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veil 01. やすみ
逃げるように乗りこんだ飛行船が、わずかに揺れながら空に浮かぶ。どうにか息を整えて、窓の外に広がる海原と小さくなっていく第一都市をながめた。
春休み。俺は第一都市の病院へ、定期検診に行くことになっていた。薬の副作用が長く続いていたからという理由だ。
その日、空港まで迎えに来てくれた世那と病院へ行き、何も異常がないと診断されて、研究所の仕事を抜けてきてくれ世那の、長い休憩時間がおわるまでのあいだ、中庭を歩いていた。
病院の中庭は花々が散らばるように植わっていて、俺は気に入っていた。
そんな花と花の切れ目に、そのひとはいた。
「……明」
俺がつぶやくのと目が合うのは同時だった。
記憶のなかにいる明よりも、頬はこけて、目は窪んで、痩せて、俺を見て、泣いていた。
それは、俺が壊した人の末路だった。
長い髪には白いものが混ざって、くすんで、片方の足は動かずに、杖をついている、やさしいまなざしだけが変わらない、大好きだった人。
諦めに似た絶望と衝動と痛みが、暗闇と赤が、一瞬のうちによみがえる。
逃げたくなったのは、どうしてだろう。なにか冷たいものが額に滲んで、それが酷く身体を冷やしていた。
ぐんと狭くなった視界が、飛行船の窓から見渡せる海と空の変わらなさに広くなってようやく、世那が手を握っていることに気がついた。
世那は心配と後悔とやるせなさが混ざったような顔で俺を見ていて、全部知っていたのだと思った。明が目を覚ましたことも、あの夜のことも。
「……」
何かを聞こうとしてやめた。
ああそういえばそうだった、と思った。
あの夜に決意したこと、もう大切な人を壊したくないから、俺はたったひとりで生きるのだと、そう決めたことを。
甘い夢から醒めるように、思い出した。
力の抜けた俺の手を世那は握りなおした。それは、はじめからここにあることが当然のように触れていて、離すことなんて、できなかった。
飛行船がゆったりと高度を落としていく。第二都市が見えてきた。乗る人と降りていく人が途切れて、ようやく、俺たちは降りた。
◇
第三都市には岬がある。
すらりとつきだした地面の先端には祠があって、そこにはどの教会にも飾られている印が、金色や銀色で神々しく刻まれている。
教会で働く修道士やシスターは、月のはじまりにここで祈る。あいにく俺は信仰していないから、ただ手を合わせておく。
「それにしても助かるよ。いまはどこも、人手不足だからね」
あたらしい教皇が言った。見習いの俺を含めた修道士が二人、シスターも一人しかいない。教皇もあわせて四人で、第三都市の孤児院はまわっている。
それはかなり大変な問題で、いくつもの教会が廃墟になってしまったし、ひとつの孤児院で見る子どもの数が増えてしまったから本当に大変。
「けいくんがきてくれて、ほんとうに嬉しいよ」
修道士のヨルが言う。俺はヨルの教会で見習いとして世話になっている。ヨルの教会は街のまんなかにある大きな教会だ。子どもの数も多い。そんな教会を、ヨルひとりでどうにかしていたのだから、すごい。
「そういえば、学校のお手伝いもしてるんだっけ?」
シスターのメイルが言った。俺は「ひまなときに」と答えておく。
第三都市の学校も教師が減ったから大変そうだった。俺が教えられることなんて数とか文字とかだけど、それでも助かるらしいから手伝っていた。
「けいくん、今日はお休みにしなさい」
「……え、」
「働きすぎもよくないからね」
「……わかった」
ヨルに言われて渋々頷く。ヨルは、少しだけシスターに似ていた。穏やかだけど圧がある感じが、とくに。
一日暇になってしまったから街の貴族宿舎を訪ねてみる。身なりのいい子どもたちが駆け抜けるのをながめていたら、上の方の窓がすごい勢いで開く。
「けいー!」
幸が身を乗り出している。落ちそうで怖い。幸は、そこでまってろみたいなことを言って、バタバタと降りてきた。
そして一目散に飛び込んできて、俺の腹の辺りに抱きついた。
「けいが来てくれるなんてめずらしいねー!」
「やすみになった」
「へぇ! なにする!? あそぶ!?」
「おまえ、学校は?」
「いまやすみになった!」
「おい、ちゃんと行け」
幸が駄々をこねる。とりあえず着替えさせて、学校がはじまるまで遊ぶことにした。といっても、パンを買って公園に行くだけだ。
「けいー! みてー!」
「……あぶねぇな」
幸は木の上から手を振ってきた。それもすごく高い木だ。幸は目を離すと変なことをしているから、たまにハラハラする。でも元気なのはいいことだ。
「おりてこい。パンあげないぞ」
「え! やだ!」
幸が器用に幹を伝って降りてくる。運動神経の良い奴だ。丸いパンを二つ渡したら、幸は交互にかじった。おまけに食いしん坊。
「けいは食べないの?」
「……もう食った」
「うそだ!」
それに、妙に勘がいい。しかたなく息をついてパンをひとつかじる。とくになんの味もしなかった。
「おれ、学校さあ、三時までなの」
「へぇ」
「また遊ぼうよー!」
「いいけど」
幸は大袈裟に喜んで学校まで走って行った。それを見送って、見えなくなったら背を向ける。
一日、暇になってしまった。
なにもすることがないと、いつも同じ顔を思い出して、嫌になる。ちがう。本当は嫌ではない。むしろ、まだ忘れていないと安堵する。けれど、それだけだ。
俺は、俺自身から、逃げた。
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