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04-41.可愛いナツ ※R18

ナツの手首を掴んだまま、親指で内側を撫でる。 それだけで、ナツの目元が少し揺れた。 頬の朝顔の蔓が、また首筋へ向かって細く伸びる。 さっきまで俺を追い詰めるような口調だったくせに、たったそれだけで困ったように唇を引き結ぶから、胸の中で何かが変な音を立てた。 可愛い。 ナツを可愛いと思う日が来るなんて、子供の頃の俺に言ったら全力で馬鹿にしてくると思う。 でも、可愛かった。 どうしようもなく。 完全に頭が沸いてる。わかる。おかしくなってきてる。 ナツの手首は俺の手の中にあって、逃げようとはしない。 それどころか、俺が親指を少し動かすたびに、頬の朝顔がまた淡く滲む。 「透」 「……なに」 「くすぐってえんだけど」 擽ってえんだ。かわいい。 ……可愛いじゃねえんだよだからよ。 沸いてる頭とは裏腹に、指先はナツの手首から腕を辿りかけて、そこで少し迷った。 先に脱がせた方が良いのか。 こういう時の作法ってどうなんだ。順番は。最初から脱ぐのか。途中で脱がすのか。 「……お前さっきから何してんの」 「うるせえな。……慣れてねえんだよ」 こちとらピカピカの一年生だぞ、舐めてんじゃねえよ。 情けないから、そこまでは言わないけど察してほしい。 正直に自己申告すると、ナツが吐息だけで笑った。 いつもの笑い方。聞き慣れたそれより、低く艶のある声。 かわいい。 だめだ、俺はもう、おかしくなってる。 「……笑ってんじゃねえよ」 「はあ? なんでだよ」 「だから慣れてねえんだって。笑うな」 可愛いと思ってしまったせいで余計に触りたいのに、どう始めればいいのか分からなくて、腹の底がぐるぐる重くなってくる。 情けないやら恥ずかしいやら、それでも止めたくないやら、諸々の感情が入り混じって、不貞腐れたような声が出た。 ださい。格好悪い。でも格好つける程、余裕がない。 そんな俺を分かってるのか分かってないのか、ナツが首を傾げる。 朝顔は、まだ淡く脈打っている。 「お前をバカにしてるんじゃなくて、嬉しくて笑ってんだよ」 「……っ」 なんだそれ。 ……なんだそれ。 「なあ、触ってくんねえの」 さわって、くんねえの? 何を言われているか分からない。いや、分かる。言葉の意味は分かる。 わずかに唇を尖らせてるナツも見える。 心なしか、藍の滲む瞳も少し不満そうだった。俺が迷っている間ずっと待っていたみたいに、目尻がわずかに吊り上がっている。 はあ? お前、なに。……はあ? 欲しいものを言えだの、足りるのかだの、欲張りさんだの、散々こっちを煽ってきたくせに。 急に、お前のして欲しいことをそんなに素直に明け渡すのかよ。 まるで、強請るみたいに。 「……ッ、おっまえ、ほんとに……っ」 「なに」 「……なかす」 「やれんの?」 「うるせえ」 やれなくてもやるんだよ、ばかかよ。男にはやらなきゃいけねえ時があるんだよ。 意気込む気持ちとは裏腹に、熱を持った指先が震える。 笑うなと言ったのに、ナツは笑っている。 腹が立って、震えている指先をそのままナツの着衣の肩口へかけた。 そこで止まる。袖はある。襟もある。合わせ目もある。なのに、紐も帯も見当たらない。 どう脱がせればいいんだ、これ。 服の形は人間のものに似ているのに、肝心なところだけ理屈が足りなかった。布は確かに指の下にある。 薄くて冷たくて、少しだけ湿った夏の夜の匂いがする。それなのに、どこをほどけばいいのか分からない。 ナツがまた笑った。 この野郎。 そう思った瞬間、ナツの手が俺の手首へ触れた。逃げるためではなかった。俺の指を、襟の合わせ目へ連れていくための手だった。 触れた途端、布の方が先に緩む。 まるで、俺がそこへ手をかけるのを最初から待っていたみたいに、ナツの襟元が音もなくほどけていった。 また頭の奥が熱くなる。教えられている。誘われている。俺がしているはずなのに、ナツの方から許されている。 「……ッ」 ほどけた襟元から、素肌へ掌を滑らせる。ナツの肩が少し跳ねるのが見えた。 