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第12話 三角関係? だけど僕たち幸せです!

 朝、玲はいつもの出勤ルートを急いでいた。  拓斗は、昨日から出張で不在。  秋也は、早朝勤務シフト。  いつもなら、三人で歩く道を、玲は一人で急いでいた。 「べ、別に、寝坊したわけじゃないんだからね!」  起こしてくれる拓斗が、いない。  急かしてくれる秋也も、いない。  そんなわけで、微妙な時刻になってしまったのだ。  遅刻するほど遅くはないが、不運が重なるとヤバい。 「例えば、信号が全部赤になるとか。電車が、目の前で発車しちゃうとか!」  そういうわけで、玲は歩道を早歩きで急いでいた。  そんな玲の視界に、大きな高級車が入ってきた。  緩やかなスピードで彼を追いこして、静かに停まり、ドアが開いてスーツの男が数名降りる。  そして、彼らが見守る中を、髪の白い老紳士が降りた。  老人とはいえ、背筋はピンと伸び、そのまなざしも鋭い。  歩みもしっかりしており、老いを感じさせないナイスガイだ。 「カッコいい……俳優さんかなぁ?」  遅刻しそうなことも忘れて、玲は彼に見蕩れていた。  すると、その老紳士がこちらに向かって歩いて来る。  先ほどとは違い、玲を優しく見つめながら、近づいて来る。  そして。 「玲。守岡 玲、だね?」 「そうですけど……なぜ、僕の名前を知ってるんですか?」 「探したよ、玲。私は、君の祖父だ」 「……えぇっ!?」  これは、遅刻どころではない出来事が起きてしまった。  玲は、誘われるまま紳士の車に乗っていた。 「会社まで送ってくれるなんて。ありがとうございます」 「いや……道中、玲の身の上を話してもいいかな?」 「はい。でも、僕は天涯孤独で、赤ちゃんの頃から施設で育ったんですけど」  玲は、拓斗と秋也と同じ施設で育った。  彼らと違う点は、玲は赤ん坊のころから施設預かりだったことだ。 「聞いたところでは、玄関に置き去りになってた、って」  彼と一緒に包まれていたものは、名前の書かれたプレートだけ。  その後も身内は名乗り出ず、玲は成人して今に至る。 (拓斗と秋也がいてくれたから、寂しくはなかったけど……)  それでも、祖父が訪ねてくれたと思うと、嬉しい。  玲は、紳士の話に耳を傾けた。 「私は、神海(しんかい)ホールディングスの、会長を務めている。そして、玲。君は、そこの跡継ぎなんだよ」 「うッ、えぇええ!?」  神海ホールディングスといえば、この国屈指の巨大企業だ。  そこに勤務するだけでも、夢のような話だ。 (だのに、いきなり跡継ぎって!? どどどどういうこと!?)  あまりにも突飛すぎる祖父の話に、玲はひどく同様していた。  玲の祖父が語るには、まず彼の後を継いだ息子が急死したという。 「しばらく静養していたのだが、その甲斐もなく亡くなった」 「そうですか……お悔やみ申し上げます」 「彼の後は、その子ども。つまり、私の孫が継いだのだが」 「はい」 「その子もまた、父親と同じように急死した」 「そうですか、お孫さんまで……お辛かったでしょう」 「次に跡を継いだのは、息子の第二夫人の子。だが、その子もまた亡くなった」 「え……?」 「その次に跡を継いだのは、第三夫人の子。その子は今、病床に臥せっている」 「……」 (まさか、呪われた家系? でも、第二夫人とか、第三夫人とか、厄介そうだなぁ)  そこで祖父は、玲に向き直った。 「玲は、第四夫人の子なのだよ。彼女は、元は屋敷の使用人だった。だが、君を身籠ったと解ると、姿を消したんだ」 「お母さんが?」 「身分の違いを苦にして、自分から神海の家を出た。ちゃんと、第四夫人の椅子を用意していたのに……」 「はぁ」 (お母さんの気持ち、解るなぁ)  子孫を繋ぐためだけに、家に縛られる。  そんな生き方は、玲も嫌だと感じた。  これまで考えたことのない、母との接点だった。   「どうかな、玲。神海の家に入らないか?」 「そ、それは。