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第1話
「クレアちゃん一緒に飲まない?」
「嫌よ」
誘いの言葉は一蹴された。仲間の女性陣に声を掛けてまわれども、青年の誘いに乗る女性は一人もいなかった。返事はなく溜息しか返されない事もあった。とほほ、と空振りぶりに少し涙しながら金に近い茶髪の青年、エバンは宴会で盛り上がる酒場で同じ自警団の女性陣に懲りずに声をかけてまわっていた。
とある大陸の辺境にある街、レザルーク。その街の治安を守る自警団にエバン達は所属している。隣街に繋がる街道に出没するようになった盗賊達を団丸ごと捕縛する任務の達成を祝して、今夜は街の酒場で宴会を開いていた。大きな仕事を達成した高揚感からか、全員が酒と雰囲気に酔っており、宴会は大きな盛り上がりを見せている。
「おいアンタ達ー! いくら目出度いからって羽目を外しすぎるんじゃないよ! 飲むのも食べるのも程々に! 今色々高いんだから」
「団長の財布が寂しいことになっちまうからな!」
「ごちそうさまでーす!」
団長である女性、マグノリアの声掛けに野次が飛ぶ。
「アホかい、後で全員から参加費貰うに決まってるだろう。だから後で苦しまないように程々に!」
そこかしこから「エーッ‼」という抗議の声も上がったが宣言が覆る事は無かった。
「ちぇーだめか、あっシンディさん今日も麗しいっ今暇ー? ぐえっ」
そんな中、エバンが何人目かの女性に声を掛けた時、誰かに後ろから引っ張られた。襟の後ろを捕まれ、体が少し持ち上げられてしまい首が締まる。その苦しさにエバンは苦悶の表情を浮かべる。
「ぐぐ……っ」
「いい加減にしろ」
怒気を含んだ男性の声。その声を耳にしたエバンは顔を更に顰める。
「っの前に離せこの野郎……!」
エバンがなんとか声を絞り出して抗議すると、パッと手を離された。ついた足がもつれそうになるが根性で耐える。
「ッゲホゲホ……!」
気道の圧迫から解放され、エバンは激しく咳き込んだ。涙目になりながら己の背後に立つ人物へと振り向き、
「またアンタかよ、今度は何だ!」
と怒鳴った。エバンの背後にいた黒髪の男性、クラウドはフンっと鼻を鳴らしてエバンに苦言を呈する。
「次から次へと女性に声を掛ける君のそのふらふらした態度、感心しないな」
クラウドは腕組みをし、エバンを見下ろしている。その声色と表情からはエバンに対する嫌悪感が透けて見える。
「飲みに誘っただけでその言い草は無いんじゃないか〜? どんだけお堅いんだよ」
それを感じ取ったエバンはわざとおどけたように返し、クラウドに突っかかった。クラウドの目尻がピクッと動く。
「心にも無い媚を聞かされるこちらの身にもなれ。聞いていて頭痛がする」
頭を押さえたクラウドが目をつむり、溜息をついた。
そのクラウドの視線が離れた時に、エバンは眉を下げ一瞬悲しそうな表情を浮かべ
「……全部本心なんだがな」
とポツリと呟いた。その声色には悲哀が含まれていた。
言葉としては認識出来ず、何か音だけが耳に届いたクラウドが尋ねる。
「何か言ったか」
しかし、ハッとしたエバンは瞬時に表情を切り替え、
「なーんにも」
手を頭の後で組み、舌を出して誤魔化した。エバンはいつもそうだった。核心に迫らせてくれない。のらりくらりと何でもないように振る舞うその態度に、またクラウドは顔を険しくする。
「聞いて欲しい事を口に出すなら小声ではなくしっかり腹から声を出せ。意味が分からない」
再度の溜息。クラウドは、伝えるつもりがない言葉を口に出す事に対して疑問と呆れを抱く。聞いて欲しいのか聞いて欲しくないのかどちらなのかわからない、と。クラウドはいつもへらへらしているエバンの掴めない態度に日頃からうんざりしていた。
