55 / 55
veil 12. 世界に硝子が落ちても
さらりとなびく白と、黒の髪のすきまから、夜をながめるけいの瞳が見え隠れする。ゆるくまぶたを落とすようにまばたきをして、そこから、しずかに涙が伝うのを見た。
「けい、」
どうしたの、と聞こうとして、けいの匂いは悲しみではなく、むしろあたたかいものであることに気がついた。
「俺、泣いたことってないんだよ。母さんが死んだときも父さんに捨てられたときも、泣けなかった」
また、きれいなしずくが、けいの柔い肌をこぼれる。そっとベールのむこうに触れて、けいの頬に手を添えたら、けいは手を重ねて、めをつむった。
「世那のこと考えると、かってに泣いてる。意味わかんねぇ」
そう言いながら、けいはどこか呆れたように笑う。ぽろぽろと伝う涙は、まるで大きな感情があふれているみたいで、愛おしかった。
「どんなこと考えてたの」
「……おしえねぇよ」
けいは楽しそうに笑って、頬に添えられた手をぎゅっと握ったら、その手によりかかるように、ささやくように、
「そばにいてよ」
と言った。白いベールがふわりともちあがり、はためき、その小さな願いが、壮大な祈りのように広がった。
けいはゆったりと目を開けて、俺の手をそっと両手でにぎりなおしたら、また涙をぽたりと落とした。
「……やっぱり世那の番になりたいな」
昨年と同じ、けれど違う温度の涙で、けいは言う。そのあたたかい声と表情と、さわやかな甘い香りに、鼻の奥がくしゃりとした。
俺は、そっとけいの右手をとる。すこしもちあげたら、ふんわりとしたブラウスの袖口はゆるくさがった。
晒された手首の薄い肌に口付けをして、肘のあたりまで袖をさげたら、腕の内側を、唇のやわらかいところではさむように、やさしく吸った。
「予約」
そう言って、目を合わせたら、けいの瞳は揺れて、すこしずつ視線は彷徨うように逸らされた。けいの頬がどんどん赤くなる。
「あれ、また泣いてる?」
「……うるせぇ」
けいは涙を左腕でぬぐおうとして、たっぷりのフリルで飾られた袖を見てためらって、とうとうそのままにした。
「……世那に情けねぇ姿しか見せてない」
なんて悔しそうに言うから、つい笑ったら、じとりとにらまれた。
情けない姿を見せてくれる、それがどんなに嬉しいことなのか、けいの表情のひとつひとつを見つけることが、どんなに幸せなことなのか、けいの涙をぬぐいながら、そんなことを噛み締めた。
「俺もだよ。情けないとこばっかり」
「…………そうか?」
「うん。怖がりになった」
けいのために強くなれるけど、弱くなってしまうことを知った。想いは重なるほどひとつになって透明になって、質量だけはふくらんで、それが肌を切り裂く痛みになったり、身体を包むやさしさになったりすることも。
「いっしょに、生きよ」
痛みもやさしさも、ぜんぶ、愛おしくなるくらい。
けいは「うん」と言って、またきらきらとした涙をこぼした。
ともだちにシェアしよう!

