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はじまりました、世界です

 ここは第二都市のフィルストーン学園。わたしは音音(おとね)といいます。今日も、けいくんと学園に通います。  けれど、この学園ってお城みたいなんです。城門なんじゃないかなってところをくぐったら、あれ大通り? となるような道を通って、ようやく玄関ホールなんです。  わたし、入学してから数ヶ月経ちますけど、いまだに緊張してしまいます。   「おとね、大丈夫か?」  ふぅ、と息をついたらけいくんが心配してくれました。けいくんは、とてもやさしくてかっこいい、わたしの大尊敬するひとです。  わたしたち、第三都市の孤児院で小さな頃から暮らしていました。わたしは生まれてすぐに捨てられた孤児なのですが、けいくんは十一歳とか、そのくらいにやってきました。    最初のけいくんはすごく怖くて、いいえ、もしかしたらけいくんが全てを恐れていて、目が合うこともありませんでした。けいくんは野生動物みたいに警戒していて、人の気配があると食べませんし眠りませんでした。シスターもわたしたちも、けいくんのことが心配で、でも伝わらなくてもどかしかった。  けれど七年も一緒にいますからね。だんだん心を許してくれるようになりました。それに、けいくんは働き者で世話焼きでした。ですので、孤児院の年長者となったら、掃除に洗濯に料理まで、シスターよりも上手になってしまったのです。  まいにち小さな子の遊びにも付き合って、シスターの手伝いもして、ほんとうに、すごいひとなんです。  心配してくれたけいくんに大丈夫だよと答えて、今日も学園までの道を歩きます。あちらこちらから視線を感じますが、これはもう日常になりました。なんといっても、けいくん、とてもきれいなのです。  Veil(ヴェール)なので小柄ですが、めずらしい黒い髪に、とてもきれいな青い瞳。そして冷たい態度。Glass(グラス)たちにとって、こんなに魅力的なVeilはいないのだと思います。  ですが、けいくん、舌打ちしました。もう三回目くらいですね。けいくんってGlassが大嫌いなんです。  理由は分かりません。というよりも、シスターが教えてくれませんでした。  孤児院にやってきたとき、けいくんの右の腕は包帯ですっぽり隠れていました。夜になるとうっすら赤いものが滲んでしまって、毎日シスターが巻き直していました。  シスターは、けいくんに何も聞かないようにと、わたしに言いつけました。   『言いたくないこと、忘れたいこと、それは治らない傷なのよ。けいくんの傷が治りますようにと祈る。それは許しますが、むやみに知りたがらないこと。それだって思いやりです、わかりますか?』    わたし、けいくんにしつこく尋ねてしまって、シスターに諭されました。好奇心ってむずかしいです。理解したいだけなのですが、傷口に触れることになったりする。それってよくないことでした。  だから、わたしはずっと、けいくんのしあわせを祈ると決めています。決めているのですが……。 「けい、おはよう」 「……」    ああ、来ました。三ツ木世那(みつきせいな)先輩。  けいくん完全に無視していますけど、世那先輩って冗談にならないくらい凄い方なんです。第一都市の「三ツ木家」という名門貴族のご子息で、人間とは思えない容姿をされています。本当に美麗といいますか。  白に近いブロンドのきらきらした髪が、肩くらいまで長くのびていまして、すこし長めの前髪から、金色の瞳が覗いているのです。  これ目を合わせたらしんでしまうくらいの美貌なのですが、けいくん、これを無視です。かっこいいですよね。 「今日はやいね」 「……」 「学園はどう? 慣れた?」 「……うるせぇ」  ああ、舌打ちまでしている。けれど、世那先輩って怒らないんですよね。世那先輩ってGlassらしくないんです。横暴じゃないし、おだやかだし、笑顔はすくないのでクールですが、ずっと温厚です。 「あ、世那またやってる」  わたしのうしろから、これまた派手な人が来ました。このひとは三ツ木優芽(みつきゆうが)先輩。世那先輩と同じ歳のご兄弟です。    第一都市は一夫多妻制なので、優芽先輩と世那先輩は異母兄弟ということですね。しかし、やはり、まぶしい。 「おはようございます、優芽先輩」 「おはよ音音ちゃん。そろそろ世那つれてくね〜」  このひと、世那先輩と正反対なんです。すごく軽薄な感じなんです。そういった噂も聞きます。でも、とても愛想がよくて、いつだって笑顔で、わたしうらやましいなと思います。わたしは表情がかたいのです。悩んでいます。  優芽先輩が世那先輩をひきずっていきました。これも見慣れた光景です。 「けい、今日も大好き。またね」  ああ、これですよこれ。入学してから毎日のことですが、一向に慣れませんよね。世那先輩ってVeilからの誘惑に一切乗らないらしいのです。  あんな容姿のそんなひとが、これですからね。  周囲のみなさんも新鮮にざわめいています。けれど、けいくんはため息をつきます。心の底から鬱陶しいと滲んでいます。かっこいいです。 「……いつもうるさくてごめん」 「え!? ぜんぜん! ぜんぜんだよ!」  挙句の果てにわたしの心配ですからね。けいくんってやさしくてかっこいいでしょう? だからほんとうは、けいくんと世那先輩が仲良くなればいいと思っています。  わたし、人を見る目には自信がありますよ。世那先輩って良い人ですよ、きっと。  だって、こんなにけいくんのことが好きなのに、指一本触れないんです。信じられないことですよ。Glassは気に入ったVeilを支配しますからね。Veilの意思なんて、あるようでないようなもの。Glassに狙われたら最後なんですから。それを幸福と信じることもできますけど。 「けいくん、世那先輩って、なんか、なんか、わるいひと、ではないよねぇ」  変な言い方になってしまいました。  くっついてほしいとかではないんです。ただ、もうすこしみんなと仲良くなってほしくて、これは身勝手な親切でしょうかシスター! 「悪い奴じゃないってことは、わかる」  けいくんが無愛想に言います。よかったですね世那先輩。いけない。ついガッツポーズをしてしまいました。いえ、くっついてほしいとかでは、ないのですよ、ほんとうに。  世那先輩、けいくんのことを「運命の番」だって言うんです。それってファンタジーみたいなものですけどね。でも、ほんとうに運命なら、運命が世那先輩なら、けいくん、しあわせになれるんじゃないかな。  わたし、そう思うんです。

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