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4.『愛されたがりと愛したがり』①

 ちょっと重苦しい沈黙の中、ダイニングテーブルで紅茶が出された。黒崎さんはオレを玄関に降ろすまではしっかり抱き締めてたのに、そこに着いた途端慌てたように離してしまった。オートロックでカード認証のいるドアは開かないから、もうオレはここから逃げられないんだけど。  オレが『中に入っていいの?』って聞いたら弾かれたように顔を上げて促すから、ダイニングの椅子に座って一息ついた。でも黒崎さんは何にも言わなくて、本当にただ衝動的にオレを見つけて拉致してきちゃったのかなあと考える。意外だ、結構頭で考えるタイプだと思ってたんだけど。  すっかりオレを選んでくれたんだと思ったけど違うのかも。本能で考えないで、もう少しちゃんと聞いた方が良さそうだ。 「……オレになんか用?」 「いや、……うん、そうだな……何で連絡が付かなくなったのか、とか」 「オレは黒崎さんと検証中だったんだよね? オレのメンヘラが何のせいなのか調べるための。……それが要らなくなったから、連絡しなかった」 「いらなく……?」  黒崎さんは紅茶を置いた時のままの姿勢でオレの側に立ち尽くしていた。それを見上げる努力はもうしない。オレは紅茶のカップを湯たんぽ代わりに手を温めた。 「正式に、見合いすることになったから」 「……」 「写真見る? 両親が決めてきてくれたんだけど、獅子獣人で結構なイケメン。オレはよく知らないけど金持ちだっていうから何処かの御曹司かなあとか」  スマホに例の写真を拡大して映し、テーブルの上に放った。  頬杖ついて見遣った先のそのスマホが、大きな手で掴み上げられる。次の瞬間、ビシ、パキ、と画面の割れる音が響いた。え、と思って顔を上げると、表情を無くした黒崎さんがじっと手の中のスマホを眺めていた。画面の暗くなったスマホがコトンとテーブルの上に戻される。 「リリ、この男はあまりお勧めしないな。囲っているオメガが俺が知ってるだけで三人はいる」 「……知り合いなの?」  コク、と頷いた黒崎さんはダイニングの床に膝をついて、オレの顔を覗き込んできた。まるでドラマみたいなシチュエーションだ。 「見合いには行かないで、ここにいてくれないかリリ」  そう続けて言われたセリフまで、ほんとの俳優みたい。だけど黒崎さんの目だけは、その状況を裏切っていた。彼の瞳に映っているのは告白の甘さだけじゃない。底の知れない暗い獣性がそこに潜んでいるみたいに見えてゾクリとした。 「どうして? オレにグルーミングするくせに、全然性的に興味なかったでしょ。たたなかったの知ってるよ」 「もう少し、時間をかけて口説くつもりでいたんだ。でもそんな悠長なこと言っていられなかったな。初めて会った時からリリが気になって、運命だと思ったけれどなかなか言い出せなかった。大事に大事に愛して、判って貰ってからって思ってたんだ。そうでないと……怖がられるのが、嫌で言えなかった。でもリリが、好きなんだ。他のアルファなんかに渡したくない。俺の側にいて欲しい」  他人のモノになるならって慌てて引き留めるんだったら、ただのキープだ。オレはそういうのはイヤだし、ホントに一度も勃起しない黒崎さんのモノに不信感さえもっていた。もしかして不能なのかなとも思った。たぶんオレが好みじゃ無いだけだよねと後ろ向きにもなったし、それにもう一つ。 「……あのケーキをあげたかった人は? 恋人じゃないの」 「ケーキ? ああ、初対面の時のあれか。リリと同じように俺もあの日……恋人と別れたんだ」 「えっ?」 「元々俺の家で会うのは嫌だと言われてたから、予想はしてたんだ。フラレたんだよ。せっかく買って行ったケーキもそれで無駄になってしまったんだ」  恋人が食べたいというから予約して手にいれたケーキだったらしい。でも会いに行こうと思っていた当日、相手から別れの電話をもらって行くに行けず、そのまま帰って来たんだとか。 「……なんで黒崎さんがフラレんの、振るならまだしも」 「俺がリリに言ったのと同じ事言ってるよ」 「だってそうとしか……!」  手を握られて、ビクッと震えてしまった。忘れてたけどスマホを片手でバキバキに壊すくらいの握力って、どのくらいだろう? たぶん後で弁償してくれるつもりなんだと思うけど。黒崎さんの財力だったらスマホの一つや二つ、大したことないだろうし。  でもその目に覗き込まれて、ゾクゾクする感覚はやっぱり快感だけじゃない気がする。本能的な恐怖とか、そういうのに近い。  黒崎さんは何にも痛い事しないのに。怒ったり怒鳴ったりもしたことないのに、なんでだ? 兎の本能が刺激されて、胃の腑がせり上がるみたいな感覚があってブルブルと小刻みに震えてしまう。 「リリの疑問にはちゃんと答えるよ。ただ先にひとつ確かなのは、俺がリリを好きだってこと。それだけ忘れないで、聞いて欲しい」  抱き上げられて寝室に運ばれる。シーツの上に降ろされたら、見上げた黒崎さんの方からゆらっと強いアルファの威圧を感じた。俯き加減の表情は良く見えない。こんなに漏れ出てきてるって事は、動揺しているのかな。 「俺が恋人に別れを告げられた理由は、性癖の不一致」 「へ? せ、せーへき?」 「そう。これはリリのもう一つの質問にも繋がってる。