突然そう言われても」 「跡継ぎがこんな状況なので、私は会長とはいえ代表取締役の任も負っているのだよ」  そこで祖父は、肩を落とした。 「そろそろ私も、未来を若者に託したい」 「神海さん……」 「そんな他人行儀な。私たちは、家族だ。もっとフランクに呼んでいいんだよ」 「じゃあ、お爺ちゃん!」 「お、お爺ちゃん?」  孫からは『お爺様』としか呼ばれたことのない、神海だ。  少々驚いたが、玲の素直な愛らしさと人懐っこさに、笑顔になった。 「ありがとう。さぁ、到着したよ」 「すごい。全然揺れないから、走ってるかも解りませんでした」  そんな高級車から降り、玲は目を円くした。 「え、ちょっと……ここは、会社じゃないんですけど!?」  目の前にそびえ立つのは、まるで映画のセットのような大邸宅だ。 「玲、しばらくここで私と暮らそう。そして、ゆくゆくは新海を継いで欲しい」 「無断欠勤するわけには!」 「すでに連絡済みだよ。それに、君の勤める会社の筆頭株主は、神海だ」 「うわぁ……」 (お爺ちゃん、圧しが強すぎる!)  だが、この状況ではもう逆らうことはできない。  玲は諦めて、しばらく神海邸に留まることとなった。 「年が明けたぜ」 「そうだな」 「新年だぜ」 「確かにな」 「新しい1年の始まりだぜ」 「うん解る」 「だけどよ!?」   何で、玲からの連絡がねえんだよ、と拓斗はイラつく気持ちをそのまま、秋也にぶつけた。 「知らん!」  普段ならばそんな拓斗の癇癪も、さらりと流す秋也だ。  返事が刺々しいのは、彼も不満に感じているのだ。 「まったく……僕は元気だよ、くらい言ってこい、っての」 「暮れから、何の連絡もないな」  暮れから、どころではない。  玲は、神海邸へ移り住んでから、一度しか拓斗と秋也に電話をしなかった。 『拓斗、急に引っ越してごめんね。おじいちゃんと、しばらく暮らすから』 『おじいちゃん!? お前、親類がいたのかよ!?』 『昨日、声を掛けてくれたんだ。僕も、ビックリしたよ』 『お爺さんとは、うまくやっていけるのか?』 『息子さんやお孫さんが亡くなって、寂しいみたい。だから秋也、僕が傍にいるよ』 『お前は、それで幸せなのか?』 『……多分、ね』  それきり玲は、拓斗にも秋也にも、連絡を寄こしてこないのだ。 「お金持ちの坊ちゃんになったら、俺たちのことなんか忘れちまった、ってか?」  拓斗はグラスをテーブルに置くと、ソファに身を投げ出し横になった。  クリスマスも、大晦日も、新年も、玲がいない。  こんなことは、初めてだ。  そして、こんなに味気なく虚しいことも、初めてだ。  横になったまま動かない拓斗の背中を眺め、秋也はテーブルの上を片付け始めた。 「玲は、金に目が眩んで俺らを忘れる、なんてことは絶対に無い」  そして食器をリビングからキッチンへ運びながら、もう一度拓斗に声を掛けた。 「今夜も、泊っていくか?」 「うん」  ああ見えて、拓斗は三人で一番の淋しがり屋だ。  秋也は、玲だけでなく彼の心配もし始めた。 「何度も、電話はかけてみたんだが……」  いつも応答がない。  メッセージも、既読にならない。  いっそ、警察に相談しようかと秋也が思い始めた時、動きがあった。 「秋也、誰か来た」 「えっ?」  食器を洗っていた秋也は気付かなかったが、玄関のベルが鳴ったらしい。 「玲かな!?」  拓斗は飛び起き、モニターへ走っている。  秋也もすぐにシンクから離れ、急いだ。 『神原 秋也さんのお宅で、間違いないですな?』 「何だよ、玲じゃねぇ」 「しかし、誰だろう」  面識のない、老紳士だ。  物腰は柔らかいし、身なりも良い。  秋也は、やや警戒を解いて彼に話しかけた。 「そうですが、どちら様ですか?」 『失敬。私は神海 哲郎と申します。玲の、祖父です』 「何だって!? 玲を連れ去ったヤツか!?」  途端に、拓斗が喰い付いてきた。 「おい、拓斗。口を慎め」 『その玲のことで、お二人に相談があるのです』  哲郎の言葉に、秋也はドアのロックをすぐに解除した。  部屋へ通された玲の祖父・哲郎は、お茶も断り早々に本題に入った。 