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第1話(9)
数日後、攻がソファに腰かけてノートパソコンのブラウザを開くと、すぐにスキャンダラスな見出しが目に飛び込んできた。
「巨匠・紫峰探雲の遺作はすべて偽物! 名門一家に幽閉された愛人ゴーストライターの素顔」
「5千万円のキャンバスを一刀両断! 前代未聞の暴露劇で誕生した新星・水島蛍と処女作『紫の蛍』」
あのレンタルギャラリーでの騒動は、当然のようにマスコミにとって格好の餌食となった。宝田の画廊は詐欺まがいの偽物販売で信用が地に落ち、紫峰親子は警察の事情聴取を受けているらしい。
一方で、水島はスキャンダルを踏み台に、美術界の話題を独占していた。なのに今は司の前で恐縮している。
「本当にこの300万円、貰ってもいいんですか?」
どうやら、まだ自分の価値を分かっていないらしい。
「もちろんです。貴方は私との約束を果たしてくださったのですから」
「……じゃあ、遠慮なく」
司に促され、水島は3つの札束をリュックサックに詰めこんた。そして、立ち上がって外に出る。司も攻も後に続いた。
夏の終わりを告げるヒグラシの鳴き声が聞こえる。陽射しも少し弱まったように感じられた。
「お世話になりました」
水島は深々と頭を下げ、踵を返して歩き出す。これからどんな画家人生を送るのか、それはもう二人の知ったことではない。
司はいつもの仏頂面で見送る。けれども、攻から見るとその眼差しはいつもより少し優しかった。もしかしたら、まだ水島に熊谷の幻影を重ねているのかもしれない。
「あの男に300万円も渡して良かったのかい? 画材代や食事代、それから紫峰家に払った手付金も含めると大赤字だろう?」
「大丈夫です。『紫の蛍』はその10倍以上で売れましたから。十分に元を取れましたよ」
大したことでもないかのようにのたまう。衝動的に、攻は司を鳴かせたくなった。
「それじゃ、今夜はスイートルームに泊まって、豪華な食事を楽しもう。もちろん、私のポケットマネーだ。心配しないで」
司は訝しげに攻を見上げる。絶対にその後は音を上げるまで鳴かせるつもりだろうと。堪らず、攻はその唇を啄んだ。司は慌てて目を見開き、口元を両手で押さえる。
「誰かに見られますったら!」
「別に見られてもいいじゃないか」
「気づいてないのですか? 最近はマスコミに張りこまれているんですよ」
攻の脳裏にスキャンダルな見出しが躍る。さながら「腕利きの画商、男性のパートナーがいた! 高校時代から続く純愛のすべて」といったところか。
「本望だよ。私は君と愛し合っていることを皆に知ってもらいたいんだからね」
「僕はイヤです!」
そうやって膨れる司の唇を、攻はもう一度啄んだ。今度は少し長めに。
(本当は君を失いたくないんだ……)
唇が離れると、切なげな眼差しをしていることに気づかれたのだろう。司は微笑みながら、大きな体を抱きしめてくれた。
「もう、困った人ですね……僕はどこにも行きませんよ」
今度は攻が強く司を抱きしめていた。私の可愛い恋人、そして永遠の友達。絶対に離したくないと。
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