「どーせ聞いたって取り合ってくれねーだろ」
諦めと苛立ちが混じった声でエバンは言う。クラウドに対して何も期待していないと宣言されたようで、それが腑に落ちずクラウドは思った事をそのまま口に出した。
「ふざけずに真面目に発言すればいいだけだろう、ふざけているから聞くに値しないと判断している」
そのクラウドの返しに、エバンは一層苛立ちを覚えた。
「はー⁉ その真面目かどうかの基準はクラウドくんの基準であって俺の基準とは違うだろ、独りよがりやめてもらえますー⁉」
「なんだと、俺のどこが独りよがりだと言うんだ。一般的な事しか言ってないだろう」
「そ う い う と こ ろ ‼」
クラウドは本当に心当たりがなく頭を傾ける。
「は……?」
「あーもー分からず屋‼ 堅物‼ 頭柔らかくしろ‼」
それに対して埒が明かないとエバンは頭を抱えた。
「……マイケル先輩! 助けてくださいよぉクラウドくんが絡んでくるっす!」
埒が明かない口論に痺れを切らしたエバンが、偶然近くの席で飲んでいた団の先輩である男性、マイケルの元へと駆け込む。続いてクラウドもマイケルへ近寄り、突然巻き込まれたマイケルは「えっゴフッ」と驚きでむせてしまう。マイケルの周りに座っている人々は何だ何だと二人に注目し、マイケルの隣に座っていた男性はその背をさする。マイケルが咳き込んでいる間にもまた二人は口論を続けている。
「なっ……私は苦言を呈しただけで何もしてないだろう」
「首絞めただろうが‼」
「引っ張っただけだ」
「ほら見ろ何かしてるんじゃん‼」
「揚げ足を取るな‼」
「本当にお前ら仲悪いな」
咳が治まったマイケルと周りの人々は二人の様子に苦笑いをする。二人が入団した時から知っているマイケルが何度も見た光景だ。
「オレの事を何にも信じてくれないクラウドくんなんて嫌いに決まってるじゃないっすか」
悪態をつきながらエバンが肘でクラウドの横腹をつつくと、クラウドに強めに反撃されて「痛い‼」と患部を押さえた。
「だったら少しは誠実さを出したらどうだ。先輩もそう思いますよね」
「んだよ誠実って……嘘なんてついてねーっつの……!思いっきりド突きやがってェ゛……!」
クラウドは素知らぬ振りをしてマイケルの方を向いたまま
「先に仕掛けてきたのはそちらだろう」
と言った。そのやり取りを見たマイケルはまた苦笑いする。
「俺から言えるのは二人共もっと腹を割って話せ、だな。いっそのこと二人で飲みに行ったらどうだ」
「嫌です」
二人同時に一言一句違わずに発した。それに気づき、気に食わなかった二人は顔を突き合わせて唸りながら睨み合う。
「おーい」
マイケルが呼び掛けるが、二人はそれに気付かない。
「酒が不味くなる‼ だったら先輩や女の子達と行きたい‼」
「こちらこそお断りだ。わざわざ不快な気分になりに行くつもりはない」
「あ゛?」
「は?」
マイケルの忠告虚しく、いがみ合った二人はまた口論を始めてしまった。段々ヒートアップしてしまったのか悪口の応酬になっていく様子を頭をかきながら見つめるマイケルは
「マジで言ってるんだがなあ…」
としみじみと呟いた。周りは手のかかる若い団員二人を生暖かい目で見つめていた。
何度かの応酬の後エバンは「うるせぇバーカ‼」とマイケル達が座っている席から離れていってしまった。その背中を見たマイケルはため息をつき、残って不満げな表情を浮かべているクラウドを見る。
「クラウド、本当にもっとエバンの事見てやれ。アイツはお前が思ってるような胡散臭い奴じゃないぞ」
「……善処します」
