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veil 02. たのしくない
けいくんがいなくなりました。
お部屋がきれいになっていて、お洋服のひとつもなくて、どこにもいなくなっていた。でも、机の上に手紙がありました。小さな紙で、やっぱりきれいに折りたたまれていました。
『第三都市にいる。心配するな。』
これだけでした。
もちろん心配になりました。どうしてだろうと思いました。
第三都市が修道士やシスターを募集していることは知っています。四年生は研修に行けることも。けれど応募するひとはいません。だって、修道士やシスターというのは、番のいない方がなるものです。
卒業してから修道士やシスターになるひとはいますけど、在学中に志すひとなんてきっといない。それに、けいくんには……。
なにか、あったのかな。
そう思ったら、いてもたってもいられなくて、気がついたら学園長室の前に、シスター研修の応募用紙を持って、立っていました。
学園長先生、すごく無表情で怖かったけど、「本当に希望するのか?」とやさしい声で言いました。
「は、はい!」
わたしはあわてて返事をします。声が震えてしまって恥ずかしいです。
学園長先生は、なにやら悩む素振りをして、
「君、あの子の友達だよね」
と言いました。あの子って? と思ったら学園長先生は「慧だよ」と言いました。
わたしは首をぶんぶん縦に振りました。学園長先生は「そう」と言ってから、応募用紙に許可のスタンプをおして、
「行ってきてください」
と、すこしだけ、託すように言いました。学園長先生、どこか心配しているように見える。
わたし、まかされました、と心の中で呟きました。
出発の日、空港にはアサミくんとツキちゃん、それに優芽先輩がいました。……なぜ?
「僕が呼んじゃった」
アサミくんがささやいてきます。なぜ!?
「音音ちゃん」
優芽先輩、これはその、ちがうのですよ、って、わたしはなんだか優芽先輩を裏切ったような気持ちになった。あわあわとしていたら優芽先輩はくすくすと笑いました。
「音音ちゃん、慧くんのこと、まかせていいかな?」
優芽先輩、わたしの手をそっとにぎって言います。わたしは今度こそ、
「まかされました」
と言いました。やっぱり、なにか、あったんだ。
けれど、手、にぎらなくても、イイトオモイマス。
でも、研修は三ヶ月くらい。もう気軽には会えませんね。さびしいな。アサミくんにもツキちゃんにも、優芽先輩にも、気軽には会えない。
「あのっ、あの、」
飛行船が到着したので乗らなくてはいけないのですが、みんなになにか伝えたかったので頑張ります。でも何も言えない。
「お、お手紙、書きます」
なんとか出てきた言葉がこれでした。だめだなあ。
けれど優芽先輩は笑って、
「まってるね〜!」
と言ってくれます。どんなときも明るくなる。やっぱりさすがは優芽先輩ですね。
◇
シスター研修がはじまりました。
「音音ちゃんー! おやつにしましょ!」
「はいっ! え、おやつ!?」
シスターのメイルさんは、とっても自由な方でした。
町外れの教会は、なんというかカラフルというか、黄色や橙色で塗り直された建物でした。メイルさんが塗ったらしいです。たのしいほうがいいじゃん、ということで。
そして、朝と昼のあいだ、昼と夜のあいだに、おやつの時間がある。
「今日は道端の草ケーキよ!」
「ひぇ……」
そして独創的です。けれど美味しいんですよね、これが。道端の草、とか言ってますけど、たぶんメイルさんは草花の知識が豊富です。教会の周り、たくさんの草花が自由に育っていて、こういうところは、シスターの孤児院に似ています。
そして、なんといっても、メイルさんの教会には、わたしの孤児院にいた子たちが移されています。なので知っている顔がたくさんいる。うれしかった。
「そういえば、けいくんに会いたいんだっけ?」
「はいっ!」
わたし、道端の草ケーキをあわてて飲み込んで頷きます。実は、こちらに来てかなり経ちますが、まだけいくんに会えていないのです。
「明日の朝、会えるよー」
「ほ、ほんとですか!」
メイルさんが楽し気に頷きます。どうやら、明日の朝は集会のようなものがあるらしいです。
ようやく、けいくんに会えます。
会って、なにか尋ねてもいいのでしょうか。それに勝手についてきてしまったから怒られるかな。そんなことを考えてしまいますが、とにかく会えたらよしとして、それから悩みます!
ひとりで頷いたり悩んだりしていたら、メイルさんが「たのしそうだねぇ」と言って笑います。
た、たのしくはないです!
◇
わたし、すこし、いえかなり、早く起きてしまいました。ほとんど夜です。みんなを起こさないように、そっと外に出て、すっかり日課となった薬草のチェックをします。枯れていないかなとか病気になっていないかなとか。
けれど摘むにはまだすこしはやい時間なので、手持ち無沙汰になりました。遠くの空が白んでいます。退屈なので、教会のまえでぼんやり、それをながめていました。
「はやいねえ」
そうこうしていたら、目を擦りながらメイルさんが起きてきた。まだ空は暗いです。メイルさんこそ、はやおき。
「今日はねえ、集会はねえ、あさはやいの」
メイルさん、ほとんど眠ってますけど、大丈夫ですかね。わたしがしたように、メイルさんも薬草に挨拶をして、いそいそと服を着替えます。ここ外ですけど!
「よっしゃあ、行くぞー」
メイルさん、まだ目が開いていない。ふらふら歩くメイルさんをたまに支えて、わたしも歩いていきます。海が見えてきた。海と、何人か、あ、黒い髪のひと。
「けいくん!」
わたし、呼んで駆け寄ったら、けいくんは本当に驚いていた。はじめてみるくらいに目を見開いて、「なんで?」と言ったあとに、すごく深いため息をついた。ひどい。
「……心配するなって」
「むりだよ!」
ちょっと大きな声が出てしまった。けいくんもちょっとびっくりしている。でも、むりですよね。だって、まるで、けいくんが、……世那先輩と番になることを、諦めたみたいな。
でも、だからといって、なにをどう、聞いたり言ったりしたらいいのか、分からないので、どうしよう。
「……もどらないよ」
けいくんがそっぽをむいて言った。いまさらですけど、修道士の衣に身を包んだけいくんは、夜明けの空を背景にしているのもあって、なんだかこの世のものではないみたい。とてもよく似合っています。似合っている。
似合ってしまっている。
「ど、どうして、だって、」
世那先輩は? 言いかけて、やめました。
けいくんは、絶対に大丈夫じゃない顔をしています。
草を食む羊が美味しくない草を吐きだす、とても苦くて、けれど腹が空いたな、美味しいものが食べたいなってときの、あの感じ。
「けいくん、わたし、わたしは……」
なにがあったとか、とりあえずどうでもいいので、
「けいくんと、いっしょにいます!」
なにかが、どうにかなるまで。
けいくんは「はあ?」と言ってから、あきれた顔しました。
研修がおわるまであと二ヶ月。
いま、けいくんをひとりにしたらだめだ。
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