゃくちゃ格好良い。これは沼だなと納得しながら黒崎さんの鼻先にキスを落した。 「キス、気持ち良い」 「リリの口は小さいから、苦しくないか心配してたんだ」 「気持ち良いよ。黒崎さんのキス大好き」 「……そうか、よかった。どうしても触り方が一方的になってしまうから、嫌な事があったらすぐに言うんだよ」  そう言いながら、黒崎さんは困ったように眉を下げて笑った。何か隠してそうな気配を感じるけど、どうしたのか判らない。ううん、と暫し考えてオレは黒崎さんの手を取った。 「それが熊獣人の愛し方なんでしょう? それは否定しなくていいと思う。これは同意なんだし」 「……リリ」 「子どもじゃないんだから、イヤならイヤってちゃんと言うよ。でも言わないんだから、大丈夫ってこと。一方的なんて言わないでよ、オレは黒崎さんにぎゅってされるの好きだからされてるんだよ。撫でられるのも、キスされるのも、満たされて安心するから大好き。……グルーミングの効果、出てるね」  ニッと笑いながら言ったら、黒崎さんは安堵したように笑っていた。  その笑顔に一瞬胸の中心がギュッと縮み上がるような感じがする。  この笑顔はオレのモノではなくて、借り物なんだ。ケーキを渡すはずだった相手、その本来の持ち主に返すまで少し間借りしてるだけ。どれだけ黒崎さんが優しくても、細やかな気遣いに惚れそうになっても、自重しないとダメだ。  惚れて大変なのはオレなんだから。さっそく11人目にフラレて記録更新したいの? 「不安症はなくなったけど、どうなんだろうな……」 「リリ、どうかした?」 「ううん、なんでもないよ」  ああでも、これでやっと決心する。胸の痛みも臨界点を超えそうな感じだった。もうこのくらいでやめておこう、って合図だ。  黒崎さんにハマりこんでだいぶ足が抜けなくなってたけど、これ以上は、黒崎さんに求めてはダメなところまで要求してしまいそうだった。  あくまでこれはお試しで、オレは確かに不安が解消されてるけど、ずっと続くわけじゃない。頼り切ったら目も当てられない。  それに、これだけ触れ合ってキスしてセックス紛いのことしてるのに、黒崎さんは挿入を一度もしてくれないんだよ。  据え膳だったら普通は食うでしょ。オメガの兎獣人だよ? レアもの中のレアだよ。  これはたぶん好みじゃないんだろうなっていうのが、反応してない逸物からもよく判った。それなら早く見切りを付けなきゃ。  メンヘラの愛は重いから、無理ってなる前に逃してあげるのが一番だと思った。嫌われて別れを告げられるのは、何度経験したってつらいんだからさ。 「……明日、来れないかも」 「大学?」 「うん、それとバイト。遅くなるからアパート帰る」 「そう。判った」 「ん、ごめんね。……黒崎さん?」  くるっと身体を反転させられて、シーツにうつ伏せになる。後ろから身体が重なってきてぎゅっと抱き締められると、胎の奥がキュンと痺れて上半身が崩れた。腰だけ高く上げた姿勢で、身体が全力で黒崎さんに媚びているのが判る。後ろから垂れ耳をかぷっと噛まれて、何度も甘噛みされた。 「じゃあ二日分」 「えっ、と……それは」 「リリ。たくさん充電していって」  長い垂れ耳の中をべろっと舐められて『ヒッ』と小さく悲鳴を上げてしまった。濡れきったナカにまた指が入ってきて、強い快感に翻弄される。  考えなきゃいけない事があっても、全部後でいいかと放り捨ててしまうくらいには、自棄になっていた。『このアルファが欲しい』なんて、飢えたような気持ちは今まで一度も抱いたことなかったのに。  愛されたい愛されたいと常に思っていたけど、オレから切に求めて相手に手を伸ばしたことはほとんどなかった。  慣れない感覚がオレの思考をぐちゃぐちゃにして、許容量オーバーしたせいで目眩がする。ただ、考えたところで結論は同じなんだ。  今はこの飢餓感に蓋をして目を瞑るしかなかった。  それからオレは、黒崎さんのメッセージに返事をしなくなった。  家にも行かなくなったから、カードキーは封筒に入れてポストに返しておいた。週末には見合いで実家に帰るしなと思って授業サボってほとんど外出もしてない。  たぶん見合いの後は大学休学か退学してすぐ結婚ってなるはずだ。後ろ向き思考ですっかり引きこもりになってしまった。  メンヘラの上に引きこもりなんて最悪じゃない?これちゃんと結婚できるのオレ? 「……あー」  スマホが光ったから手に取ってみると、弟からだった。週末帰る事は言ってあったから、両親も待ってるよってコメントとそのついでに写真が送られてきた。  案の定見合いの写真で、相手は三十代の獅子獣人だという。顔も良いし金持ちらしいけど、兎獣人のオメガっていうのに飛びついたならどういう相手なんだか。  でも見合いなら、もう子作り前提で結婚するわけじゃん。オレはオメガだし、相手はアルファなんだからさ。