口ではそう言っているが納得しかねると顔に描いてある。クラウドの中のエバンの評価の低さにマイケルは頭を抱える。
「確かに今日は少し調子に乗りすぎてるがな。雰囲気に酔ってるんだろ」
マイケルは少しだけクラウドの肩を持ちつつ、クラウドの様子を伺う。周りの団員達もどんちゃん騒ぎに夢中になっていて、むしろ余り活気がないクラウドの方がこの雰囲気の中では異質に見える。
(何でそこまで楽しむ事に拒否感があるのやら、根っからのクソ真面目って事で片付けて良いのかねこれは)
エバンの様子を口にしながら、マイケルはクラウドについても思考する。エバン側も改善すべき点はあるがクラウド側にも無視出来ない点がある、とマイケルは思う。
二人がせめてもう少し歩み寄ってくれたら、と団員の誰もが願っていた。
クラウドは去っていったエバンの背中を既に見失っていた。エバンはこの集団に紛れて、この騒ぎの中後先考えずまた浮かれて飛び回るのだろう、とクラウドは呆れてものも言えなくなった。言う気も探す気も今は失せてしまった。はあ、と溜息をつく。
エバンに小言を言いつつ、それを改善してくれる期待などクラウドは鼻からしていない。エバンへの一方的な諦めと評価の低さ、クラウド自身それが間違いであるとの認識はなく確固たる事実としてクラウドの中に存在してしまっていた。
そして、今夜は宴で盛り上がる団員達にも場違いだとわかっていても嫌悪と失望を抱いてしまいそうになる自分自身に、静かに怒りを感じてしまっていた。到底、宴で盛り上がれるような精神状態ではなかった。
「宴ですから、厳粛にとまでは私も言いませんが、あまり享楽にふけるのは……身を滅ぼしますよ」
「お前ホント真面目だなあ、宴会くらい気楽になれって」
「……善処します」
皆で楽しく盛り上がる事に対する少しの嫌悪感と、楽しい雰囲気に身を任せる事への恐怖感、それらを必要以上に察知され周りをこれ以上盛り下げないようにクラウドは先程と同じ言葉を返し、黙ってしまった。
口を閉じてから程なくして、クラウドも他の親しい団員の所へ行きマイケルの席から離れていった。
「アンタも大変だねぇマイケル」
先程のエバンとクラウド達についてどうにかならないかと同じ机を囲んでいた者達と話していると、マグノリアがマイケルに声をかけてきた。
「あ、団長」
「お疲れ様です」
と団員達は挨拶をする。それに手を振り返事をしたマグノリアはマイケルの隣に立ち、マイケルに「アタシも混ぜて」と言った。
マイケルは空になっているマグノリアの杯に机の上にあったお酒を注ぐ。トポトポトポ、とお酒が注がれ、お酒の良い匂いが漂う。それを嗅いでいるマグノリアに対し、マイケルは苦笑しつつエバンとクラウドについての話を再開した。
「団長も仲取り持ってくださいよ。頭が固くて一直線なクラウドとのらりくらり踏み込ませないエバンじゃ何か起こらない限り平行線のままじゃないですか」
「だよねえ」
あはは、と乾いた笑いがもれる。
「いや、だよねえじゃなくて」
マイケルが少し苦言を呈すると、マグノリアは少し気まずそうに目線をそらしてから手に持っている杯のお酒を少し飲み、「実は……」と語り出した。
「前二回程二人を同席させて私も混ぜた三人で飲んだりした事もあるんだけど、まあ……平行線だったね」
「えっそうだったんですか」
知らなかったマイケルは純粋に驚いた。既に実行に移していたとは。そしてマグノリアの様子から何の成果も得られなかったのが痛い程伝わってくる。
「クラウドがエバンを低く評価しているのをせめてなんとかしたかったんだけど……エバンも自分をさらけ出さないから評価が覆らない。話題を振って会話を盛り上げようとしてもクラウドは単調な返事しかしないし、エバンはアタシにばっかり話しかけてきたね」