……確実に閉じ込めた、という安心感がないとできないんだ」  黒崎さんの口調は落ち着いているのに、その瞳にギラギラとした獣性が浮かんでいて、必死に本能を押さえつけているのが判る。 「少し待ってて」  黒崎さんがベッドサイドのリモコンのボタンを押した。一瞬で窓に自動のブラインドが掛かり、入ってきたドアが自動で閉まってロックの音が響く。  同時にふわっと香るだけだった黒崎さん匂いが、急に濃くなった。これがアルファのフェロモンかとようやく気付いて、口を手で押さえる。  誘引のフェロモンといえばオメガの専売特許のように言われるけど、同じ獣性を元にしてるんだからアルファにも当然それはある。オメガを囲って、捕らえて逃さないようにするための、発情誘引フェロモンだ。もともと麝香とか雌を引き寄せる雄のフェロモンだったわけだしね。 「っ……ぁ、……はっ……」  初めて強制的に始められる発情期だ。苦しくて熱くて、身悶えていると手首に何か巻かれて固定された。  白いボアで内側をコーティングされてる、手錠みたいなやつ。それはしっかり鎖付きで、オレの手首に嵌められている。何コレ、こんなのオモチャでも見たことない。細い鎖の先はどこに続いてるんだろう。 「ここに閉じ込めたら、基本的にリリは俺の巣から出られない。この部屋で全て用足りるようにしてあるんだ。目の届く範囲にいられるように仕事も家でするし、食事は全部俺が作るし、リリの身体に触れるものは全部俺が管理する」  淡々とした口調でそんなことを言いながら、黒崎さんがベッドに腰を下ろした。動けないでいる俺の肩に触れ、屈んでチュッと額にキスを落してくる。 「リリはもう俺のオメガだ。ほら、そう思うだけでいきり勃ってる。触ってみる? これで用足りるって判ってもらえたかな。久しぶりにグルーミングでもしようか。……ああ、それより先にまず身体拭いてあげるね。風呂はまた、後でも入るから」  そう言って離れた黒崎さんは、大きな洗面器みたいなのにお湯を用意してきた。タオルもたくさん持ってきてシーツの上に敷く。その上に俺を寝かせて、服を脱がせて全身を柔らかい濡れタオルで拭いてくれた。  ワザとなのかってくらい愛撫に似た触れ方してくるし、黒崎さんの手は気持ち良すぎるからダメだ。拭かれてるだけなのにたくさん喘いでしまった。フェロモン効果で発情している時にこれはつらい。 内股を拭かれている間も穴からは愛液がとぷとぷ出てきてしまうし、もう頭の中は沸騰しそうな熱でいっぱいになっていた。  オメガの発情期って、こんななんだ。いつも薬飲んで過ごしていたから知らなかった。恋人とも、ソレするのは結婚してからねって事で妊娠リスクの高い時には触り合いもしなかったし。  ふと見ると、確かに今の黒崎さんの股間は服の上から見てもわかるくらい隆起していて、興奮してくれてるのがわかる。  性的な触れ合いじゃなく、ただ相手を捕らえて閉じ込めて拘束している事実に勃起するってかなり特殊な性癖してるんだな。これは確かに不一致だったらお互いつらいだろう。  でもオレは不思議と嫌じゃない。好きって言われてびっくりして、フワフワ頭が舞い上がってるからかもしれないけど。  だって黒崎さんが、オレのこと好きだからそばに置きたいって。本当に? オレが重いって話、たくさんしたからよく知ってるくせにそんなこと言っていいの? 「黒崎さん、……っ、あ、ふっ……んんっ、あっ、やっ……!」  痛そうなほど膨れた股間を放置して、黒崎さんはオレの穴を慣らしはじめた。指が中を少し擦るだけで愛液が溢れ出して、黒崎さんの手を濡らす。  今までにないほど感じていて、性器はピクリともしてないのに胎だけが熱い。アルファの気配に身体から服従して、雌にされてしまった気分だった。 「リリ、逃げないで。俺を見て」  何度も何度も、黒崎さんは『逃げないで』って繰り返している気がする。  毎回恋人に逃げられるからかな。それがトラウマになってどんどん拘束が過剰になっていくんじゃないだろうか。この手錠にも、黒崎さんが重ねた苦しさの重みがかかってる気がした。だって、それでも傷つけたくなくて内側に毛皮が巻いてあるんだよね。そういうところが矛盾してて、でも愛おしい。 『大事に大事に愛して、判って貰ってからって思ってたんだ。そうでないと……怖がられるのが、嫌で言えなかった』  さっき黒崎さんはそう言って俯いていた。性癖を暴露したらオレが怖がって逃げていくと思ってたんだろうか。先にめいっぱい愛して虜にして、それからだったら許してくれるかもって思ったとか? うーん、残念ながら黒崎さんの思考錯誤は、オレには意味なかったっぽいな。  黒崎さんのこれは熊の本能でもあるけど、執着だけじゃない情念のようなものがどろりと纏わりついてくるみたいだった。その感情がオレには『特別』みたいで心地良い。なんだろうこの感覚? よく考えてみたらオレ、抱きしめられて息もできないくらいギュウギュウに執着されるの好きだな。だってすごく愛されてるみたいで心地良さそう。  愛してるから暴走するし、閉じ込めたくて執着するし、征服したい欲が抑えきれなくなるんだよね? あれ、それって何がいけないのかな? 「黒崎さん、あの……あのさ、きーて」 「うん?」 「縛ってもいいし、閉じ込めてもいいから、愛してるって言って」

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