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第四章 モブ山モブ生の春(7)

 学園を出て送迎車に乗った香月と瀧居家を見送って、俺は一人で帰途に就いた。学園の広い敷地を囲うフェンスに沿って伸びる歩道には、俺と同じように今から帰途に就く生徒たちの姿がまばらに点在していた。その道をゆっくり歩んで行きながら、ぼんやりと今日大日向から訊いた話を反芻する。  ――香月は友達関係の拗れから、通っていた私立小学校を退学させられそうになったことがある。  大日向は確かに俺にそう言った。  香月に大日向の噂が伝わっていたように、大日向にも香月の噂は伝わっていたのだ。全国テストでどのくらい上位に食い込んだだの、何々で何々の賞を取っただの……ちらほら聞こえてきた香月を褒めそやす噂に不穏なものが混じるようになったのは、小学校中学年の頃だという。  ――格が下がる家の子に、随分とご執心らしい。そう聞いたんだ。  歴史ある芙蓉グループの御曹司である香月にとって、他の子どもたちの家柄は基本的には全てが格下になる。それでも敢えてそう表現されたのは、当時から瀧居家が目を光らせて香月の友達を選別していたからだ。家柄も能力も気質も申し分ないものだけが香月の傍に侍ることを許される。今にも続く特殊な環境で、その子どもと香月がどうやって接点を持ったのかはわからない。小学校が香月と異なる大日向の耳には、相手の子どもの情報はそのぐらいしか入ってこなかったのだそうだ。  ――それから二か月も経たなかった、ぐらいか。相手は転校したと聞いた。本当の理由はわからん。だが、俺の周りの人間はこう噂した。香月の執着心に耐え切れなかったからだと。  香月がどれほどのことを相手の子どもにしたのかは、大日向にはわからないのだそうだ。調べようとしたこともあったようだが、名門小学校は醜聞を嫌う。香月家にしてもそうだ。香月が写真一枚にもあれだけ過敏になのは、香月家の教育がそういったものであるからだ。それもあって、かなり厳格な情報統制が敷かれたのではなかろうか。香月が退学させられそうになったという情報以外は何も掴めない有様だったのだという。  ――だからお前も気を付けろ。あいつは気に入るととことん、らしいからな。  大日向の忠告に、俺は頷くことしか出来なかった。  日曜日に俺を心配して何度も電話をかけてきた香月。そのタイミングの良さが、俺たちの跡を誰かに尾(つ)けさせていたからだとしたら、俺はどうすればいいのだろう。普通の友達付き合いでは決して起こり得ない事態に、矢張り、香月と腹を割って話すべきだった――そんな思いが今更に頭を過ぎる。  けれども、それをどうやって香月に切り出せばいいのだ。俺は溜息とともに顔を上げた。  西日が眩しい。  俺はてくてくと先を行った。  いっそ何も知らない振りをすべきなのだろうか。一番楽な解決策はそれだ。香月のすることに目を瞑って、友達でい続ける。だが、それは本当に友達と呼べる関係なのだろうか。俺は悩ましさを抱えながら、学園に一番近いバス停の前を通りかかった。何人もの生徒が列をなしてバスの到着を待っている。 「調子に乗ってんじゃねーよ」  そこを通り過ぎる瞬間、耳に飛び込んできた言葉。  瞬間、心臓がきゅっと縮み上がり、背中の毛穴から汗が噴き出た。  誰が誰に向かって放った言葉であるのかは、俺にはわからない。わからないけれども、クリアな音声は俺の耳にこびりついた。  香月と関係が出来たことで、俺は確かに舞い上がっていた。でなければ、モブ山モブ生とまで呼ばれた自認モブの俺が変わろうなどとは思わない。髪を切ったのだってそうだ。少しでも香月に相応しい人間になりたかったからだ。その変化を、快くなく感じる生徒はいるだろう。  俺は足早にバス停を通り過ぎた。背後でぎゃははと、楓陵学園の生徒にしては下卑た笑い声が響く。ああいった生徒もいるのか。俺は嫌な気分を抱えながら帰途を急いだ。  幸いというべきか。それ以上は何事もなく、無事に家に帰り着く。  それでも俺の気持ちは晴れない。怖い。憂鬱な気分になりながら、玄関に続くステップを上がる。  俺の足は震えていた。

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