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第2話

 宴会から数日後、夜の見回りに充てられたクラウドは武器である両手剣を腰にさし街を見回っていた。  レザルークでは自警団の守りや領主の采配により若干治安が安定しているが、世界は作物の不作や資源が枯渇してきた故の物価の上昇、不当な解雇、口減らし、捨子が徐々に溢れている。そして道を外した者が盗賊になり更に道を外す者が増えてしまう悪循環だ。この街に限らず皆自分の住んでいる場所を守る事に精一杯だ。故に、この街も他の街と同じく自警団が交代で街の中と外を見回っている。  自警団も利用している酒場――この間宴を催した場所――がクラウドの視界に入ってきた。この酒場は二階が宿になっており、旅人や訳あって居をかまえていない人、また酔いつぶれて自力で帰れなくなった客も利用する。  もう遅い時間だが酒場からは相変わらずの喧騒が聞こえ、暗い夜道では眩しいくらいの明かりが漏れている。振る舞われているであろうお酒と料理の匂いがクラウドの食欲を刺激する。 (いや駄目だ、今は夜の見回り。特に揉め事も無さそうなら即刻立ち去らねば)  誘惑を振り切る為に首を振り足早に酒場付近から立ち去ろうとした。その喧騒の中からふと、クラウドの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。思わず足を止めしまう。  視線を酒場の方面に向けると酒場の出入り口付近に二人の人物の姿が見えた。目を細める。 「あれは……」  背を向けた銀髪の男越しにエバンの姿をクラウドは視認した。嫌な奴に会った、と瞬時に顔を顰めてしまう。関わり合いを避ける為すぐその場を去ろうとしたが、わずかに見えたエバンの表情に足を止める。 (顔色が悪くないか…?)  酒場から漏れる明かりでそう見えるだけかもしれない、と思いつつ何故か放っておけなくてクラウドの足は酒場に向かって行った。  クラウドは二人の声が聞こえる距離まで近づき、物陰から聞き耳をたてた。 「なあ良いだろう、別に変なことはしないさ」  どうやら相手の男は酔っているようだ。顔は見えないが耳が赤く、言葉はどこかふわついている。背が高く、その身体でクラウドの目線からエバンをほぼ隠してしまっている。エバンが少し男からずれて立っているので、顔はなんとか確認出来る状態だ。 「ああいやオレだって別に断ってるわけじゃあないぜ、別に飲むなら自室でなくても良いだろう? ここの一階は酒場だ。そこで皆で飲もうじゃないか」  エバンは男ににこやかに対応している、ように見える。が、いつもクラウドが感じているのらりくらりで掴みどころのないさまがない。 「飲んで欲しい酒は俺のとっておきでね。店には置いてないのさ。酒場で持参した酒を飲むのは営業妨害だろう」  男の何処か甘ったるい声に、クラウドは寒気がした。 「あー……別にオレ酒がとんでもなく好きって訳でもないし、それはアンタ一人で独り占めしたらどうだ? 勿体ないだろ」 「まあまあ、一人寂しく部屋で月を見ながらも風流かもしれないが、傍に誰かいてくれるともっと嬉しい。それを是非エバンくんに」 「……えっ、と……」 「ほらほら」  エバンの目が泳ぐ。何かを喋ろうと口を動かそうとするが、その口から声は出ていない。何を言えばいいのかわからずただ口を開閉するのみだ。  相手の男は逃がさないとでもいうのかエバンの左腕を掴み、エバンの退路を断っている。それを振り払おうとしてエバンは腕を男の気に障らないように小さく何度か振っているようだ。しかし、余程強く掴まれているのか離れる様子はない。 (……状況がよくわからないが、困っているみたいだな)  二人はクラウドに気がついてはいない。普段のエバンであるなら真っ先にクラウドに気が付き顔を顰めるが、今はその余裕は無い。目の前の男をどうやりすごすかに頭が支配され、目線もなるべく男の顔を見ないように下を向いていた。  そんな、いつになく弱っているその姿。  それがなんとなくクラウドは気に食わない。  クラウドは静かに足を二人の方へと向けた。 「尋ねたいんだが」 「えっ」 「は? 