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第11話 怯える人

「ほかも見ますか?」  ヨシュアが庭の奥を示す。  崩れかけた東屋。  水の止まった噴水。  生垣の向こうには、果樹園も見えた。  行ってみたい。  そう思った。  けれど、返事をする前に、枝の折れる音がした。  誰かがいる。  王子の身体が強張った。  生垣の向こうから、作業着を着た男が現れた。  庭師だった。  両手に大きな鋏を持っている。  男はヨシュアを見て、それから王子を見た。  顔色が変わった。 「なぜ、外に」  男の声が震えた。  王子はヨシュアの後ろへ下がった。  先ほどまで感じていた風も、花の匂いも、急に遠ざかる。 「戻ります」  ヨシュアの袖を掴む。 「お部屋へ」 「もうよろしいのですか?」 「はい」 「東屋は?」 「見ません」 「噴水も?」 「いいです」  王子は俯いた。  庭師の視線が、肌へ刺さっている。  悪魔の子が外へ出た。  そう思っている。 「お前」  庭師がヨシュアへ言った。 「部屋から出すなと、聞いていないのか。そいつを外へ出したら、何が起こるか――」 「何が起こるのでしょう?」  ヨシュアは穏やかに尋ねた。  笑顔だった。  けれど、王子は袖を掴んだ手に、なぜか力を込めた。 「呪われる」  庭師が言った。 「王妃様のように殺されるぞ」  胸の奥を、冷たいものが貫いた。  母の白いドレスが浮かぶ。  床へ広がる赤。  鈴の音。  王子は手を離し、後ろへ下がった。 「申し訳ありません」  庭師へ頭を下げる。 「すぐに戻ります。だから――」 「テオ」  ヨシュアが呼んだ。  王子は言葉を止めた。 「謝らなくてよいのですよ」 「でも」 「庭を歩いただけでしょう?」 「怖がらせました」 「あなたが怖がらせたのではありません」  ヨシュアは王子と庭師の間に立った。  白い背が、庭師の姿を隠す。 「この方が、勝手に怖がっているだけです」 「同じことです」 「いいえ」  ヨシュアは振り返った。  金色の瞳は、いつもと変わらず優しい。 「あなたが泣く理由にはなりません」  泣いているつもりはなかった。  けれど頬へ触れると、指先が濡れた。 「部屋に、戻りたいです」 「承知しました」  ヨシュアはすぐに頷いた。 「ですが、その前に一つだけ」  庭師へ向き直る。 「あなたのせいで、王子様が泣いてしまいました」 「俺は、事実を言っただけだ」 「そうですか」 「そいつは悪魔の子だ。王都から追い出されたのも、王妃様を――」 「笑ってください」  ヨシュアが言った。  庭師は眉を寄せた。 「何だと?」 「テオが怖がっています。笑顔でご挨拶を」 「ふざけるな」 「笑って」  ヨシュアの声は、少しも変わらなかった。  指先が、小さく動いた。  庭師の頬が引きつった。  口元が、不自然に持ち上がる。 「な……」  男は自分の頬へ手を当てた。  唇の両端は、見えない糸で引かれたように上がっている。  歯が剥き出しになった。  目には恐怖が浮かんでいるのに、顔だけが笑っていた。 「何を、した」  庭師は笑顔のまま言った。  声が震えている。 「笑顔のお手伝いです」 「戻せ」 「まずは、ご挨拶を」  庭師の身体が揺れた。  両腕が勝手に下がり、鋏が地面へ落ちる。  右足が後ろへ引かれた。  背筋が伸びる。  男は抵抗しようとしていた。  首筋に筋が浮かび、拳が震えている。  それでも身体は従わなかった。  片手が胸へ添えられ、腰が折れる。  王都の宮廷人がするような、深く優雅な礼だった。 「ご機嫌麗しゅうございます、第三王子殿下」  笑顔の口から、声が出た。 「本日は、庭へお越しくださり、誠に光栄でございます」  庭師の声ではなかった。  明るく、よく通る声だった。  男自身の喉から出ているのに、誰かが代わりに話しているように聞こえた。  王子は動けなかった。

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