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第四章 けものあやかし①
実家を継ぐ気? もともとその気はないですよ、副住職もいてますし。
まああの死にそうやった山の修行を無駄にすんのはちょっと惜しいんでいろんなとこ手伝わせてもろてます。実家も含めて……はあ、今はどこも人手不足やし法事とか葬儀なんかはぼくひとりでひと通りこなせますけど。
えっとどこかのご住職っすよね……はい? エロ坊主? 今エロ坊主って呼んで。って聞こえた気がしたんですけど……あ、ほんまに言うたんや。さすがにこの前飲み屋で会うたばっかりの年上の方にエロ坊主はちょっと……エロ坊主はほんまに無理やって! そっちの檀家さんとかに知れたらどうす……え? 檀家さんにもエロ坊主って呼ばれてんの? マジで? いや、申し訳ない。マジとか言うてしもて。
……はい? 何? マジで言うてる? 俺がそちらの住職代理に? シンプルになんでっすか。総代会とか檀家とかになんて言う……ええんや。なんていうか軽いっすね。まあでもほんまに人がおらんもんな……年齢? 三十歳で……えっ違う? 百五? エロ坊主百五歳なん!? ……わかりましたよ、ほんなら代務で。あくまで代務ですから。
でもええんですか、俺には才能がないって言いましたよね……ああ、昔うちの寺に来てた子に怖い思いさせてしもて。
もし俺に霊とかが見えてたらあの子を助けられたのに。
第四章 けものあやかし
オフィス街のビルとビルの隙間、少しだけ狭い公開空地から大通りに出た途端冷たい風に頬を刺され、スイーツの入ったボックスを持ったまま九条陸 は肩をすくめた。
今朝から急激に寒くなった。ここ数年急に夏になったり冬になったりするから大変だ。帰りにクリーニング店に寄ってダウンジャケットを引き取り、週末は実家に行ってコートも持ってこよう。
九条が今の下宿先である禅寺、慈眼幽院 に住み始めてもうすぐ一年になる。完全に移り住んでからは二か月ほどだが寺というのは意外にイベントが多かった。
七月末から始まる夏休み中の平日は子どもを預かり、八月は盆まで目の回るような忙しさだ。それが終われば夏祭り、地蔵盆、秋祭り、かぼちゃを飾ったら子どもたちがお菓子を貰いに来たり、よく覚えていないがその他もろもろ、そしてもうすぐクリスマス会まであるという。
寺でクリスマス会!? と驚いたが、寺の住職代理である早坂楓士 は「そうですがなにか?」みたいな顔をしていた。同居人である川瀬悠一郎 も「うちはするんですよ?」みたいな表情をしていた。
ええ~なんて思っていたが、そういえば九条自身も昔通っていた寺でサンタクロースの帽子をかぶったことを思い出した。どちらかというと地域交流やイベントの側面が強いのだ。また終わらない菓子の袋詰め作業を覚悟して自社への道を急いだ。
建物の中は火照るほどに暑い。九条はフードトラックで買ってきたドーナツの箱からひとつだけ出し自分のデスクに置いて、みんなでどうぞー。と声をかけながら箱ごと課長のデスクまで持っていく。
フロア全体を見渡せる眺めのいい場所にあるそこに行くと、すでにいくつかの菓子の箱が置いてあった。その中に見覚えのある『かみがたにゃんこまんじゅう』のロゴが見えて、九条はあれっと声をあげた。
「門崎 来てたんすか」
「なんでおまえらは俺のデスクに差し入れを置くんだよ」
文句を言うのは営業部の営業一課課長である宮内和之 だ。東京生まれの東京育ちだが、大学進学からずっとこちらにいるらしい。学生結婚をしていて、今年は真珠婚式だと酔って話したのを聞いたばかりだ。退職したのち開発に再雇用された元社員の北見 とは同期と言っていたから今年五十歳かそこらだろう。
年齢を感じさせない若々しい男だが、最近は「シニアアイ」が進んでいるらしくデスクワーク中は眼鏡姿でいることが多くなった。抗いすぎてシニアアイなどと言っているが要は老視が進んでいるということだ。
宮内はぶつぶつ言いながらドーナツに手を伸ばした。『かみがたにゃんこまんじゅう』の隣に置いてあった、ドリップコーヒーの個包装パックを「いただきまーす」と言いながら持っていく数人を見送って九条もそれを手に取る。
もうすぐ午後三時、合法的に休憩に入っていい時間だ。ゆっくり飲もうとソファーのあるリフレッシュルームに足を向けると宮内もついてきた。
「門崎から伝言。この前は世話になったありがとう。ついでにまた相談したいことがある。アサノさんの店のファンになったからそこで話を聞いてほしい。おみやげの『かみがたにゃんこまんじゅう』、課長のデスクに並べてるから好きに食べて……なんでおまえら俺をとおして話すんだ。もしかして連絡先知らないのか?」
知ってますけど、と九条は反論した。
「門崎って課長みたいな人好きなんですよ、たぶん。理由つけて話したいだけやと思いますけど」
ええ、と宮内が困ったように眉をしかめた。
「困る。俺には妻と娘がひとりずついるんだ。伝えといてくれ」
「そういう意味ちゃいますし、娘さんは何人おってもええけど奥さんがひとりなのは当たり前でしょ」
宮内は案外素直な人間だ。今もそれもそうか、と納得する姿に「一応伝えときますけど」と突っ込みたくなる。なんというか関西の血が騒ぐのだ。さすがに上司相手にそこまでは言えず、九条は少し消化不良のまま持ってきたドーナツを頬張った。
「俺は伝えたからな。門崎に連絡しろよ」
本当にそれだけ伝えるためにわざわざ席を立ってここまで来てくれたらしい。あざっす、と宮内を見送ってソファーに深く座り直した。
リフレッシュルームとはリフレッシュする場所のはずなのにぼうっとして眠くなる。今も寝入っているのが数人いて、本格的に誘われる前にコーヒーを飲み干した。すぐに門崎に電話、そしてクリーニング店は明日に伸ばすことした。
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