「実は。玲は今、病床に臥せっております」 「えぇ……?」 「風邪、ですか?」  しかし、哲郎の表情は険しい。  単なる風邪ではなさそうだ。 「屋敷へ来ての玲は、誰にでも明るく、にこやかに接してくれました。私だけでなく、使用人に対しても、です」 「玲らしいなぁ」 「あいつは、優しいから」  しかし、と哲郎は続けた。 「今思えば、どことなく無理や我慢の雰囲気が漂っていた気がします。去年の暮れから発熱し、寝込んでいるのです」 「だったら、やっぱり風邪じゃねぇのか?」 「医者には、診せたのですか?」  根本的な理由は解らず、玲には解熱剤などが処方された。  薬を飲んで大人しく寝てはいるが、一向に熱が下がらないのだ、と哲郎は語った。 「玲までも失うことになれば、私はもう……生きてはいけません……」 「それで、俺たちを訪ねてきたワケは?」 「我々は、医者ではありませんが?」  哲郎は、身を乗り出した。 「御二方は、玲の親友と聞いております。あなた方に会えば、玲は元気を取り戻すかもしれません!」  哲郎が二人の返事を待つ時間は、無いに等しかった。 「任せとけ! すぐ、玲を回復させてやるぜ!」 「私も、彼に会いたいと思っていたところです!」  拓斗も秋也も二つ返事でOKし、高級車で神海邸へと向かった。  途中で拓斗と秋也はショップに立ち寄り、いろいろと買い込んだ。  再び車に乗り込んだ二人の姿に、哲郎は感心した。 「見舞いの品、ですか。お若いのに、気の利く方だ」  拓斗が持っているのは、レジ袋。  中には食材が入っている。 「玲に、俺の手料理食べさせたくってね」  秋也が持っているのは、ソープフラワーのブーケ。 「生花では、病人には香りがキツイと思いまして」  何度もうなずき感心している哲郎だが、拓斗と秋也はコッソリと隠し持ったブツを確認し合った。 (ちゃんと、買っといたか? アレ) (忘れるはずがないだろう)  よし、と拓斗はニヤケた。 (玲、一発で治してやっからな!) (俺たちが来れば、もう大丈夫だぞ!)  二人の思惑を乗せて、高級車は滑るように走った。 「デカい、そして広い。こんなお屋敷、リアルに存在するんだなぁ」 「歴史と風格が、感じられるな。調度も、品が良い」  落ち着いた雰囲気の邸内を、拓斗と秋也は案内されていた。  向かうは、玲の部屋。  そこを真っ直ぐに目指した。  やがて、二人の護衛が立っているドアが現れた。 「こちらが、玲の部屋です」  拓斗と秋也の鼓動は、ひとりでに速くなった。 (久しぶりに会えるな、玲!) (この日をどれほど願ったことか!)  まだ一ヶ月ほどしか経たないのに、この有様だ。  二人は、心から玲を欲し、望んでいた。  護衛たちは、当主の哲郎に場所を譲った。 「お帰りなさいませ、旦那様」 「玲の様子は?」  護衛は、わずかにうなだれた。 「それが……やはりお熱が下がらないご様子で」 「我々も、心配しております」  彼らの言動に、拓斗と秋也は感心した。 (玲のやつ、いかついガードマンまで手懐けてやがる!) (さすがは、玲だ。あの愛嬌で、心を掴んだんだな!)  妙なところで納得しながら、二人はようやく玲の部屋に足を踏み入れた。    ドアの向こうに、玲の姿は無かった。  美しい調度品に飾られた広い部屋は、マンションならば言わばリビングだ。  そこを進んで、またドアを開ける。  そこにも、玲の姿は無い。  簡易キッチンの整った、軽食を楽しむための部屋。  パソコンや書籍のそろった、書斎。  アロマや音楽を楽しめる、リラクゼーションルーム。  映画館並みの大きな画面と音響設備を設けた、シアタールーム。  そんな数々の部屋を突っ切った先に、ようやく寝室があった。 「す、すごい部屋の数だぜ……!」 「たどり着くまでに、疲れたな……」  そして、拓斗と秋也は玲を思った。  こんな贅沢な空間を突然与えられ、彼はどう感じただろう。 「あいつのことだから、一応は喜んで見せただろうけどなぁ」 「降って湧いた幸福を受けることに、抵抗や罪悪感を抱いただろうな」  玲は、生きるために盗みを働いていた、拓斗の少年時代を知っている。   