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地獄に落ちたガリア人

「ここより内側に入るな、まだ調査中だ!」    男の怒号と野次馬のざわめきが混じっていた。  民兵組織の人間に鞣し工房の職人たちはもちろんのこと、港湾作業員や洗濯女、物乞いや漁師たちが黒山の人だかりを作っている。     『いけ好かない金貸しの改宗者だけど、まさかこんな姿になるなんて』   『高利貸しにはふさわしい末路だ』      ジョアンがなんとか人垣をかき分け、かろうじて事の見える位置まで来ると、変わり果てたギローの姿が現れる。       ◆◆◆      雌ラバのイハを引いてジョアンはバイヨンヌの城門へ向かっていた。      ギローの妻は子どもたちを連れて既に街を後にしていた。邸から証文の束と貴金属が消えていたところから、彼女が持ち出したということで間違いないだろう。    いずれにせよ、ギローの殺害について告発する近親者は消えたわけだ。    第一発見者の番頭は民兵から引き続き尋問を受けているが、被害者が鈍器で殴り殺された痕や砂地に付いた靴の大きさから無関係と見なされており、すぐに彼らの詰所から帰されるだろう。     当然のように民兵たち――そしてバイヨンヌを含むラン管区の行政官たちも公然の秘密として、皮革商ギロー・ペリシエのもうひとつの顔を知っていたのだが。       「――それで? これが貴方の望んだ結果なのか」    背後で晩鐘が響き始めた。     「以前言ったが、俺に対して初めての生も死も依存してしまう羽目になると。たしかに貴方は人を殺した、あたりまえのように」   「………………」    「貴方は自らをギデオンのように無価値な男と自虐していたのかもしれない。ただしそのようなことは後にほかの誰かによって知られるべきだ、その慢心を白状するということは結局貴方が思う通りの男だった証左でしかない」      藍と紫、橙までの美しい日暮れの空がそれらを反射する水平線へ溶けていくのが視界に入る。手前の海は完全な闇で、潮が打ち寄せる微かな音と匂いだけが、その存在を伝えていた。    鐘の音は鳴り続ける。  それはどこか遠い場所の出来事であるかのように。     「俺は貴方がその剣を手放さないであろうことを予見してはいた。それを持っていても貴方の自己同一性として、くだらない名誉だの血だの自尊心を支えることにしかならない。思った通りの結果になった、そして貴方は何を得たのだ? 一人前の男として自信をつけることになったか。それはそうだ、俺とまぐわい俺のために誰かを殺めたのだ。おめでとう騎士様(シュバリエ)、これで名実ともに一人前の男だ。これからは堂々と独り立ちできるではないか」      鐘の音が消えると城門が完全に閉ざされ、辺りは昏く塗りつぶされた。    微かな月明かりにジョアンの青白く細い鼻梁が浮き上がっていた。       「私はお前を守るためにやった!」    アルナウトは掠れた声で叫ぶ。  ギローの頭を殴りつけかち割った剣の柄にはまだ、固まった血液がこびりついていた。     「あの男は……妻子がありながらソドムの罪を犯した。お前を嬲るあいつが許せなかった! これは義務だ、私は騎士としてキリスト教徒としての義務を果たしたまでだ! お前を守るためだった!」    ジョアンの黄色い目が細まった。   「守ってくれだと? いつそのようなことを俺が頼んだのだ、貴方にそんなことをしろと言ったのはいつ? どうやら貴方を連れて逃げたのは失敗だったらしい。そもそも貴方がいなければ例の本も見失わずに済んだ。そして俺とギローは互いに役に立つ人間を失った、永久に。貴方は自分が他人よりすぐれた点があると勘違いしているようだが、そのような誤謬を持つのは得策ではない、これからまだ人生を長くやっていく気があるなら」     「私は……私は、お前があのような目に遭っていることを見過ごせなかった! あんな憎しみに満ちた欲の満たし方は、この世界を作りたもうた神とその秩序に反する。あれは異教徒(あいつら)にはふさわしい末路だ。キリスト教徒への冒涜は血で贖われなくてはならない!」      アルナウトの手袋に包まれた手が目の前のジョアンの肩を掴もうとした。  彼の小さな手はそれを振り払う。     「いったい貴方は俺の何だ? つい二十日ほど前に成り行きで知り合っただけだ、それ以上でもそれ以下でもない。だのに随分と俺に対して意見を言い、俺の人間関係に対して干渉できるようだ。騎士様、さすが貴族は違う。貴方から見れば俺はそこら辺の無宿人に過ぎないはずだ。そんな価値があるとも思えぬが」     「で、ではお前にとってあの商人はなんなのだ! あれは、禁忌を犯しお前を貪る悪魔(アスモデウス)ではないか。お前はそれで良かったのか!?」      闇の中、ジョアンの瞳が冷徹にアルナウトを映した。     「貴方は俺にとってなんの価値もない。騎士様、貴方は俺にとって何も提供してはいない。ギローが俺にとって有用なのは金銭的な支援者として、デ・レオネの秘儀を知る者として、少なくとも会話やその知識において互いを満たす関係だった。しかし貴方は無価値だ。全くなんの価値もない。その剣と貴方が重んじる血の力で他者を思うがままに操れるとでも? 俺は貴方の領民でもなんでもない。そんなものに俺は価値を見出さない。完全に無価値だ」      アルナウトはその立場ゆえ、このような侮辱的な物言いをされたのは初めてだった。  領内であろうと彼が仕えるルエルグのロデーズ伯ジャン五世にもこんなことを言われたことは一度たりともない。平素、立場のない者からこのような物言いをされたら、それこそ剣で斬り捨てるところだ。      ジョアンはイハを連れて街道をナバラ方面へ歩き出した。  もうアルナウトには用無しだと言わんばかりに。ラバの蹄の音が真っ暗な道に響く。     「ど、どこへ行く!? 待て!」   「まだ俺を支配下へ置きたいのですか? もう何も関係ないはずでしょう。これきりです騎士様。俺は改宗者と寝るような罪深い男だ、貴方が関わるべきではない」        ◆◆◆      市庁舎の一室、大柄な騎士の男が囲まれていた。     「しかしまたセネシャルの護衛隊長を疑うような真似を……大変申し訳ございませんでした」    参事会の面々は深く頭を下げると、隊長はそれを制止する。   「仕方のないことだ、まさか下手人と見られる男が俺によく似ているとは」    アルナウトに似た男――ド・モンフォコン卿は彼らに対し穏やかな表情を向ける。当然それは見かけだけの事だが。    既にオーヴェルニュに向かうための軍勢は、フォワ伯たちが明日にでも動かせるよう伯爵の指揮下に置かれていた。      既に上がった狼煙は消せない。  ルイ王もその仇も。

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