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第1話

第1話 出会い  その日の訓練場は、空気がまるで違っていた。  理由は、辺境の大領地から来た特待生だ。  一年しか在籍せず授業は免除、卒業試験を合格することで、卒業資格を得るのだという。  たとえ上級貴族であっても、そのような無理は通さない。半分人脈づくりの為に来ているのに、授業も期間も削る意味がないからだ。  貴族院から非難を浴びながらも入ってきたその渦中の青年が、自分と同じ剣術の試験を受けるという。  ヨシュアは珍しいもの見たさで、皆に混じって試験の様子を見学することにした。  目にしたのはとにかく凄まじい剣戟だった。  同じ年頃とは思えない剛腕で、剣ごと相手を叩きつける。対戦相手は男の重い剣を受け止めるのがやっとで、気の毒なほどだった。  大柄な体躯の連続の猛攻に、生徒たちは言葉を発せず、鋼がぶつかる硬い金属音のみが稽古場に響き渡った。  ヨシュアは生徒達の隙間から身を乗り出した。男は大きな振りで、相手を剣ごと薙ぎ祓ったあと、何故か後ろに跳躍して距離を取った。  剣を前に構えた臨戦態勢のまま、男は鋭い眼差しを相手から外し、闘気をまとったままヨシュアを睨みつけた。  びっくりして思わず背中を反らした。  睨まれている理由がわからない。後ろを振り返るが誰もおらず、首を捻った。  男は端正な顔を歪ませ舌打ちをし、先の潰れた剣を握り直した。  一時。  呼吸を整える程度の間を置いて、再度激しく剣がぶつかり合う。連続攻撃が相手を倒すまで続くかという時、男は剣筋をいきなり真横に変えた。相手の重心が崩れたところを狙って、間髪入れずに剣先が喉元に突きつけた。 「そこまで!」  試験官の静止が入った瞬間、潰れた剣先は対戦相手の喉元のわずかのところで静止していた。  辺りが静まり返る中、ヨシュアはどくどくと鼓動が波打つのを抑えられなかった。  睨まれた気がするが、魅入ってしまうのをやめられない。  試験官が合格を告げる中、男は敗者を労うことなく事務的に剣を引き、試験官の方を向いた。 「試験官殿。最終試験を」  周囲がざわりと波立った。試験は、一度きりのはずだった。連続の試験も普通ではなかった。 「審査は一刻後だ。それまで待機するように。そこで見ている他の者は、解散だ。以上!」  解散の一言で場がやわらぎ、男はヨシュアとは反対側の、従者らしき青年がいるほうへ戻ってゆく。  ヨシュアはようやく体の力を抜いた。ずっと握りしめていた手は汗ばんでいる。  すごかった。  自分の何かが気に入らないのかもしれないが、それでもあの剣を一度受けてみたいと思うほど、体と剣が一体となった美しい動きだった。  隣の学舎から覗こうかとヨシュアが、学舎を見ながら思案しはじめたとき、隣でくすりと笑う気配がした。 「君は思ったことがそのまま出やすいね、ヨシュア」  横を見ると、学寮長のヴィンセントが、笑みを浮かべていた。 「最終試験が気になるかい?駄目だよ、こっそりのぞき見とかね。君は時々突拍子もないことをする」  ヨシュアは、見透かされて赤くなった。様子だけでばれてしまうとは、貴族としては致命傷すぎて、しっかりしなくてはと思う。 「先程の試合があまりに見事でしたから」  ヴィンセントはヨシュアを面白そうに見ながら、肩を軽く叩いた。体が少し強張った。  人に触られるのは、少し苦手だ。 「彼は実戦にも出ている。ここにいる学生達とは差がありすぎるよ」 「実戦、ですか」 「グレンヴィルの領主一族は、ほぼ全員戦いに参加する。彼は養子のアルファだ。戦闘狂のアルファばかり、という噂はあながち当を得ているかもしれないな」  ヨシュアは眉をひそめた。 「私の故郷はグレンヴィル領の南隣ですが、戦闘狂などと聞いたことがありません」  ヴィンセントは艶のある流し目をヨシュアによこした。 「カスティールではそうかもしれないが、中央から見れば、話がかみ合わないやっかいな領でもあるんだよ。今回もノルズガルドとの戦いを理由に、一年で卒業資格を与えろと貴族院に要求を通すのだからね。頭の痛い話だ」  ヨシュアは同意するわけにもいかず、曖昧に笑った。 「戦況については、カスティールも人ごとではないだろう。交流があったりしないのかい」  ヴィンセントは宰相家の息子だ。  先ほどはあの男に睨まれたことが、彼の関心をひいてしまったのかもしれない。 「もめ事もないので、特に何もありません。ただ、あの国の襲来の話はよく耳にしました。グレンヴィルから流れてくる戦難民がそれなりにいますから」  隠し立てすることもないので、そのまま言う。  