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ユゼルの誕生秘話
1人の女性が月明かりの下を忙しなく歩いていた。手には籠を持ち、中には食料が詰められていた。
「あぁ、遅くなっちゃった。」
今日は老いてきた母のもとに顔見せに行った帰りであった。しかし運悪く馬車の乗り継ぎがうまく行かず、この時間では、と家の近くまでいつも頼んでいる馬車は断られてしまった。
彼女の視線の先に小さく光が見えた。慣れ親しんだわが家である。
安堵の息を吐き、足を動かす速度を僅かに緩めた。
その時、彼女の足はなにかに捕らわれた。
転ぶ、目を瞑り、受け身を取ろうとする刹那、グンッと体が引き戻された。
慌てて目を開けた彼女が見たものは金色の瞳の男性であった。
「すまない、うっかり貴女を転ばせてしまうところだった。」
…
「もうすぐね。」
彼女は自身の膨らんだ腹を撫でながら囁いた。ドン、と内側から腹が蹴られ、返事をしているようだと笑った。
「ねぇ、あなた。名前、そろそろ決まった?」
彼女の傍にはあの日出会った男がいた。
金の瞳を柔らかく細め、
あぁ、と呟いた。
「名前に半年もかかるなんて。」
クスクスと笑いながら、彼女は手を伸ばす。
その手を取り、男は口を開いた。
「ユゼルにしようと思う。」
「ユゼル…いい名前ね。」
2人は幸せそうに腹を撫でた。
「当日俺は姿を隠していよう。…必ずそばにいる。」
…
「力んで!」
産婆に指示されるまま彼女は力んだ。産気付いてからとうに数時間は経過していた。
「んんんっぐぅっあぁあああ!」
ようやくその頭が出、ズルリと姿を現した。
「ひぃぃっ!?」
産婆は短い悲鳴をあげた。
尖った耳に金の瞳、魔族の特徴である。
産婆がバタバタと逃げ出しいなくなったのを見て男が入ると荒い息を繰り返していた彼女の息がか細くなっていく。慌てて彼女の手を握ればいつもの温かな体温は無くひんやりと冷たい。
「あなた…」
聞き逃してしまいそうなほど、小さな彼女の声に男は彼女の瞳を見た。
優しい瞳をした彼女は我が子の名前を呼び、男はそっと足元に置かれたままにされた我が子を抱き上げた。
「ユゼル…、」
彼女はゆっくりとユゼルに手を伸ばした。
突如男の背後の扉が開き、少し離れた村の男達が一斉に発砲した。標準を合わせることも無く、やたら滅多らに撃たれたそれらは当然彼女にも振り注ぐ。
最期の気力を使い果し、母の伸ばした手は子に届くことはなくそのまま落ちた。
彼女が傷付くことを恐れた父は庇った際心臓を貫かれていた。
それでも魔族であるが故にすぐ死ぬことは無い。
男は彼女と我が子を抱え、窓から外へと出た。
彼女の前では出すことのなかった黒い蝙蝠のような翼を広げ、彼女の言っていた老いた母の家へと向かう。
足元からチリになっていく。
目的地の家についた男は扉にぶつかり、落ちた。
家の主が扉を開けたそこに居たのは息をしていない娘と、その面影を色濃く継いだ赤子のみであった。
小さな灰が2人の間にあったがそれはすぐに風に攫われて消えた。
…
だから
ユゼルは知らない。
生まれる前、生まれた瞬間
彼がどれだけ2人の両親に愛されていたのかを。
ユゼルは知らない。
祖母である女性がどれだけ葛藤に頭を悩ませていたかを。
魔物の特徴をもつ可愛い孫を殺すことも表立って愛することも出来ず、村人から隠し通した祖母の苦労を。
ユゼルは知らない
生まれた瞬間亡くなった両親のことも
ユゼルが2歳になる年に亡くなった祖母のことも
ユゼルは記憶に無いのだ。
ただ、あるのは
記憶の定着がある3歳からの記憶だ。
愛されることもなく、虐げられ続けた、記憶である
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