2 / 9
はじまりました、世界です
ここは第二都市のフィルストーン学園。わたしは音音 といいます。今日も、けいくんと学園に通います。
けれど、この学園ってお城みたいなんです。城門なんじゃないかなってところをくぐったら、あれ大通り? となるような道を通って、ようやく玄関ホールなんです。
わたし、入学してから数ヶ月経ちますけど、いまだに緊張してしまいます。
「おとね、大丈夫か?」
ふぅ、と息をついたらけいくんが心配してくれました。けいくんは、とてもやさしくてかっこいい、わたしの大尊敬するひとです。
わたしたち、第三都市の孤児院で小さな頃から暮らしていました。わたしは生まれてすぐに捨てられた孤児なのですが、けいくんは十一歳とか、そのくらいにやってきました。
最初のけいくんはすごく怖くて、いいえ、もしかしたらけいくんが全てを恐れていて、目が合うこともありませんでした。けいくんは野生動物みたいに警戒していて、人の気配があると食べませんし眠りませんでした。シスターもわたしたちも、けいくんのことが心配で、でも伝わらなくてもどかしかった。
けれど七年も一緒にいますからね。だんだん心を許してくれるようになりました。それに、けいくんは働き者で世話焼きでした。ですので、孤児院の年長者となったら、掃除に洗濯に料理まで、シスターよりも上手になってしまったのです。
まいにち小さな子の遊びにも付き合って、シスターの手伝いもして、ほんとうに、すごいひとなんです。
心配してくれたけいくんに大丈夫だよと答えて、今日も学園までの道を歩きます。あちらこちらから視線を感じますが、これはもう日常になりました。なんといっても、けいくん、とてもきれいなのです。
Veil なので小柄ですが、めずらしい黒い髪に、とてもきれいな青い瞳。そして冷たい態度。Glass たちにとって、こんなに魅力的なVeilはいないのだと思います。
ですが、けいくん、舌打ちしました。もう三回目くらいですね。けいくんってGlassが大嫌いなんです。
理由は分かりません。というよりも、シスターが教えてくれませんでした。
孤児院にやってきたとき、けいくんの右の腕は包帯ですっぽり隠れていました。夜になるとうっすら赤いものが滲んでしまって、毎日シスターが巻き直していました。
シスターは、けいくんに何も聞かないようにと、わたしに言いつけました。
『言いたくないこと、忘れたいこと、それは治らない傷なのよ。けいくんの傷が治りますようにと祈る。それは許しますが、むやみに知りたがらないこと。それだって思いやりです、わかりますか?』
わたし、けいくんにしつこく尋ねてしまって、シスターに諭されました。好奇心ってむずかしいです。理解したいだけなのですが、傷口に触れることになったりする。それってよくないことでした。
だから、わたしはずっと、けいくんのしあわせを祈ると決めています。決めているのですが……。
「けい、おはよう」
「……」
ああ、来ました。三ツ木世那 先輩。
けいくん完全に無視していますけど、世那先輩って冗談にならないくらい凄い方なんです。第一都市の「三ツ木家」という名門貴族のご子息で、人間とは思えない容姿をされています。本当に美麗といいますか。
白に近いブロンドのきらきらした髪が、肩くらいまで長くのびていまして、すこし長めの前髪から、金色の瞳が覗いているのです。
これ目を合わせたらしんでしまうくらいの美貌なのですが、けいくん、これを無視です。かっこいいですよね。
「今日はやいね」
「……」
「学園はどう? 慣れた?」
「……うるせぇ」
ああ、舌打ちまでしている。けれど、世那先輩って怒らないんですよね。世那先輩ってGlassらしくないんです。横暴じゃないし、おだやかだし、笑顔はすくないのでクールですが、ずっと温厚です。
「あ、世那またやってる」
わたしのうしろから、これまた派手な人が来ました。このひとは三ツ木優芽 先輩。世那先輩と同じ歳のご兄弟です。
第一都市は一夫多妻制なので、優芽先輩と世那先輩は異母兄弟ということですね。しかし、やはり、まぶしい。
「おはようございます、優芽先輩」
「おはよ音音ちゃん。そろそろ世那つれてくね〜」
このひと、世那先輩と正反対なんです。すごく軽薄な感じなんです。そういった噂も聞きます。でも、とても愛想がよくて、いつだって笑顔で、わたしうらやましいなと思います。わたしは表情がかたいのです。悩んでいます。
優芽先輩が世那先輩をひきずっていきました。これも見慣れた光景です。
「けい、今日も大好き。またね」
ああ、これですよこれ。入学してから毎日のことですが、一向に慣れませんよね。世那先輩ってVeilからの誘惑に一切乗らないらしいのです。
あんな容姿のそんなひとが、これですからね。
周囲のみなさんも新鮮にざわめいています。けれど、けいくんはため息をつきます。心の底から鬱陶しいと滲んでいます。かっこいいです。
「……いつもうるさくてごめん」
「え!? ぜんぜん! ぜんぜんだよ!」
挙句の果てにわたしの心配ですからね。けいくんってやさしくてかっこいいでしょう? だからほんとうは、けいくんと世那先輩が仲良くなればいいと思っています。
わたし、人を見る目には自信がありますよ。世那先輩って良い人ですよ、きっと。
だって、こんなにけいくんのことが好きなのに、指一本触れないんです。信じられないことですよ。Glassは気に入ったVeilを支配しますからね。Veilの意思なんて、あるようでないようなもの。Glassに狙われたら最後なんですから。それを幸福と信じることもできますけど。
「けいくん、世那先輩って、なんか、なんか、わるいひと、ではないよねぇ」
変な言い方になってしまいました。
くっついてほしいとかではないんです。ただ、もうすこしみんなと仲良くなってほしくて、これは身勝手な親切でしょうかシスター!
「悪い奴じゃないってことは、わかる」
けいくんが無愛想に言います。よかったですね世那先輩。いけない。ついガッツポーズをしてしまいました。いえ、くっついてほしいとかでは、ないのですよ、ほんとうに。
世那先輩、けいくんのことを「運命の番」だって言うんです。それってファンタジーみたいなものですけどね。でも、ほんとうに運命なら、運命が世那先輩なら、けいくん、しあわせになれるんじゃないかな。
わたし、そう思うんです。
ともだちにシェアしよう!