その反応を見てしまったせいで、息が浅くなりそうになるのを堪える。 ただ触れるだけで、目眩がする。 ああ、だめだ。 「透?」 「ナツ」 もう、だめだ。 噛みつくように、ナツの唇へ自分のそれを重ね合わせる。 唇を重ねてしまえば、さっきまで見えていた表情さえ分からなくなる。何を考えているのかも、もう分からない。 分かるのはただ、俺がこいつを欲しがってることだけ。 ……最初は良かった。 本当に、最初は良かったのだ。 言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、あれはどう考えてもナツが悪い。 あんな顔をして、あんな声で笑って、こっちを煽るようなことばかり言われたら、俺でなくても勘違いする。 ナツは可愛かった。 恐ろしいくらいに可愛かった。 角度を変えてキスをしている間も、俺がナツの身体に触れている間も、ずっと息を跳ねさせていた。 時々顔を覗き込むと、嬉しそうに少しはにかむ。 たまに聞こえるいつも通りの憎まれ口ですら、何だか愛らしく思えてなけなしの理性がどんどん剥がれていく。 触れ合っているうちに、いつの間にか押し倒してしまった時も、ナツは受け入れていた。 口付けが深まる度に、腹の奥へ痺れるように重く熱が溜まっていく。 熱を持ち始めたそこを誤魔化すように、内腿へ力を入れる。 それを見透かしたみたいに、ナツが下から膝を差し入れてきた。逃げ場を割られるような仕草に、たまらなくなる。 漏れそうになる声を抑え込むように、俺より少し熱く、肉厚なナツの舌へ絡める。 逃がしたくなくて、そのまま吸い付いた。 「……ッ、と、る」 熱っぽい呼気交じりに、途切れがちに名前を何度も呼ばれる。 脳天を金棒で滅多打ちにされる勢いで理性を揺さぶられて、もうわけがわからない。 可愛い。かわいい、好きだ。可愛い。 「……ッ、は、…っ、なつ」 「ッん、……と、おる」 「こえ、ききたい、……ッ、なあ、我慢するなよ」 「っうる、せえ、……ッおまえが、出せよ」 着乱して横たわるナツの反り返る熱を布地越しに撫で上げ、生唾を飲む。 口振りや態度にはまだ余裕を残しているくせに、正直に反応してくれてるナツの身体に肌が火照る。 最初は服を脱がす順番を気にしていたのに、そんなことを考える余裕はもうなかった。ただただ、身体が勝手に動く。 顎から首筋へ、喉仏、鎖骨、心臓の上へと、順番も分からないまま唇を落としていく。 臍のあたりまで辿る頃には、自分の息が熱いのか、ナツの肌が熱いのかも分からなくなっていた。 唇が肌の上を辿る間も、指先は布越しにナツの熱を探っていた。 軽く弾くように触れて、反応を確かめるように掌でなぞり上げる。 「……ッは、……っん、ぅ」 小刻みな熱い吐息が耳の奥を擽って、それだけで脳みそが沸騰する。 腰の布へ指をかける。 迷った指先の下で、布が音もなく緩んだ。 まただ。 俺が脱がせているのか、ナツがほどけているのか分からない。分からないのに、ナツが息を呑むから、止める理由がどこにもなくなっていく。 「……っ」 ごくん、と喉が鳴る。 ナツの下着は水を吸ったようにぐっしょりと濡れ、色を変えている。 下着らしい白い薄布だ。 ボクサーともブリーフとも呼べない。ナツの身体へぴたりと沿っている。 身体を隠すためというより、そこにまだ境界が残っていることを示すための布。 それが、てらてらと薄闇に濡れている。 自分と同じものだ。男同士で、だから、こんなに興奮するのはおかしい。 おかしいのに、ただ飢えたように喉だけが乾いていく。 吸い寄せられるように唇を寄せたところで、不意に薄れていた理性が少しだけ戻る。 待て。待て待て。 いきなり、それはまずいんじゃないか。 いや、俺はいい。いいんだけど、……よくはねえ。いや、……でもナツだし。 全然イケる、イケるというか、……気持ちよくさせたい。舐められる。出来る。舐めたい。 でもナツは? 俺が手首の裏を少し撫でるだけで肩を跳ねさせたナツ。 俺も慣れていないけど、あいつは多分もっと慣れてない。 ……啼かすつもりはあっても、泣かせるつもりは全くない。 「……とおる?」 