こういう場合、会った初日から相性でもみてみましょうかみたいになってそのままホテルへなんてザラにあるって聞いた。  ゾワッとした気持ち悪さが背を撫でる。黒崎さんに触られるのはあんなに気持ち良いのに、他のアルファに触れられるのを想像したら吐き気がした。  だって見合いのアルファが必要としてるのはオレじゃなく、オメガの胎なんだ。  オメガの見合いってのは、未だにそういう意味合いがあるんだって。大型獣人の家柄は、あんまり血を薄めたくないみたいでベータの嫁を取らない傾向にある。外部から入れるのはオメガのみで、わざわざ娶るということは子どもをたくさん生ませて数打てば当たるみたいにアルファを量産したいのだ。  だからイヤだったんだ。いいとこのアルファの家に嫁に行ったら面倒くさいオメガ差別がある。ウチはただの中流家庭だから、血筋がどうとかないし、自分で恋人作ってオレが選んだ人と結婚してやるって思ってた。  だけどオレは甘えたがりの愛されたがりで、重くて、心配性で不安定で、恋人に逃げられてばっかりだった。  どうにか自分を変えないとって思ったから我慢もしてみたけど、やっぱりダメだ。十人目の恋人が別れるって電話してきた時に爆発してしまった。  泣いて、なじって、たくさん我慢してきたことをぶつけてまた泣いて、怒り狂った後に悲しくなって、それで返ってきた言葉が『病院で診てもらった方が良い』だった。  精神状態、ヤバくなってるよって。オレのことメンヘラって言ってきたのは八番目の恋人で、リリは可愛いけどそのメンヘラ気質には付き合いきれないって言われて別れた。  じゃあオレはどうしたら良かったんだろう。そのまんまじゃ受け入れて貰えなくて、我慢してもやっぱり捨てられるんだったら、もうどっちだっていいんじゃん。  誰もオレのことなんて好きになってくれない。  そう思って絶望的な気持ちになった瞬間、浮かんできたのは黒崎さんの困った笑い顔だった。まつ毛の多い切れ長の目だけど黒目がちで可愛い黒崎さんの目。それがきゅっと細められて、厚めの唇の端が上がる。逆に眉毛は少し下がる、ただそれだけの変化なのにどうしてこんなに愛おしく感じるんだろう。  思い出すだけで胸の中心がギュッとする。逢いたいなあ、なんてこっちから切ったのに言える立場じゃないけど。  やっぱり、逢いたいな。 「……ぅあ~~ダメだ、甘い物食べよ……」  地の底までめり込んで落ち込んでしまった。もの凄い凹みようだ。ダメだ、せめてカロリーとって少しでも浮上しないと。最後にまともな飯食べたのいつだっけ?  スマホだけ引っ掴んで放りっぱなしの上着ひっかけ、スニーカーに足を突っ込んでかかとを踏みながらアパートを出た。  冷たい風が頬を撫でて首を竦めたけど、コンビニまでは急げば五分もかからない。つっかけていた靴を履き直した。走って行けばすぐ、と思って勢いのまま駆け出す。  棚のコンビニスイーツ空にしてやる、と思いながらアスファルトの地面を蹴って走る。はあ、はあ、と吐く息が白く周りの風景をかすませては、薄くなって消えた。冬の冷たい空気が肺にいっぱい入ってくると、キンキンに冷やされた臓器が悲鳴を上げる。  でもそれに鞭打って、はあっと大きく息を吐き出した。身体中にうるさいほど響いているのは自分の心臓の鼓動だ。コンビニの入口にやっと辿り着いて、自動ドアが開いたら中の暖房の風がびゅうっと吹いてきた。頬に温かい風が当たってホッとする。  そこに、嗅ぎ慣れた匂いが混ざってきて、目を閉じた。うっとりするくらい良い匂いだ。美味しいモノだっけ、大好きな香水だっけ、それとも……。 「……リリ」  暖房とは違う熱風に吹かれたみたいに、身体があったかくなる。ぎゅっと抱き締められているのが判って小さく息をついた。  やっぱり黒崎さんの匂いだった。間違えるはずない、オレのすごく好きな匂いだもん。苦しいくらい強く抱きしめられてても、肺いっぱいに吸いこめて幸せ。  ここに来れば逢えるような気がしてた。だから連絡しなくなってから一度も来てない。  今日、逢えなかったらそれも仕方ない、週末は見合いだしもう忘れようって思った。  でもこの最後の賭けに勝てたら、もしかしてって思ったんだ。黒崎さんがオレに逢いたいと思ってこのコンビニで待ってたら、それだけオレを愛しちゃったってことでしょう?   そうだったらいいなって、肺が悲鳴を上げるほど寒い空気を吸い込んで、走ってきたかいがあったよね。 「黒崎さん」  ポンポン、と広い背中を撫でて叩くと有無を言わさず抱き上げられた。ああ逃げられなくなっちゃったな、と他人事のように思っていたら、そのまま運ばれて行く。  コンビニ店員も店の中にいた人もポカンとしてたけど、仕方ないから笑顔で手をふっておいた。  誘拐じゃないからね、大丈夫だからねって意味で。

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