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第17話 変わりゆく季節

 次に変わったのは、大広間だった。  天井から幾千もの硝子玉が吊るされ、床には白と金の線が描かれた。音楽が始まると、硝子玉が光り、風もないのに揺れる。  中央には、木馬が並んでいる。  白馬。  黒馬。  翼を持つ青い馬。  銀色の角を生やした馬。 「どれがよいですか?」 「子供の遊びです」 「そうですか?」 「そうだよ」  王子は十五歳になっていた。  少なくとも、ヨシュアがそう言った。  正確な誕生日を祝う者はいなかったため、本人は日付を知らない。ヨシュアは、王都で王家の記録を見たのだと説明した。  その記録に、王子の名前が書かれていたかどうかは教えてくれなかった。 「では、片づけましょうか」  ヨシュアが指を上げる。 「待って」  王子は青い馬を見た。  翼の先が、淡い光を放っている。 「……少しだけなら」 「もちろんです」  ヨシュアは青い馬へ王子を乗せた。  音楽が始まる。  木馬は床を回るだけではなかった。  一頭ずつ宙へ浮かび、大広間の中を駆けた。  天井の硝子玉が星となり、二人の周りを巡る。  王子は最初こそ鞍へきちんと座っていたが、速度が上がるにつれて身を乗り出した。 「ヨシュア、競争しよう」 「負けませんよ」 「僕の馬のほうが速い」 「私の馬をご覧ください。角があります」 「速さと関係ないだろ」 「強そうです」 「競争だって言ってるのに!」  二頭の木馬が、大広間を駆け抜ける。  壁際には、数人の使用人が立っていた。  白い手袋をつけ、胸の前で手を揃えている。  王子たちが通り過ぎるたび、一斉に拍手した。 「殿下、がんばってくださいませ!」 「王宮魔導士様も、お見事でございます!」  同じ間隔。  同じ調子。  同じ声量。  王子は一度だけ、彼らを見た。  皆、笑っている。  庭師のときのような、引きつった笑顔ではなかった。  自然で、穏やかな笑顔。  だから、もう気にしなかった。 「テオ、前を!」  ヨシュアが叫ぶ。  王子は顔を戻した。  目の前に柱がある。  手綱を引くと、青い馬が翼を広げた。  柱のすぐ横を掠めて上昇する。 「危なかった!」 「ヨシュアが驚かせるからだ!」 「私のせいですか?」 「そうだよ!」  大広間に笑い声が響いた。  壁際の使用人たちも、一斉に笑った。  王子の笑い声が止むと、彼らの声も同時に止んだ。      *  城は、季節が巡るたびに変わった。  使われていなかった温室には、菓子の実る木が育った。  春には苺の飴。  夏には硝子のように透き通った砂糖菓子。  秋には香辛料の匂いがする焼き菓子。  冬には、温かなチョコレートが殻の中から溢れ出す。  王子は最初、本当に食べられるのか疑った。  ヨシュアが先に口へ入れるのを見てから、恐る恐る一つ取った。 「甘い」 「おいしいですか?」 「うん。でも、甘すぎる」 「では、次は少し控えめに」  翌日から、実る菓子の甘さが変わった。  地下の貯蔵庫は、海になった。  階段を降りると水面があり、足を入れても濡れない。水中には色鮮やかな魚や、歌を歌う貝がいた。  使われていなかった礼拝堂には、季節を選べる扉が並んだ。  右の扉を開けば、花吹雪の春。  中央は、向日葵が咲く夏。  左には雪原が広がっている。  ヨシュアと雪合戦をしたあと、王子が暖炉の前で三日間寝込んだため、左の扉には「厚着をすること」と書かれた札が増えた。  西の回廊は、一歩ごとに音の鳴る道になった。  書庫の前は低い鐘。  階段のそばは弦の音。  ヨシュアの部屋の前だけ、王子の声に似た音で名前を呼ぶ。 『ヨシュア』  そこを踏むたび、床が喋った。 「これはやめて」 「なぜですか?」 「僕の声みたいで変だ」 「私は好きですよ」 「僕が呼べばいいだろ」  そう言ってから、王子は何度もヨシュアを呼んだ。 「ヨシュア」 「はい」 「ヨシュア」 「はい」 「ヨシュア」 「何でしょう?」 「呼んだだけ」  ヨシュアは、毎回嬉しそうに返事をした。  回廊の床は、翌日には普通の音へ戻っていた。      *  王子の身体も変わっていった。  頬に血色が戻った。  細かった腕や脚には、少しずつ筋肉がついた。  同じ年頃の青年に比べればまだ華奢だったが、もう風に吹かれて倒れそうには見えない。  背も伸びた。  十五歳の冬には、ヨシュアの肩ほど。  十六歳の夏には、目の高さが近づいた。 「もうすぐ、追い越すかもしれない」  新しい上着の寸法を測りながら、王子は言った。 「楽しみですね」 「嫌じゃないの?」 「なぜです?」 「ヨシュアは、僕を子供だと思っているから」 「思っていませんよ」 「今朝も髪を梳こうとした」 「お嫌でしたか?」 「嫌じゃないけど、自分でもできる」 「では、明日からはご自分で?」  王子は鏡の中のヨシュアを見た。  白い髪。  金色の瞳。  出会った日と、何も変わっていない。  王子ばかりが成長し、ヨシュアは同じ場所に立っている。 「……明日は、ヨシュアがやって」 「承知しました」 「明後日は自分でする」 「はい」 「その次は、またヨシュア」 「一日おきですか?」 「気分で決める」  ヨシュアは笑った。 「どうぞ、お好きなように」  王子は鏡へ向き直った。  ヨシュアの指が、青い髪を梳いていく。  幼い頃より色が深くなり、肩に触れるほど伸びていた。  額へかかる前髪を分け、ヨシュアが小さな銀の飾りを留める。 「これはいらない」 「よくお似合いですよ」 「子供みたいだ」 「では、こちらは?」  紫色の宝石がついた飾りを取り出す。  ヨシュアの耳飾りと同じ色だった。  王子は鏡の中で見比べた。 「それなら、いい」 「お揃いですね」 「だから選んだわけじゃない」 「そうですか」  ヨシュアは、ひどく嬉しそうだった。

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