27 / 43

第四章 モブ山モブ生の春(6)

なんか怖い。  すっかり香月に自分のことを調べられるのに慣れてしまっているが、よくよく考えてみれば、去年の俺の様子を篠邑さんに尋ねている時点で相当おかしい。いや、俺が陰に隠れて悪さをしているような問題児ならば、香月が自衛の為に俺のことを調べるというのは納得なのだが、生憎俺は表裏のないモブである。あれだけ詳細な調査をして出なかったものが、篠邑さんに聞いたぐらいで出てくる筈もない。そのぐらいのことは香月も納得済みな筈だ。しかも、香月には瀧居家がいるのである。そういった些事であるのであれば、自ら動くような真似をせず、瀧居家に任せればいいことだろう。  そうなると、香月の目的は純粋に過去の俺の学園生活にあるということになる。なるのだが、一体、そんなものを知ってどうしようというのだ。話のきっかけにはなるかも知れないが、それならば俺に直接尋ねる方が余程目的に適う。そうしないということは、それ以外の目的があるということになってしまうのだが、まさかあの香月が単純な好奇心で俺の過去を調べる筈もなし。しかもついでに大日向のことも尋ねている。そこに何かの関連性を見出そうとしてしまうのは、俺が物事を複雑に考え過ぎているからなのだろうか。 「あの、それを知ってどうするつもりなの?」  だから俺は香月に尋ねた。 「奥山のことを知りたいと思うのは悪いことかい?」 「いや、俺に訊けばよくない?」 「うん。けれど奥山は自認モブだろう。きっと大したことはなかったと言うんじゃないかと思ってね」  確かにそれはある。  俺は自他ともに認めるモブであるが故に、起伏に乏しい人生を送っている。去年にしてもそうだ。中等部からの友達とクラスの片隅でこぢんまりと固まって生きていた。今年のように次から次へと何かが起こるような人生でもなければ、華やかな人間関係があった訳でもない。所謂、特筆すべきことのない生活。去年の俺の学園生活を一言で表すとしたら、そうなるだろう。そういった意味では、俺のことを俺に訊かなかった香月の選択は正しい。 「篠邑さんは、なんて?」 「特に目立つことのない生徒だったと言っていたよ」 「だよねえ」  俺は大いに納得した。  今の俺は香月のお陰で注目を浴びる存在となっているが、そもそもの俺はそのぐらいに影の薄い存在だ。いるかいないかわからないと言われたことも一度や二度ではない。しかも、目立つことが好きではない為、何かに対して自ら率先して手を挙げるような真似もしない。だから自然とクラスの中では大人しい方のグループにカテゴライズされていく。恐らくだが、口を利かずに一年を終えたクラスメイトもいた筈だ。 「でも、面白いとは言っていたよ。気が弱いのに、妙に物怖じしなかったりするときがあるから――と」 「ええ? そんなことあったかなあ」  俺は香月の言葉に驚いて去年の記憶を探した。だが、篠邑さんや香月が面白がりそうなエピソードは思い出せない。一体、何のことを言っているのだろう。不思議に思っていると、香月が具体的なエピソードとともに口を開く。 「うん。授業中に居眠りをしていたときに、野々村先生に注意された奥村が真っ向から反論したのだろう。詰め込み型のカリキュラムに問題があるとかなんとか言い返して、野々村先生に逆に寝ろと言われたとか」 「あ、あれは物凄く眠くて……」  俺は頭を掻いた。  中等部から高等部に上がって授業のレベルが上がったのを感じた俺は、まだ高等部生活が始まったばかりという状況に、今頑張れば周囲のレベルに追いつけるのではないかと考え、真面目に勉強に取り組んでいた。どのくらい真面目に頑張ったかというと、帰宅後、深夜二時頃まで問題集と睨めっこなどという生活を送っていたぐらいだ。  ところが成果が出る気配がない。ない上に無理を重ねているものだから、授業中に眠くて仕方がなくなるという悪循環に陥ってしまった。そこに野々村先生が嫌味ったらしい説教をかましてきたものだから、疲労がピークに達していた俺はついかっとなって、『詰込み型のカリキュラムで生徒に帰宅後の自習を強いる高等教育の構造に問題があるんじゃないですか』などと言い返してしまったのだ。  野々村先生としては、万年成績中位の俺が帰宅後に自主学習をしているとは思わなかったのではなかろうか。完全に不意を突かれた表情で、「お前も中々言うな。それだけ疲れてるならいい。今日のところは免じてやるから寝ろ」と言うと何事もなかった風に授業を再開した。ただ、心配したというよりは呆れた様子だったが。  それもそうだ。家で勉強を頑張り過ぎた結果、肝心の学校での授業を疎かにしてしまったでは本末転倒である。 「はは。眠いと口が回るようになるタイプだったとは意外だった」 「いや、あれは本当に眠かったんだよ。あのときは真面目に勉強していたから……あ、今も勉強はしてるよ。ただ、闇雲にやるのは止めたけど」 「うん。その方がいい。ちゃんと理解をすることが大事なのだから」 「そうだよね。だから今は小中の復習をしているところ。何だかんだ言っても勉強って地続きじゃない? 躓いたところを理解しないと、一生先に進めない感じがしてさ」 「ああ、いい心がけだ」  ぽんぽんと香月が俺の頭を叩いてくる。  うう。何かこの空気だと、香月が何故俺のことを知りたいのかという根本的な理由が訊き難いぞ。それに、香月が出してきたエピソードからして、篠邑さんとの話が本当にそれだけだったというのがわかってしまった。ここにあまり拘りをみせてしまっては、俺の痛い腹を探らせてしまいそうだ。 「これで納得してくれたかい」 「うん、まあ、なんでって気持ちはあるけど」 「いい友達になりたいのだよ、奥村とは」  叩いたついでに頭に手を置いた香月が、髪を軽く撫で回してくる。その表情はどこか寂し気だ。 「昔、酷い失敗をしてしまってね」  ぽつりと洩らした香月に、俺は知っているとは言い難かった。  自分があれこれ調べられているのに反応しておきながら、その実、俺もこそこそと香月のことを嗅ぎ回っている。その現実が、俺を酷く委縮させた。きっと、香月はいい思いをしないのだろう。そう思うからこそ、うん。とだけ相槌を打って、香月の次の言葉を待つ。 「だから、つい――」  そこから先の言葉はなかった。ちょいちょいと俺の髪を直した香月が、「行こうか」と、俺を促して立ち上がる。  もしかしたら香月の口から小学校時代の話が聞けるかも知れないと思ったのだが、そう上手く話は進まないようだ。まあ、それは仕方がない。香月としては苦い過去であるのだろうから。俺は香月の跡を追ってベンチを立った。そして校舎の影で律儀に待ち続けていた瀧居家と合流して学園を出た。

ともだちにシェアしよう!