『世の中には、そうでもしないと食べていけない人もいるのに』 『僕は、神海家と血縁だというだけで、こんな贅沢をしている』  そんな玲の心の声が、聞えて来るようだった。  寝室に足を踏み入れ、拓斗と秋也はまず驚いた。  奥のベッドから離れたところに、10名以上の人間が控えているのだ。  まぁ、医師と看護師は解る。  玲は、病気で臥せっているのだから。  しかし、彼らの他にも屋敷に勤める人間が、心配そうにベッドの方を見守っている。  身の回りの世話をする、使用人。  今のところ何の役にも立たないが、執事。  ドアの外にもいた、ボディーガード。 「こんなんじゃ、玲もリラックスできねぇだろ……」 「寝ながらも、気を遣ってるかもな……」  拓斗と秋也は、小声で語り合った。  そこへ、玲の祖父・哲郎が割って入った。 「さ、お二方とも、玲の傍へ行ってください」 「いや、でも。あいつ、眠ってるんじゃ」 「ゆっくり寝かせてあげたいのですが」 「いいから! はい、歩いて!」  さすが、大企業のトップを務めるだけのことはある。  哲郎の圧しは、強かった。  哲郎に背中を押され、拓斗と秋也は玲の眠っているベッドの前へ、よろめきながら辿り着いた。 「玲……お前、少し痩せたか?」 「ちゃんと、食事は摂っているのか?」  小さくかすれた声を、二人は押し出した。  眠っている、玲。  それは、安らかな眠りではなさそうだった。  眉根を寄せ、時々苦し気に息を吐く。  悪夢にでも、うなされているようだった。 「玲、すぐに治してやるからな」 「熱は下がって、楽になるぞ」  拓斗と秋也の言葉に、哲郎が息を飲んだ。 「そ、それは。そんなことが、できるのですか?」 「任せとけ、って」 「我々は子どもの頃から、玲の発熱を治してきましたから」  ただ、と秋也は続けた。 「解熱の方法を施すには、人払いをお願いします」 「医者も、かね?」 「はい。玲と三人だけにしてください」  これには、医師や看護師が渋った。 「怪しい民間療法ではないでしょうね?」 「安心しなよ。市販の薬だぜ」  さらに、ボディーガードが憤った。 「玲さまに、危険は無いんでしょうね?」 「大丈夫。危害は加えない」  拓斗と秋也の、自信満々な様子に、全員が寝室を後にした。 「頼みましたよ」 「終わったら、呼びにいきます」  最後に哲郎が出ていき、その場には玲、拓斗、秋也だけが残された。  今気づいたが、寝室は暖かだった。  サイドテーブルには、ナプキンの掛けられた料理が残されている。  布端を少し持ち上げのぞいてみたが、口をつけた跡がない。 「おっ、美味そうじゃん」 「部屋は暖かいし、湿度もある」  おそらくこの屋敷の人間すべてが、玲のために気を配っているに違いない。 「みんなに心配かけやがって」 「早く治してあげなくてはな」 「こいつは子どもの頃から、熱が出ちゃあ下がらねえ、なんてよくあったな」 「持ってきたのは、玲の大好物だ。少しは食べられるだろう」  そして。  拓斗と秋也は顔を見合せ、ニンマリと笑った。 「さぁ、邪魔者はいなくなったぜ」 「お楽しみの始まりだな」  ウキウキと、だが用心深く静かに、二人は眠っている玲の高級羽毛布団に手を掛けた。  玲に気づかれないように、彼を起こさないように。  これは失敗の許されない、極めてデリケートなミッションなのだ。   「どうだ?」 「よく寝てるぜ」  ああ、もう何日この顔を見ていないだろう。  秋也にしては珍しく、動きが雑になった。  そのせいで、少し音がたった。 「ぅん……」  玲の、小さな声が漏れる。  拓斗は、人差し指を唇に当てて見せた。 「静かにしろよ!」 「す、すまん」  失敗を繕うように、秋也はがんばって冷静な声でささやいた。 「いけそうか?」 「ちょいと意識あるけど、大丈夫だろ」  男二人は、改めて病床の玲を眺めた。  汗ばんで、額や頬に張り付いた後れ毛。  ほんのり紅く染まった頬。  悪い夢でも見ているのか、悩ましく寄せられた眉。  