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第一章 出会い

 そのカフェは、ショッピングモールのはずれにあった。  メインストリートの、横道の奥にある純喫茶。  そこは、表通りの賑わいも知らないように、ひっそりと営業していた。  だが、赤レンガに囲まれた狭い花壇には、季節の花が咲いている。  軒先には、可愛らしい苔玉がいくつか下げてある。  潤いと安らぎのたたずまいが、優しく手招きしている。 「あれ? ここに、カフェなんかあったんだ?」  梅ヶ谷 早紀(うめがや さき)は、思わず声を上げていた。 「ホントだ。こんな所で営業して、客なんか来るのかよ」 「ね、入っちゃう?」 「もっと、明るい店にしようぜ」 「いつもの『ラック・バーガー』とか!」 「新メニュー出た、ってSNSで見たぞ」  友人らの声に、早紀は、ちょっとだけ迷った。  それでも、何かに導かれる。  このドアの向こうに、知らない世界が待っている気がする。 「奢っちゃうから、さ。入ってみようよ!」  早紀は言葉と同時に、扉を開けていた。  早紀は、学園の人気者だ。  小柄な体に、バランスの良い手足の長さ。  さらさらの髪に、きれいな眉。  輝く瞳はいつも明るく、やや薄い唇には笑みをたたえている。  多くのオメガ性の少年が生きづらさを抱える中で、早紀は違っていた。  裕福な家庭に生まれ、なに不自由なく育った。  素直で、朗らかで、そしてちょっぴり生意気な、高校三年生。  それが、早紀だった。  彼の周りには、いつも数名の友人がいる。  ほとんどがベータ性の少年たちだが、早紀をリーダーのように持ち上げていた。  彼といれば、退屈しない。  いつも愉快な、話題。  いつも前向きな、ベクトル。  そして、いつも何か御馳走してくれた。  早紀と友人ら5名は、ドアベルを鳴らしてカフェに入った。  店内はオレンジの明かりで、少し薄暗かった。  落ち着いたピアノ音楽が流れ、木でできた重厚なテーブルが5つ。  あとは、カウンター席だ。  多くの客は入れない造りだった。 「わぁ、狭い!」 「カッコいいじゃん」 「大人の雰囲気!」  口々に感想を言い合いながら、早紀たちはテーブルを2つ占拠した。  しかしメニューを開くと、がっかりした声が上がった 「なに、これ。飲み物ばっかり」 「ケーキとか、無いのかぁ」 「俺、お腹空いてるんだけど?」  早紀はすぐに、ウェイターの青年を呼びつけた。 「ねぇ。フルーツパフェとか、置いてないの?」 「和菓子セットなら、ございます」  他には、甘いものは置いていない、とウェイターは言うのだ。  早紀は、唇を尖らせた。 「ちぇっ。和菓子なんて、おじいちゃんみたい」 「どうする、早紀」 「店、替える?」  しかし、カウンターからは、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。  おいしいよ、と誘ってくるような、魅惑的な香りだ。  そこで早紀は、声を潜めた。 「ねぇ。ここで一番高いコーヒー、飲んでみよっか?」 「もう一回、メニュー見よう」  確かめてみると、一番高価なブルーマウンテンで1,500円。  少年たちは顔を見合わせ、溜息をついた。 「高い……」 「大人向きのカフェだな」 「やっぱり、いつものファストフードに行こうぜ」  だが早紀は、それをいとも簡単に覆した。 「安いよ、ブルマンなんて。もっと高いコーヒーだって、あるよ」 「どのくらい?」 「一杯、3,000円くらい」  少年たちは、どよめいた。 「コーヒーで、3,000円!?」  うん、と早紀はうなずいた。 「ジャコウネコにコーヒー豆を食べてもらって、お腹の中で発酵させるんだって」  その豆で、コーヒーを淹れるのだ。  いわゆる『コピ・ルアク』と呼ばれる、高価なコーヒー豆のひとつだった。  早紀の知識に、友人たちは感心した。  さすがは、早紀。  面白い話題には、事欠かない。  だが少年の一人が、あることに気が付いた。 「お腹の中の豆は、どうやって取り出すんだ?」 「まさか、ジャコウネコの腹を裂いて……」 「それが、さぁ」  早紀は、にぃっと笑って吹き出した。 「うんこになって、出てくるんだって!」  途端に店内は、賑やかな笑いの渦に包まれた。 「汚い!」 「ちゃんと洗うから、大丈夫だって!」  いつまでも笑いの絶えない少年たちを、ウェイターは困り顔で眺めている。  そんな彼を、カウンター向こうのマスターが目で呼び寄せた。 「しばらく、楽しませておこう」 「すみません、ちっともオーダー取れなくて」  いいさ、とマスターはかすかに微笑んだ。  穏やかな声で優しく笑う、弓月 衛(ゆづき まもる)。  彼が、このカフェ『メビウス』の店主だった。

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