何だテメェいきなり」  突如声を掛けてきたクラウドにエバンは驚き、男はあからさまに機嫌を損ねた。 「おや、エバンを知っているのに私は知らないのか」 「だから誰だ!」 「私の勘違いかもしれないが、君、揉め事を起こそうとしているのではないか?」 「いや人の話を聞け!」 「く、クラウド……うわっ」  クラウドはエバンを少し押して、男とエバンの間に体を滑り込ませた。エバンの腕を掴んでいた男の手を無理矢理はがし、エバンを自分の後ろに隠すように立ち塞がる。 「えっちょっ」 「私と、見えないかもしれないがエバンも自警団だ」 「見えないってなんだよ……」  反論がいつもより小さい。そんな所もエバンらしくなく、その原因たる男にクラウドは静かな怒りを抱いた。 「エバンくんの仲間?」  男はきょとんとした顔をしている。本当にクラウドの事は知らなかったようだ。  正面から見た男の顔は随分と整っていた。珍しい銀髪に切れ長の目。化粧もしているのか目がとても印象的だった。今どき珍しく宝飾品で着飾っている。恐らく三十代くらいだなとクラウドは推察する。 「ああそうだ。故に、揉め事を起こすつもりなら黙っていられない、それ相応の対処をさせてもらう」  クラウドの追撃に、男は癇に触ったのか「あ?」と威圧しクラウドの胸ぐらを掴んできた。顔を近づけられ、男の口から香る酒臭い匂いにクラウドは顔をより顰める。怖い顔がさらに険しくなった。  二人が睨み合う。一触即発な空気にエバンは焦った。が、クラウドは気にもしておらず、相手を冷ややかに怒りを込めて見下ろしている。それが気に食わなかったのか、男の機嫌はますます悪くなった。 「ヒーローごっこかよ、アホらしい。思い込みで動いて恥をかきたいイキリ野郎か?」  男のあからさまな煽りにもクラウドは反応せず、男を静かに睨み続けている。怒鳴り返してこないクラウドに男は悔しがり、争うより退散させた方が良いと考えついた。今度はまるで諭すようにクラウドに状況を説明しようとした。 「何を勘違いしてるか知らないがただ平和的に部屋飲みしようって誘ってるだけで、」 「嫌がっている相手を無理矢理部屋に連れ込もうとする事が揉め事ではないと?」  が、クラウドは男の言葉を遮った。クラウドが男を更に、殺気を込めて睨みつける。己より背も高く、体格も良いクラウドの殺気を込めた威圧感に、男は強がりつつも冷や汗を流し萎縮する。胸ぐらを掴んでいた手が少し震えながら離された。  胸ぐらをさっと整えたクラウドは 「酔いを覚ましてくるといい」 と男に言い放つ。  何もしなければこの場は見逃すが何かをするなら容赦はしない、という含みを受け取った男は 「ちっ」 と舌打ちをし、悔しそうに小走りでその場から離れていった。その背中が見えなくなってから、エバンは胸に手を当てほっと息をつく。  ふとクラウドの方を見る。クラウドはまだ男の去っていった方を見ているので、エバンからは後ろ姿しか見えない。エバンはいつもなら「でけー図体でオレの前に立つなどけ木偶の坊」と苛立ちを覚えるが、何故か今は安心感を覚えてしまった。意味も分からず自分を部屋に連れ込もうとしていた男に、認識している以上に恐怖を抱いてしまっていたのかもしれない。エバンはその背中に縋りつきたいという気持ちがわいてしまった事に目を背けながら、先程までの恐怖を振り払おうとそちらに意識を集中させた。 「大丈夫か」 「えっ……」  後ろを振り返りながら声を掛けてきたクラウドに、虚をつかれエバンは咄嗟に反応が出来なかった。目を見開いてクラウドをただ見つめてしまう。 「ん……? どうした目を丸くして」  不思議に思ったクラウドは、無意識に気遣うようにエバンに柔らかい声色で声を掛けた。それにハッとしたエバンは、瞬きをしながら 「あ、いやまさか、アンタがオレを助けてくれるなんて思わなくて」 と、心底不思議そうに、冷や汗をかきながら返した。返事を返しても頭が追いついていない。 (い……いやおかしい、クラウドだぞ。普通見捨てるだろう、オレの事嫌いな筈で……)  目の焦点がぶれる。自分の置かれている状況がわからずエバンは気が動転してきた。むしろ放っておかれていた方が安心したかもしれない、とおかしな事まで頭を巡ってきてしまっている。 (……あ、でも、助けてくれた、し、お礼言わなきゃ)  その礼儀は通さねば、とエバンは思った。 「……どう見ても困っていたからな」  クラウドも、気に食わなかったとは言えらしくない事をしたと自覚し出していた。 (エバンの事だ、助けなどいらなかったと怒り出すだろう。………何故俺はこいつを助けてしまったんだ)  先程までは自分でも驚く程の怒りで頭がいっぱいだったクラウドは、男が去り、怒りが消えていくにしたがって後悔で胸がいっぱいになっていった。今からでも過去の自分を全力で止めに行きたい、と。 (そもそも何がそんなに気に食わなかったんだ、いい気味だと放っておけば……いや、それは駄目だ。あの男の様子ではきっと最悪酷い心の傷を負う事になっていた可能性が高い)  クラウドの胸を覆っていた後悔がすっと消えていく。そうだ、自警団として、いや人として先程の件は助けて当然だ、とクラウドは自分に言い聞かせる。 (嫌味を言われるかもしれないがいつも通り受け流してさっさと立ち去ればいいだろう)  と、必死に頭を巡らせていると、くいっと服の裾を引っ張られる感覚がした。クラウドがそれを疑問に思った瞬間に耳を疑う言葉が耳に飛び込んできた。 「そうなんだけど……あ、あり……ありが、とう」 「⁉」  クラウドは驚いてエバンを見る。 (お礼……だと?)  つり上がっている所しか見たことなかった目は下がり、どこか不安そうな顔でいた。エバンの目線は気まずさからかクラウドから外れていたが、その表情はクラウドからしっかり確認出来る。 (何なんだ、今夜のエバンは……)  それに圧倒されながらクラウドはなんとか返事を絞り出す。 「……どう、いたしまして」 (どういたしまして⁉)  返ってこないと思っていた返事が返ってきた事にエバンはますます混乱した。 (こいつは本当に説教ばっかのクラウドくんなのか?)  エバンは思わずクラウドを見上げてしまった。エバンを見つめたままだったクラウドとエバンの視線がまじりあう。  それに気付いた二人はお互いに顔をそらして視線を外す。 「や、本当に……ありがとう」 「……どういたしまして」  エバンは他に何を言えば分からずにお礼を繰り返す。  その繰り返されるお礼にむず痒い感覚を抱きながら、クラウドはどういたしましてと返し続けた。 「じゃ、じゃあオレもう寝るわ。そっちは夜の見回りだろ? 気をつけろよっ」 「ああ、……おやすみ。また明日」 「お、おやすみ」  エバンはクラウドに手を振り、何度か振り返りつつも自分が借りている自室がある二階への階段を上っていった。  クラウドもエバンの姿が見えなくなるまで見守った後、名残惜しそうにその場を後にする。酒場から離れて、夜の暗闇に歩を進める度に、先程までのエバンが頭に思い浮かぶ。 (エバンは礼儀知らずで、非常識で、いつも浮かれていて、女好きで、嘘ばかりついて、不誠実で……そう思っていたのに)  それまでにエバンに抱いていたイメージにヒビが入る。 (もしかして俺は、とてつもない誤解をしていたのか……?)  お互い混乱したまま、その夜は別れた。  ◆  翌日、天に日が昇ってから起床したクラウドがアジトに行くと 「お、おはよう! もう昼だけどな」 緊張をまといながらエバンが話しかけてきた。 「おは、よう……いやこんにちは?」  それに目を見開きながらクラウドはなんとか返事を絞り出す。  そしてその様子を目撃した周りは 「⁉」 「……? ……ッ⁉」 「…………⁉」 一人は驚きで持っていた物資を足に落として痛みに悶絶し、一人は飲み物を吹き出し、一人は足を滑らせ横転、積み上げられていた荷物に突っ込んだ。二次災害でそれに驚いた人が持っていたお皿も落ちて割れた。エトセトラエトセトラ。  皆して大惨事になり一瞬叫び声をあげた者もいるが、目の前の事より二人の方が大事だと二人の方に注目した。そして見つめたまま一時停止。全員目を見開いている。 「き、昨日は本当にありがとうな」 「ああ……」 「本当に困ってたんだ。あのイケメンしつこくてしつこくて」 「ああ……」  周りはハラハラしながらやり取りを見守っている。ここまで喧嘩せずに会話が成立している事自体が珍しい。