薄く開いた唇からは、熱い吐息が漏れている。 「やるぞ」  再び、慌ただしく動き始めた秋也を、拓斗は笑った。 「落ち着けよ」  秋也を笑いながらも、手早く玲からパジャマを脱がせにかかる拓斗だ。  何だかそわそわと動く空気に、玲はぼんやりと目を覚まし始めた。  何か、涼しい。  浮かび上がりゆく意識の中、玲はそう思った。  熱で火照った体には、パジャマさえ窮屈で苦しい。  そこに、ふと解放感がおとずれた。  重くてだるい体が、勝手に動いている。  いや、動かされている? (誰かが、僕の体を抱えてる……?)  そして、玲の唇が動いた。 「……だれ?」  うっすらと目を開け、わずかに動く唇だ。  熱に浮かされた頭のせいで、周囲の様子がよく掴めない。  だが、男の声が二人分聞こえる。 「起きたのか?」 「うぁ。セクシーな目、してやがるぅ」 「む……ッ」  熱に潤んで、とろんと艶を持った玲の瞳。  思わず生唾を飲んだ秋也に、拓斗は急いで指示を出した。 「おい、ちゃんと押さえろ」 「う、すまん」  これは……この声は……拓斗と秋也?  深く沈んでいた意識がようやく完全に浮上し、玲の体と脳はつながった。  涼しい、と感じていたはずが、今は寒い。  しかも、下半身だけ。  横になって海老のような姿勢で眠る癖を持つ体は、なぜか腹這いになっている。  しかも腰を高くあげ、これではまるで……まるで……。 (まるで、誘ってるみたいじゃん!?)  パジャマの下を膝まで降ろされた時、玲はパッチリと目を開けた。  目は覚めたが、寝起きで状況が解らない。  玲はまず、自分の不自然な格好に気が行った。  下半身を露出し、腹ばいで腰を高く上げた姿勢は、異常だ。  しかも、ここには居ないはずの拓斗が視界に入っている。  そして彼は、玲の腰に手を掛け、狙いを定めている様子なのだ。 「え? えぇっ!? ちょ、何これ。何!? 拓斗、何してんの!?」  拓斗は玲の声にもひるまず、腰に当てた手を放さなかった。 「ヤバい、起きやがったか。仕方ねえ、ちょっとだけ我慢しな!」  そして滑らかな白い双丘を割って、中心の紅い蕾へ何かを捻じ込もうとしているのだ。 「え!? いや! ヤだ、やめてよ!」  もがいて逃げようとした玲だったが、体の自由が利かない。  秋也の腕で、彼の上半身はベッドにしっかりと押さえこまれているのだ。 「秋也!? ヤだ、放してよ!」  秋也に気を取られると、後ろの拓斗が中へ太い指を突っ込もうとしてくる。 (もしかして。いや、まさか。でも、そんな!) 「嫌だぁッ、やめて! 秋也、拓斗を止めてよ!」 「駄目だ、大人しくしろ」  容赦ない秋也の言葉だ。  真面目な彼まで、こんなことをするなんて!  玲は、必死になって叫んでいた。 「助けて、誰かぁ! おじいちゃん、助けて! ここに来てぇえ!」  そんな玲の、無力な叫びだ。  優れた断熱性能を持つこの屋敷の壁は、優れた防音性能も備えている。  どんなに玲が声を上げても、部屋の外には聞こえないのだ。 「おいおい、玲。マジで、子どもに戻っちまったのか? おじいちゃ~ん! なんてよぅ」  思わず吹き出し、笑う拓斗だったが、内心では安堵もしていた。 (お爺さんに助けを求める、ってぇことは、信頼関係を築けた、ってわけか)  明るい気持ちになったため、拓斗の声は妙に朗らかになった。  しかし、その笑い声と彼の行動のギャップに、玲は震え上がった。 「ヤだ! 久しぶりに会えたのに、いきなりバックから無理矢理なんて!」  半分べそをかいたような声で哀願しても、秋也は力を緩めないし、拓斗は後ろを弄るのだ。  僕は、具合が悪いのに。  熱で、気分が悪いのに。  本当に涙がこぼれそうになった時、意地悪な秋也と拓斗が下品な言葉を交わした。 「おい、早くヤれ」 「よし、ブチ込むぞ」  拓斗の指が一度抜かれ、その後すぐに別のモノが挿入ってきた。 「いやーッ!」  玲は、声を限りに叫んでいた。  だが体内には、妙な感触が訪れた。  にゅるん 「はい、終わり!」  拓斗が、すばやくパジャマを上げてくれた。 「力むなよ。