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第34話 魔法使いのための、王子様
「これでいい」
「いつでも開けられますね」
「うん」
「出ていかれますか?」
「いつかは」
ヨシュアの顔が曇る。
「一緒に来る?」
「私も?」
「当たり前だろ」
「王都の方々は、私を歓迎しないと思います」
「するわけないよ」
「では」
「それでも来て」
王子は手を差し出した。
「怖いなら、手を繋ぐから」
かつてヨシュアがしたように。
外へ出られなかった王子へ、手を差し出したように。
ヨシュアは、その手を取った。
「助けてくださるのですね」
「助けられるようになったから」
「立派な王子様です」
「そういう役じゃなくても?」
「ええ」
ヨシュアは微笑んだ。
「私の王子様です」
王子は繋いだ手を引いた。
ヨシュアの身体が近づく。
白い髪へ触れ、頬を包む。
「何でしょう?」
「目を閉じて」
ヨシュアは素直に従った。
王子は、その唇へ自分の唇を重ねた。
触れるだけの、短い口づけだった。
離れる。
金色の瞳が開く。
ヨシュアは、不思議そうな顔をしていた。
「これは、どういう意味でしょう?」
「わからない?」
「テオが私へ触れたかった、ということでしょうか」
「それもある」
「ほかには?」
「好きだってこと」
ヨシュアは考え込んだ。
「抱き締めるのとは、違うのですか?」
「違う」
「手を繋ぐこととも?」
「僕には違う」
「そうですか」
ヨシュアは自分の唇へ触れた。
「気持ちよかった?」
「はい」
「でも、それが好きと同じではない?」
「ええ」
王子は笑った。
予想していた答えだった。
「わからなくてもいいよ」
「よいのですか?」
「僕がしたいときは、そう言う。ヨシュアが嫌なら断って」
「嫌ではありません」
「なら、またする」
「はい」
「ヨシュアからしたくなったら?」
ヨシュアは、また考えた。
「テオが喜ぶのであれば」
「それじゃなくて」
「難しいですね」
「ゆっくりでいい」
「人間の時間で?」
「うん」
ヨシュアは王子の頬へ手を添えた。
先ほどの動きを確かめるように顔を近づける。
今度は、ヨシュアから唇を重ねた。
一瞬。
離れて、王子を見る。
「どう?」
「嬉しい」
「では、私も嬉しいです」
「それは僕が喜んだから?」
ヨシュアは少し迷った。
「今は、まだ」
「正直だね」
「嫌われたくありませんから」
王子は笑った。
「知ってる」
再びヨシュアの手を取る。
二人は庭を歩いた。
青い花が咲いている。
空を泳ぐ魚はいない。
生垣の動物も動かない。
魔法が解かれた城は、以前より暗く、静かだった。
遠くから、使用人の泣き声が聞こえる。
明日から、しなければならないことがいくつもある。
父へ手紙を書く。
王都から医師や世話をする者を呼ぶ。
壊された人々へ、自分たちがしたことを伝える。
許されなくても。
逃げずに。
王子は隣を歩く魔法使いを見た。
美しい人の姿。
けれど、その中身は人とは違う。
正しいことも。
愛の形も。
人の時間も、まだよくわかっていない。
「ヨシュア」
「はい」
「もし、また僕を王子様の役に押し込めようとしたら」
「はい」
「今度は本当に出ていくから」
ヨシュアは青ざめた。
「気をつけます」
「僕が望んでいるか、ちゃんと聞いて」
「はい」
「ヨシュアが望んでいることも言って」
「努力します」
「それから」
王子は立ち止まった。
「もう一度、名前を呼んで」
白い魔法使いが振り返る。
金色の瞳が、王子だけを映した。
「テオ」
もう世界中の誰もが、その名を思い出している。
それでも、その声で呼ばれる名だけは、二人のものだった。
「うん」
王子は微笑んだ。
「帰ろう、ヨシュア」
「はい」
魔法使いは王子の手を取った。
二人は、もう二人だけではない城へ戻っていく。
幸福な物語ではなかった。
悪い魔法使いが許される話でもない。
王子が魔法使いを正しい人へ変える話でもなかった。
ただ、長いあいだ役割しか愛せなかった魔法使いが、一人の人間を知ろうとする物語。
悪魔の子と呼ばれた王子が、自分の名前と罪と望みを引き受け、自ら誰かを選ぶ物語。
その先に、めでたしめでたしがあるかは、誰にもわからない。
けれど二人は、終わりの頁を閉じなかった。
明日も、その次の日も。
魔法使いは王子の名を呼び、王子は魔法使いの手を取る。
互いを完全には理解できないまま。
許せないものを抱えたまま。
それでも同じ物語を、生きていくために。
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