「気まずい事この上ない」
マイケルはその場にいたのが自分でなくて良かったと思ってしまった。
「会話しろって注意したら終いには、『〜ってアイツに伝えて下さい』って間に挟まれたよ」
「普通に嫌……」
マグノリアは遠い目をしながら言った。
「三人一緒に同じ机囲んでたんだよ、絶対聞こえてるのに全くもうはあ〜……」
顔を片手で覆い、溜息をつくマグノリアをマイケルはお酒を注ぎ足す事で労り、周りの団員達も「お疲れ様です団長」とマグノリアをねぎらう。
その後もエバンとクラウドについてあの時はこうだった、ああだったとの話題で盛り上がっている中で、マイケルがなんとなくの希望を口にした。
「仲良くなったら、良い連携も取れる名コンビになりそうなんだが」
「え」
「え?」
何人かの驚きの声が響いた後、マイケル達の机の周りの団員達が誰も喋らなくなりそこにだけ沈黙が広がった。周囲の机を囲んでる団員達もその異変に気付いたのか「どうしたどうした」と顔を乗り出してくる。
急に黙った周りに動揺したマイケルが
「えっそんな変な事言った俺? 夢見るくらいいいだろ? ねえちょっと黙んないでねえおい」
と話しかけるが周りはそれどころではなかったらしい。
「なる……か……?」
「仲良くなったらとは思ってるが名コンビにはならないだろ」
「というか今二人同じ任務の時ってどうしてるの?」
「お互いいないものとして扱ってるぞ」
「連携取らなきゃいけない時は舌打ちしながら一瞬しかやってくれない」
「駄目じゃん」
ようやく何人か喋り出したが全員困惑している。話に加わってきた周囲も事情を聞いた後は似たように、二人が名コンビを組むのはあり得ない、と口にしている。
その後も
「まあ無理して合わない奴と仲良くさせるのも良くないだろ」
「二人共任務中は喧嘩控えてくれてるし」
「もしどっちかが相手にわざと怪我させるとか失敗させるとかだと問題だけどそんな事はしないし」
「仲良くはなって欲しいが希望を押し付けるのもなあ」
「現状のままで良いんじゃないの」
と騒いでいたので、自分達が話題になってる事に気付いたエバンとクラウドが其々離れた場所で事情を聞いてしまった。二人共苦虫を噛み潰したような顔をし、余計に意固地になって和解が遠ざかってしまった様子を見てマイケルは「しまった……」と頭を抱えた。
居た堪れなくなった為少し離れた席に移動し、「俺が変な事言ったせいでまた遠のいた……」と気にしているマイケルの横で、マグノリアは杯の中のお酒をぐいっと一気に飲み干し、空になった杯を見つめながら
「天地がひっくり返らないかねえ」
と呟いた。そのマグノリアの一言は、団員達の笑い声に埋もれてマイケルにしか聞き取られなかった。
「そういや、アンタ二日後の任務の準備は整ってるのかい?」
マイケルは飲んでいたお酒を吹き出しそうになり、堪える。
「うげ、傷心中に思い出させないでくださいよ……出来てますって。遠出になりますし、一緒に行く仲間達と手分けして必要なもの集めたりとかちゃんとやってます」
レザルークから離れた街まで商隊の護衛任務でマイケルは団員を率いる事になっていた。街までは日数を要するのでマイケルを含めた十数人が暫くの間レザルークを留守にする。
「あっはっはっ! 悪かったよ、アンタらが帰ってきたらまた宴開いてやるから無事に帰ってきな」
マグノリアがマイケルの肩を笑いながら強めに数度叩く。それに痛い痛いと訴えつつ、
「了解でーす」
宴を楽しみに任務を頑張るか、とマイケルは決意した。
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