「……ん」 名を呼ぶ声だって心なしか舌っ足らずだ。かわいい。初めてだし、あんまり無理はさせたくない。 ……また、すればいいし。全部くれるって言質は取ってるから、少しずつ進む方が良いのかもしれない。 ナツの腕を引いて身体を起こさせる。座り込んだナツの顔は上気していて、少し息も乱れてる。 可愛い。色っぽい。かわいい。 「……ッ」 「……な、一緒にしよ」 内緒話するみたいに耳に唇を寄せる。声が少し掠れたのは興奮しすぎているからだ。 膝立ちになり、自分のズボンへ手をかける。 ナツの服みたいに勝手にほどけてはくれない。腰の紐を解いて、布を下ろす。ただそれだけのことなのに、指先が馬鹿みたいにもたついた。 ナツが見ている。 そう思っただけで、腹の奥の熱が一段重くなる。 反り立った象徴が下着越しでも分かって、恥ずかしい。 「……ッナツ」 名前を呼ぶと、ナツの目の奥で藍が濃くなる。苦しげに眉が寄せられる。 ああ、たぶん、今俺とこいつは同じ顔をしてる。 欲しいのに足りなくて、でも何が足りないのかも分からなくて、それなのに触れた肌だけが満ちてく。 腰を落とし、互いの胸を合わせるように向かい合う。ナツの首筋に頬を寄せる。白い首筋を吸い上げたくなって、堪える。 現時点で既にやりすぎてる自覚はある。とまれ。怯えさせるな。 ちゅ、と唇だけ落とす。 腰を引き寄せると、ナツの息が耳元をくすぐる。近い。 「……っふ」 ナツの下着に手を掛けると、やはり腰の布の時と同じように何の手応えもなくほどけていく。 勢いよく現れたそれは、ナツの腹につきそうなほど反り返っていた。 思わず首筋から唇を離し、視線を下へ落とす。 浮き出た血管が、白い肌との対比でやけにグロテスクに見えるのに、先走りで濡れたそこに目が惹きつけられる。 遅れて、自分の下着も引き下ろした。 期待しきった俺の熱が、つられたように、とろ、と透明な汁を零す。 恥ずかしいと思う程の羞恥心はもう残っていない。頭の奥が焼ききれそうな興奮にまた唾を呑む。 布から解放された俺のそこはフルフルと震えて、触ってもらいたがるように無意識に身体を浮かせてしまう。 ナツの昂ぶりと触れ合ったのに、互いの体液で滑って上手く擦れ合わない。 「ッは、……ンっ、ぅ、」 「……ッ、ふっ、……ッ」 何を言えばいいか分からなくて、吐息だけが漏れる。 互いの熱を両手でまとめて握り込み、親指の腹で先端を撫でる。 クプクプと体液を溢し続ける鈴口を弄ぶように抑え、指先に付着した液体を根本まで塗りつけた。 俺の腕の中でナツの肩が震えている。怯えているわけではないと分かっていても、その震えを見てしまうと、どうしても力を抜きたくなる。 「ぁッ、ナ、ツ…ッ、……ッは、ぁ、…ンっ、なつ、」 「……ッと、おる、」 ナツの手が俺の背中に回った。俺を離さないみたいに指が服を掴む。 しがみつかれてる。ナツが、俺に、縋ってる。 「ッか、わい、……っ、なつ、…ッは、……っん、ぅ」 いきり立った熱を擦り付けるように身体を傾けて、腰を動かす。 掌に感じる脈が、どちらのものか分からない。触れ合う肌の摩擦が強くなる。 もっと触れたくて、ナツの腰へ片脚を絡める。 掌の中に挟んだ肉の塊が圧迫されて、その下の袋まできゅっと縮む。 「……ッ」 ナツの蔓が淡く、濃く、点滅するように色を変えるのが見える。俺を見つめる目の奥に藍がまた一段濃くなった。熱の籠ったその瞳に視線が釘付けになる。心臓が痛い。 興奮が収まる気配がない。 こめかみから落ちる汗が酷く綺麗に見えて、舌先ですくうように舐め取る。 「は、……ッぁ、…っ、……ナツ、口、さみし、い…っ、な、あ」 「……ッあお、るな、ばか、」 お前だろ、煽ってるのは。ばか。 ナツの顔が下りてくる。噛みつくように下唇を食んで、熱い舌が入り込んでくる。 ぐちゅ、と卑猥な水音に、喉が鳴る。くちゅくちゅと脳を犯す音におかしくなりそうになって、必死にそれを受け入れる。 自分とは少し違う体温と、唇の熱に溺れていく。 「ッな、つ、……ッふ」 「も、……ッは、……ッだま、れ」 「っおま、えがだまれ、……ッん、ぅ」 「……ッふ、」 「ぅ、あ……ッ、……んン、ぅっ」 みっともない声を抑えることができず、腰の動きが激しくなる。 