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わるくない
学園の寮は広い。俺は一年生だから一階に部屋があるが、四年生までが暮らす寮だから、なんと四階まである。俺が学園に入る決意をしたのは寮が広くて、そしてGlassと完全に離れているからだ。
なんといっても、GlassがVeilの寮に、またはVeilがGlassの寮に侵入したら、即退学なのだ。基本的に自由な校則の唯一厳しいところ。これがなかったら、国から届いた手紙の「強制」の文字を無視して、俺は逃げていたと思う。
「けいくん、おきてる?」
ひかえめに扉がノックされた。おとねは女子棟に部屋があるのだが、なにかと訪ねてくるから心配だ。友達とか、できていないのだろうか。俺が言えたことではないけれど。
扉をあけたら部屋着姿のおとねが、いつもみたいにいた。
「あのさ、明日の朝、すこし寝坊しちゃうかも」
「よふかしでもするのかよ」
「あ、ちがうんだ、ちがくないんだけど」
おとねが照れくさそうにしている。なにかうれしいことがあったのだと思う。おとねは感情が言葉になるまでがゆったりとしているから、こういうときは、少しまつ。
「お、おともだちのね、お部屋に遊びに行くの」
「へぇ。いいじゃん」
「うんっ」
女子会にさそわれたらしい。めずらしくワクワクしているみたいだった。しかし、おとねは自分の表情筋を心配して、何度か頬をほぐして「どうかな」と聞いてきた。
「いいかんじ」
「ほんとう!?」
「ほんとほんと」
「じゃ、じゃあ、いってくる」
「たのしんできな」
「うんっ」
どこか緊張したうしろすがたをながめて、おとねが角を曲がったら部屋に戻った。こんな夜は、孤児院にいたときの騒がしさを思い出す。わずらわしかったはずなのに、いつのまにか恋しいのだから不思議だ。
「元気かな。あいつら」
なついてきた子たちも、同い年の、学園に選ばれなかった彼らも、シスターも、最低でも三年間は会えない。
第二都市から出ることを許されるのは四年生になってからだ。四年生になっても目的がなければ許可されない。そういうところなのだ、ここは。
Glassが支配する血統至上主義の世界、俺が生まれたのはそんな世界だ。
◇
毎日毎日、俺をちらちらと見てくる連中に腹が立つ。おとねが怖がるから舌打ちなんてしたくないけれど、無意識だ。
しかし、あいつが近くにいると、Glassはこちらを見なくなる。
「けい、おはよ」
この三ツ木世那というやつ。力の強いGlass、というのは本能的に分かるらしい。そう授業でも習うし、おとねも、他のVeilもそう言っていた。
だが、俺には分からない。
俺は、俺がVeilであることを受け入れたとき、そしてVeilとして生きると決意したときに、俺の手でVeilの機能を壊した。そのときから、Veilには分かる「Glassの匂い」が、俺には分からない。
『俺、君の運命だと思う』
あのひ、入学パーティから抜け出した庭の木陰で、世那は言った。どこか困ったような、うれしいような、変な顔をして、俺と目を合わせてきた。
いまも、あのひと同じように、すこし背を屈めて、けれど触れない距離で、こいつは目を合わせてくる。
「……あのさ」
「なに?」
俺が声をかけたらしんとした。なんだこれ。おとねが「ひょえ」とか言っているし、周囲の人もそわそわしている。なんだこれ。めんどくさくなって息を吐く。
「前も言ったけど、俺は匂いとかわかんねぇの」
「うん」
「だから、運命とか、わからないんだって」
世那はもういちど「うん」と言ってから、まわりこんで、俺を見上げるみたいにしゃがんだ。
「でも、けいが好きだから」
おとねが「ひぃ」と言っている。なんかさわがしいし、もう、なんだこれ。毎日毎日、飽きもせず。俺が冷たくあしらっても、分からないのだと伝えても、まっすぐな好意ばかりが返ってくる。
「……かってにしろよ」
もう何を言ってもこうだから言い捨てて、世那を無視して学園へ行く。おとねがパタパタ走ってくる音がしたから歩幅を狭くした。
俺は卒業さえできればそれでいいのだ。将来の伴侶を見つける予定もないし、見つけられたくもない。
「け、けいくん」
「……ごめん、おとね。走らせちゃって」
「あ、それはぜんぜん! というかけいくん、」
おとねがちらりと俺を見る。そしてぱっとそらすから、「なんだよ」と聞いてみる。
「あの、ううんっと、……けいくん、ちょっと顔が赤いなぁって」
「…………は?」
おとねがなんでもないと言ってカバンをブンブン揺らす。危ないからやめさせて、ついでに自分の頬に手をやる。ほんのり熱い気がしてイライラした。
「……あいつが、」
言いかけてやめる。何を言っても腹の虫は収まらないだろうし、あいつの、あのまっすぐな目を見ると、なんだかわるくないと思うから嫌なのだ。
あまり思い出したくない。もう関わらないでほしいくらいだ。
「あのね、けいくん、わたし」
おとねがゆっくりと言う。すこしだけ時間をかけて、口を開いた。
「わたし、いいとおもう!」
なにが。と言いかけて、おとねがあたふたしたからやめた。きっと言葉の途中になってしまったのだと思う。
「なかよくしても、いいとおもうの!」
「……あいつと?」
「うん!」
「……しねぇよ。Glassとなんて」
絶対にない。そう言い切ったら、おとねは顔をぎゅっとして「そっか」と言った。どういう感情なんだそれ。
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