力むと、出るぞ」  秋也が、優しく羽根布団を掛けてくれた。 「え? え?」  体内に残る、この異物感。  どこか懐かしい、この感覚は。 「もしかして……これは……ッ!?」 「そうだよ。久しぶりだろ」 「坐薬だ」  涙目の玲は、ようやく彼らの真意に気が付いた。  あ~ん、と口をあけると、木製のスプーンが運ばれてくる。  甘酸っぱい果汁が、いっぱいに広がる。 「おいし~い!」  秋也に、すり下ろしたリンゴを食べさせてもらいながら、玲はご機嫌だった。  体調を崩した時は、スプーンの金属臭まで不快になる、玲だ。  そこまで気を配って、ちゃんと木製の匙を用意してくれた秋也に、彼は感謝していた。 「ありがとう、秋也。覚えててくれたんだね」 「玲は子どもの頃から、過敏症なところがあるからな」  幼馴染でなければ解らない、ほんのわずかな気遣いだ。  だがそれは、玲の祖父・哲郎を感心させた。  そして、坐薬のおかげで熱が引いた玲の体は、すっかり楽になっていた。  拓斗が作ってくれた大好物の料理を食べ、今はデザートのリンゴをいただいているのだ。  玲が好きな食べ物を、知っている。  知っているだけでなく、手早くそれを料理して出せる。  こんな拓斗の、幼馴染にしかできない行動に、哲郎は深く感じ入っていた。 「あんまり調子に乗るなよ。坐薬の効果は、一時的なんだ。また、熱が出るかもしんねぇぜ?」 「うん。でも、今度はすぐに治ると思うんだ」  拓斗と秋也が二人がかりで、こまごまと世話を焼いてくれたのだ。  寝具は清潔なものに替えられ、体も蒸しタオルで拭いてもらった。  汗で気持ちが悪かったパジャマも、洗い立てだ。  久々にちゃんと食事も摂って、体力が付いている。  熱に負けない心と体が、整っているのだ。 「お前、子どもの頃から坐薬だけは効いたもんなぁ」 「注射や飲み薬は、まるで効かない。なぜだ?」  拓斗と秋也の言葉に、居合わせた医師や看護師は考えさせられた。 「私は、そのような可能性を探っての治療を、怠っていました」 「今度から、ちゃんと坐薬もご用意しますね!」  そんな彼らに、玲は焦った。 「い、いいえ! 自分で、できますから!」 「また俺が、入れてやってもいいぜぇ!」  明るい拓斗の笑い声に、周囲もつられて笑った。   笑われてしまったが、玲は嬉しかった。 (ああ、そうだ。こんな雑談と笑いが、このお屋敷には無かったんだ)  心の風通しが、良くなった思いがした。 「じゃ、残りの坐薬はやるからよ」   拓斗が、温かいハーブティーと一緒に、薬の入った袋を差し出しながらそう言った。 「もう! いいかげん坐薬から離れてよ!」  玲は赤くなって反発したが、そこは秋也が駄目押しをする。 「しかし、注射や飲み薬は効かないだろう」 「う……」  恥ずかしいが、そのとおり。  玲の発熱に、飲み薬や注射はほとんど効果がない。  だが、なぜか坐薬だけは体に合うのだ。 「だっ、だけど! あんな挿れ方しなくても!」  熱で朦朧としているところに、二人がかりで無理矢理に挿入されたのだ。  あれでは、セクシャルで怖い想像しか湧かないというもの。  そんな憤りを見せる玲だったが、拓斗も秋也も涼しい顔をしている。 「ああでもしなきゃ、承知しねえだろ。昔っから」 「暴れるお前を押さえつけ、ようやく挿れたと思ったら。すぐに力んでしまって」  肛門からスポーンって飛び出したこともあったよな、と笑う二人には、逆効果だった。  真っ赤になって黙ってしまった玲だが、もうそれ以上彼をいじめるような言葉はなかった。 「さあ、もう一度ゆっくり眠るんだ」 「いい夢、見ろよ」  玲を見守るのは、変わらず優しい秋也と拓斗のまなざしだった。  大人しく横になった玲は寝具を顔まで引き上げて、目だけきょろんとさせて言った。 「ごめんね。ホントなら、今頃は新年会なのに」  年末年始やたら冷え込み、雪まで降った年越しだった。  玲は忙しい合間を縫って、なんとか拓斗や秋也に連絡を取ろうとしていた。  しかし、その上熱まで出てしまったのだ。  