汗で張り付くシャツすら、もう気にならない。夢中になってナツを追い求める。 くちゅ、としとどに濡れる鈴口に親指の腹を立て軽くひっかくと、ビクビクと苦しそうにナツの肉塊が脈打つ。かわいい。うれしい。 腰の奥から何かがせり上がってくる。二人分の熱を思い切り擦り上げると、ナツと俺の吐息が混ざり合う。 「ッ、ふ、……あ、っ、は、ぁ」 「…っ、く、……ッン、……っは」 熱気と興奮に促された快楽にあっけなく吐き出して、背中がびく、と震える。 どちらのものか分からない粘ついた白濁が手の甲に垂れる。 「……っ、は、……」 ナツから顔を離して視線を落とすと、互いの白濁に濡れたそれが目に入る。 ナツの腹にも俺の腹にも、白い液体が散っている。……ナツのは、出したばかりなのにまた少し勃ちあがりかけていた。俺とナツの体液に濡れたそれが、やけに煽情的に見えて慌てて目を逸らす。 俺の方まで、つられて熱を持ち直しそうになる。鎮まれ、透。俺はやれば出来る男。 「……ナツ」 落ち着け、と思うほど心臓が音を立てる。これ以上はきっと、ナツの負担になるのに、まだ収まらない。 しっかりしろ透。落ち着け。落ち着け、俺。 理性と裏腹に声が濡れているのが自分でも分かる。濡れているというか、熱っぽく湿ってる。 思い切り、お前が好きです欲しいですって声をしてる。自分で分かる。でも抑えられない。 ナツが目を細めるのが見える。優しげで、愛おしげに、見える。……自惚れじゃねえとおもう。 「透」 「寝るか」 「は?」 名前を呼ぶ甘い声に、また下腹が疼きそうになった。まだ身体の奥に熱が残っている。 さっき吐き出したばかりなのに、ナツの声ひとつで簡単に引き戻されそうになるのが気まずい。 ナツが瞬きをした。熱に潤んでいた目が、ゆっくりと細くなる。 藍の混じる奥だけが、さっきよりずっと暗い。 「寝る?」 声は低かった。なのに、笑っている。目尻が歪んでる。 少し引っかかったけど、まだ頭の半分以上が茹だっていて、深く考えられない。 「俺、明日も仕事だし」 「はあ?」 「お互い疲れただろ。風呂、……あ、先に入るならお前先でいいけど」 汗も体液も乾きかけていて、手の中はまだぬるぬるしている。 布団にこのまま潜るわけにもいかないし、明日も普通に仕事がある。 ……本当は、まだ終わらせたくない。 『何くれんだよ』 『透が欲しいもの、全部』 全部。もっとぜんぶ、欲しい。 出来れば俺の手でもっとナツの可愛いところを引き出したいし、俺も、ナツにもっと触ってほしい。 男同士でどうやるのかわからないけど、出来れば抱きてえし。 でも、だからこそこのまま勢いで進むのは駄目だ。いや、わかんねえけど。なんとかなるもんなのかもしれないけど。少なくとも俺に知識が不足しすぎてる。 ナツも多分俺のこと、欲しがってくれてる。可愛い。好き。……いや、だからそうじゃねえんだって。すぐ頭が茹だつ。 欲しがってくれてるけど、思った以上に慣れてない感じだし、それも可愛いけど怖がらせたり傷付けたりするのはいやだし。 一旦今日は止めて、少しずつ進ませてもらおう。 ナツは全部くれるって言ってくれた。欲しがってくれてる。それなら、ゆっくりでいい。慌てなくていい。 今やめないと、本当に止められなくなる気がする。ナツが嫌がっても、何かしてしまうかも。それは、だめだ。 そう思うのに、まだ欲しいと体の中から疼く気持ちも止められない。駄目だ。だめ。落ち着けって。 「……おい、透」 「ん、……あの、ナツ」 「お前、」 「……かわいかった」 「は」 「すげえ、可愛かった。……その、俺やりすぎてなかった?」 言ってから、恥ずかしさが遅れてきた。 何を言ってるんだ俺は、と思うのに、言わないまま流す方がもっと嫌だ。 ナツは受け入れてくれた。俺が慣れていない手で触っても、逃げなかった。声を漏らして、名前を呼んで、俺の背中を掴んでくれた。 ……俺にしがみついてたの、滅茶苦茶可愛かった。 俺だけ気持ちよかったわけじゃないのは、吐き出された体液を見れば分かる。 でもちゃんと聞いておきたかった。 気持ちよかったのか。怖くなかったのか。