カスティール領は荒地が多く、開墾のための人手を常に欲している。グレンヴィルからの難民は有難いくらいだった。  気になるのは、睨まれたのかどうかだ。相手は公爵家だからこちらから挨拶しなくてはならない。場合によっては面倒なことになりかねない。  男のいるほうに目を向けると、彼は壁際にもたれて腕を組み、従者らしき青年から何か報告を受けていた。  珍しい銀灰色の短髪に、黒衣をまとった引き締まった体躯。目つきの鋭さも相まって、学生というより現役の傭兵に見えた。  傭兵といえば、カスティール領に窃盗団が入り込み、それを討ち取りに来た傭兵団を見たことがある。彼らを泊めた宿はテーブルや椅子が壊されひどい有様だったが、しっかり弁償代は払わせたと宿の主人が言っていた。  人は見かけではわからない。  彼らと話したことのあるヨシュアは、荒くれ者でも不器用なやさしさがあることも知っている。  ヨシュアがなんとなく思い出していたとき、男がまたこちらを向いた。きつい視線にゾクリと冷たいものが背筋を走りぬける。  男は従者を手で制し、ヨシュアを見据えたままゆっくりと身を起こした。大型の獣を連想させる動作が不気味で、目が離せない。  まっすぐにこちらに歩いてくると、目の前に立ちふさがり頭上から射竦められる。男は目を閉じ、深く、空気を吸い込んだ。  静かに男が瞼を開いたとき、青灰色の冬空に似た瞳に捕らえられ、ヨシュアの周囲の音が消えた。 「⋯⋯はじめてお目にかかる。ヨシュア・カスティール殿」  低く、静かなよく通る声。  ヨシュアは強張る頬を動かそうと、はくはくと口を動かした。観察するような視線が痛い。 「はじめまして。アレス・グレンヴィル殿」  こくんと唾を飲み込んだ。 「私を、ご存じなのですか?」 「貴領を通った際、ご領主に挨拶をした。この学院にいるご子息の貴方を随分と心配されていたので、俺も気になっていた」 「⋯⋯父上が」  そんなこと他領の人間に話すかな?  ヨシュアは首をかしげ、男の観察するような目に、急いで表情を引き締めた。 「帝都は大きいですから心配をかけさせてしまったのかもしれませんね。グレンヴィル殿にはお耳汚しな話で、恐縮です」  愛想よく笑みを浮かべながら、ヨシュアは自分に声をかける口実を言ったのだと悟った。しかもすぐに嘘とわかることを言って、反応を見ようとした。 「地方貴族の、しかもベータであるあなたが無下に扱われるのではと心配されているのだろう。貴方は少々⋯⋯いや、特に問題なくやれているのか」 「はい。この学院に通わせてくれた父には、感謝しています」  何を言いたいのかわからないが、これはまごうことなき本音だ。にこりと笑って答えると、深くため息をつかれた。  ⋯⋯何故だ。 「そのことにも関係があるのだが、おり入って話したいことがある。改めて俺に時間を取っていただけないか」 「⋯⋯⋯⋯」  ヨシュアは笑顔のまま押し黙った。  侯爵家からのその手のお願いは、命令に近い。 「わかりました。近いうちに」 「今夜にでも」  男は、断りを許さない。  ヨシュアは無意識に眉が寄った。 「夜ではなく、日を改めてゆっくりと⋯⋯、そうだ、例えばここで私と剣の試合をして、語らうのはいかがでしょうか」  良いことを思いついたので提案してみた。 「時間が惜しい。所用があるなら終わってからでもいいぞ。いつ時でも」 ばっさり断られた。 「いえ、大丈夫です。⋯⋯今夜ですね」  アレスはうなづくと、使いをやると言って、試験を受けるために、戻って行った。  ヨシュアは、ふう、と息を吐いた。  提案を断られたのは残念だが、恨まれてるわけではないらしい。こちらから挨拶しなくても済んだわけだし、話というのが少し気になるが、それはそのとき考えよう。  それにしても、汗がとまらなかった。 「なかなか強引な性格をしているね、彼は」 ヴィンセントがヨシュアに声をかけた。やりとりを見ていたようだ。 「男爵家では、名門相手は何かと大変だろう。ヨシュア、困ったことがあれば、私が相談にのるよ」  柔らかな笑みを浮かべているが、親切で言われているわけではないことは、明らかだった。  辺境のグレンヴィル侯爵家がからむ問題を、中央貴族に相談するなど怖すぎる。 「お気遣いありがとうございます。ヴィンセント様」  丁寧に頭を下げて、ヴィンセントと別れた。  付き合いは極力上辺だけでいい。両者とも関わりたくないのがヨシュアの本音だった。

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