電話をするどころか、彼らからのメッセージも読めない日が続いた。  玲はそのことで、拓斗と秋也に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 「くよくよすんな。熱が下がったら、快気祝いをやろうぜ」 「たまには、のんびり寝て過ごすのもいいものだ」  春が来るまで冬眠してても構わない、と珍しく秋也が冗談を飛ばす。  ようやく、玲は楽し気に笑った。 「さ、もう休め」 「ずっと、傍に居てやるから」 「うん。ありがとう」  体は壊してしまったが、おかげさまで心は幸せいっぱいに満たされている。  ほんのさっきまで悪寒に震えながら、最悪の新年だと嘆いていた自分が嘘のようだ。 「ねぇ。拓斗、秋也」 「ぅん?」 「何だ」 「明けまして、おめでとう」  そうだな、と二人も微笑んだ。 「ああ、おめでとう。いい年にしようぜ」 「おめでとう。今年も仲良くしてくれ」  満足気に瞼を閉じた時、そっと頬にもらった二つのキスはどんな意味だったのだろう。  新年のお祝い?   それとも、おやすみのキス? (きっと、両方だな……)  そう思いながら、玲は眠りについた。  ベッドの中は、温かな幸せに満ちていた。  素敵な1年が、約束されているような心地だった。 「眠ったか?」 「そのようだ」  これで一安心、と拓斗と秋也は玲の祖父・哲郎らの方へ向き直った。 「できれば、こいつが元気になるまで、ここへ通わせて欲しいんだけど?」 「玲が、私たちを必要としなくなるまでは」  二人の申し出に、哲郎は何度もうなずいた。 「こちらから頼みたいくらいです。いや、いっそ屋敷へ泊っていただこう!」 「え!?」  哲郎はすぐに端末を取り出し、使用人らにゲストルームを二つ整えるよう命じている。 「……即・行動! ってぇところ、玲に似てると思わねぇか?」 「……血は争えない、というわけか」  これは確かに玲のお爺さんだ、と二人は納得した。  もう坐薬はイヤだと強く思ったからか、その後の玲は熱を出すことはなかった。  順調に体力を付け、健康を取り戻したのだ。  そして拓斗と秋也は、そんな玲からお茶に呼ばれていた。 「調子狂うよなぁ。お上品なティータイムへのお誘い、なんてよ」 「玲は今や、上流階級の人間だ。俺たちが、併せよう」 「……そうだな」  拓斗の返事が少し遅れたのは、彼も薄々感じているからか、と秋也は思った。 (いよいよ、玲とのお別れが近そうだ)  先ほど自分でも言ったが、玲は上流階級の一員になった。 (俺たちとは……住む世界が違う)  このお茶会で、別れの言葉を聞かされるに違いない。  秋也も拓斗も、そんな覚悟を知らず知らずのうちに決めていた。 「こちらで、玲さまがお待ちです」  使用人が、二人がかりで重厚な両開きのドアに手を掛けた。  歴史ある屋敷の中でも、とりわけ風格のあるたたずまいを醸すドアだ。  それが開く間から、明るい光が漏れ出て、まぶしい。  拓斗と秋也は思わず手をかざして、光を遮った。  やがてドアは大きく開かれ、光に目が慣れた頃に、玲の声が響いた。 「拓斗、秋也! 早くこっちへ来て、座ってよ!」 「……玲!? お前、何やってんだ!?」 「床に座り込んでいる、だと!?」  玲は、おしゃれなテーブルなどではなく、無垢材の床にラグマットを敷いてしゃがんでいたのだ。  玲は、神海邸の洒落たティールームに、かつて住んでいたマンションでの宅飲み空間を再現していた。 「はい、拓斗。ビール冷えてるよ!」 「お、おう。サンキュ」 「秋也の好きな、ソフトさきいか!」 「あ、ありがとう」  ラグマットの上に広がった飲み物やおつまみも、高級志向とは程遠い。  ワインはデイリークラス、乾き物は珍味系だ。  玲の真意が読めないまま、拓斗と秋也はその場にしゃがんだ。  その場には玲だけでなく、その祖父・哲郎もいた。  彼は物珍しそうに、だがとてもご機嫌で、玲のプロデュースした飲み会に参加している。 「拓斗くん、秋也くん。何をしている! さぁ、飲んで!」 「いいねぇ、このノリ。