痛くはなかったのか。 俺だけが舞い上がって、勝手に満足していないか。 ナツは何か言いかけた形のまま、唇を開いて、閉じた。じっと俺の顔を見る。 何か言いたいことがあるのは分かるのに、なぜか言葉にならないまま、藍の奥だけがじわりと濃くなる。 「触らせてくれて、ありがと。めちゃくちゃよかった」 「…………」 「べとべと」 白く濡れた掌を見下ろすと、どうしようもなく照れくさくなった。 ナツと俺のだ。 どちらのものか分からないくらい混ざって、指の間までぬるりと濡れている。 その事実だけで、また腹の奥が変なふうに熱くなる。 目尻が勝手に熱くなった。泣くほどのことじゃない。泣くつもりもない。 なのに、胸の奥が柔らかくなりすぎて、うまく息ができない。 幸せとか、嬉しいとか、そういう言葉をまともに使うのも癪だけど、多分、今の俺はそういう顔をしてる。 気恥ずかしさを抑えて顔を上げる。 ナツは黙ったまま俺を見ていた。 さっきまで濡れていた目元はまだ甘いのに、そこに別の熱が重なっている気がした。 怒っているのか、呆れているのか、嬉しいのか、俺にはうまく分からない。 ただ、目を逸らされていないことだけで、少し安心してしまう。 手、洗わなきゃな。 洗って、風呂に入って、寝る。 やるべきことは分かるのに、まだ洗いたくない気持ちもあった。 ナツと俺のものが混じっている手を、すぐ水で流してしまうのが少し惜しい。 いや、でも明日仕事だし。 ナツだって疲れてるだろうし。 ぱっと風呂に入って、早めに寝た方がいい。 せめて手だけ先に洗ってこようと、身体を離しかけた。 「じゃあ俺ちょっと手だけ先に」 「とおる」 甘い声だった。 さっきより低くて、さっきより優しいのに、背筋を撫でられたみたいに動けなくなる。 呼ばれただけで、まだ熱の残る身体が勝手に反応しそうになる。 「なあ、……俺もしてえ」 したい。 何が。 誰が。 ナツが、俺に。 言われた言葉が上手く頭に入ってこないのに、一瞬でカッと身体が熱くなる。 さっきまで必死に鎮めようとしていたものが、まるで待っていたみたいにまた重く疼いた。 ナツも、俺に触りたいのか。 さっき俺がしたみたいに、俺の身体を見て、触って、気持ちよくしたいと思ってくれているのか。 そう考えただけで、嬉しさと恥ずかしさが腹の奥でぐちゃぐちゃに混ざった。 まだ白く濡れた手も、火照った身体も、全部そのまま見られている。 触ってほしい。 そう思ってしまった瞬間、喉が勝手に鳴った。 「あ、……え、と」 「透、なあ。……お前だけずりいだろ」 甘く潤んでいたはずの目の奥で、藍がゆっくり濃くなっていく。 さっきまで俺に縋っているように見えた手が、今は背中から腰へ降りて、離さない形で俺を捕まえていた。 唇を尖らせているのが見える。咲いた朝顔に絡まる蔓が淡く光る。 どうしてこんなに、かわいい……? くらくらする。 どうすればいい。なんて言えばいい。俺はいつも、どういう口調だった。 どう返してた。何を言っていた。 「……さ、……わって、くれんの」 ナツが薄く笑う。何も言ってくれない。 その沈黙すら、今の俺には誘っているようにしか見えない。 「とおる」 また名前を呼ばれる。それだけで、身体の中心がひくりと反応した。 恥ずかしい。恥ずかしいのに、もっと呼んでほしい。 「俺もしてえ。していい?」 ナツからのその言葉が、俺にはもうお強請りにしか聞こえなかった。 俺はやっぱり、何も分かっていなかったのだと思う。 ナツが俺に触りたいんだと思った。俺がしたことを、今度はナツが俺に返したいのだと思った。 それも、たぶん間違いではなかった。 ただ、それだけではなかった。 ナツがどんな顔をしていたのか、ちゃんと見ておけばよかった。 可愛いと思うことに忙しくて、触れている間ナツの目の奥で藍が濃くなる意味を考えていなかった。 俺は完全に調子に乗っていた。勘違いしていた。 最初は良かった。 本当に、最初は良かったのだ。 最初だけなら、俺がリードしていた。 ……そのはずだったのに。くそ。

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