クラウドがエバンを酷評しない? エバンがクラウドを煽らない? 果たして今自分が見ている光景は現実なのか、と頬をつねる者もいた。普通に痛かった。 「……謝罪をさせてくれないか」 「えっ何の?」  クラウドがエバンに謝罪⁉ と外野が沸く。 「い、今までの……いやこれは私の自己満足だな、忘れてくれ」  何言ってんだ差せー! と叫んだ人がいた。ここは競馬場ではないし二人は馬ではない。 「……まー今まで? ほんの少ーし? いちいち突っかかってきて確認も取らずにオレが悪いって決めつけてきて何だこの野郎とは思ってたけど」 「う……」  それは私もそう思う、と深く頷いた人がいた。あれはいくら何でも理不尽だったと感じる事が多かった、と。 「オレだって結構酷い事言った時もあったし。だからさ、おあいこって事で」 「……感謝する」   和解か? 本当にか?   ごくり、と唾を飲む音が響く。  同じ顔したそっくりさん達と言われた方がまだ現実味がある。先日までお互いをこき下ろしてきた犬猿が互いの欠点を認めて歩み寄っているのだ。もしくは『ドッキリです』と書かれた看板を誰かが場外から持って出てくるのではないか、と警戒する人もいた。そのような人物が現れる事はなかったが。 「しかし、私の知っている君ならあの程度の男さらりとかわしそうだと思ったが、調子が悪かったのか?」 「んー、……まあそんな感じかな。何はともあれ助かったよ」  エバンははぐらかした。いつもであればそれに対してクラウドが追求するが今回は違うようだ。 「また何か困った事があったら助太刀しよう」 「……ごめん突然優しくされるとやっぱりちょっと鳥肌が」  エバンは腕をさする素振りをする。  聞いていた内の何人かも鳥肌が立つまではいかないが違和感が凄かった。クラウドは別段冷血漢という訳では決して無かったが、心を許している人物以外にはわりと淡白な印象があり、僅かでも嫌悪を抱いている人物にはとことん厳しい男であった。そしてそんな厳しい対応をされるのはいつもエバンであった。こんな日が来るなんて、と誰かの感極まった声が聞こえた。 「今までの私は余程酷い男だったんだな……」 「いやそこは言い返したりして来て良いんだぞ調子狂うわ」  落ち込んだクラウドに慣れず、エバンは困り顔になっている。 「わ、分かった。失礼に当たらない程度に、以前通りに近しい対応になるよう努力しよう」 「いや君堅いなホントに」  エバンの苦笑いのツッコミに多くの団員が同意する。  その後もぽつぽつとぎこちないながら今まで出来なかった普通の会話を続けた二人は、 「まあその……これからは普通に仲良くしよーぜ、クラウド」 「もう二度と君を傷つけないと誓おう、エバン。遅くなったが友として君を支えよう」 とお互いに一歩踏み出し、エバンが差し出した手をクラウドが握り和解の握手をした。  ワッと会場が沸いた。拍手喝采である。中には泣いている団員もいた。誰かがクラッカーを持ち出したのか小気味のいい爆ぜる音が聞こえた後紙吹雪が舞う。誰かの口笛が響き渡った。 「あの、ところでさっきから皆はいったいどうしたの」 「それどころでは無かったので気にしないように努めていたが結構な大惨事では……」  エバンとクラウドがようやく周りに意識を向ける余裕が出来た頃には周りは大いに盛り上がっていた。 「いいんですよぉ、お二人が和解された事に比べれば!」 「ここに新たな友情が誕生した、今年一番泣ける」 「こりゃ今日も宴会の開き時じゃないか、なあ皆‼」 「私も賛成かなー。まー良かったんじゃないのー」 「おい誰か団長に知らせて来い‼」 「団長、だんちょー‼ 手のかかる若い二人がー‼」  その日、団員達はこれまでで一番の団結力を見せた。  そしてその顛末を後で聞いたマグノリアは 「天地が……ひっくり返っただって……?」 と手に持っていた書類の束を足元に落としてしまった。 「良かった、……ううっお皿、和解は嬉しいのに、……ううっ素材、涙が止まりません……ううっ」  そしてその日、団の備品の損失もこれまでで一番になり、団の会計担当が笑いながら泣いていた。

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