玲にそっくりだぜ」 「血は争えない、というわけか」  二人は、ようやく気分が乗って来た。 「よぉし、飲むぞぉ!」 「もちろん、玲のおごりだな?」 「任せといて!」  高級住宅に居ながら、チープな宅飲みが始まった。  正気から酔いへ移ってしまうギリギリの時、玲は突然に真面目なことを言い出した。 「ね、僕はこの通り、何も変わってないよ。変わらないよ」 「そうだな。坊ちゃんになっても、宅飲みするくらいだからな」 「相変わらずの、玲だ」 「だから、これからも、ずっと。拓斗も秋也も、僕の友達だよね?」 「玲、お前……」 「ずっと、ずっと、親友でいてくれるよね?」 「お前、だからこんな……」  だから玲は、床にしゃがんで安酒を飲むような真似をして見せたのか。  拓斗も秋也も、そんな玲の心情が哀しく、そして途方もなく愛おしかった。 「ああ、そうだぜ。玲は、ずっとダチだ」 「気にしていたのか? いつまでも、俺はお前の親友だ」  しかし、拓斗も秋也も、そこでチラリと哲郎の顔色をうかがった。  玲がそう願っても、この神海家当主がダメだと言えば、そこまでだ。 「いいよね、おじいちゃん?」  玲もそれは感じていたらしく、哲郎にすがるような声を掛けた。    もちろんだ、と哲郎は玲に向かってうなずいた。 「拓斗くんも、秋也くんも、玲の大切なご友人だ。命の恩人だ!」 「わーい! おじいちゃん、大好きー!」  玲は哲郎に腕をまわして抱きつこうとしたが、彼はその手を握ってゆっくりと外した。 「私は、これまでの自分を反省しているんだよ。玲」 「おじいちゃん?」  そして哲郎は、懺悔のように語り始めた。 「子どもや孫に、有無を言わさず神海の企業を背負わせ、無理をさせた」  哲郎はこれまで息子や孫たちに、多岐に渡る神海グループの、いわば総監督を務めさせたのだ。  株価が下がれば叱責し、業績が落ちれば非難した。 「それだけではない。社交界でもまた、常に中心にいるよう求めたのだ」  仕事で疲労している時でも構わず、晩餐会を開くよう命じた。  他の名家からのお呼ばれには、必ず出席するよう言いつけた。 「そんな激務がこなせるような人間、いやしねぇよ」 「私が現役の時代では、それが当たり前だったのだよ」 「誰しもが、あなたのような鉄人ではありません」 「ようやく、それに気が付いたのだよ」  自分ができる事は、他の人間もできて当然、と考えていた哲郎だ。  おかげで、彼の子や孫は、無理を強いられた。 「そして体を壊し、免疫力が低下したところに、大病を患い亡くなってしまったのだ……」  哲郎は心底悔いているらしく、グラスを持つ手が震えていた。  その杯を、粉々に砕く勢いで、握っていた。  だが、そんな彼の手を、優しく包む手のひらがあった。  玲だ。 「おじいちゃん、自分を責めないで」  人にはそれぞれ、天寿というものがある。  そう、玲は哲郎を慰めた。 「おじいちゃんのせいじゃ、ないよ」 「玲……ありがとう」  そばで見守る拓斗と秋也の胸も、熱くなった。 「イイじゃん。まさしく、家族ってカンジ」 「俺たちも、嬉しくなるな」  玲に、血の繋がりのある家族ができた。  親友として、それは喜ばしいものだった。  ただ、一つの疑問も湧いて出たが。 「じゃあ、玲も今まで無理してた、ってことか?」 「経営や社交で無茶をして、熱を出したのか?」  拓斗と秋也の疑問に、哲郎はその場で土下座する勢いだ。 「すまん! この通りだ!」 「おじいちゃん、顔を上げて。僕は、ほら! 元気になったんだから!」  哲郎の背中をさすってあげながら、代わりに玲が答えた。 「僕はまず、神海家の心得を教えられてたんだ。その途中で、熱が出ちゃった」 「ほんの入り口、しかも途中で、かぁ!?」 「あまりに虚弱が過ぎないか!?」 「バカにしないでよ! ホントに大変だったんだから!」  おまけに怜は、これまで外の社会で自由に育ってきた人間だ。  神海家で純粋培養されてきた歴代の当主に比べて、そんな枠組みに馴染めなかった。  そして、拓斗と秋也への思慕もある。 「ずっと会えなかったから……寂しかったんだよ?」 「俺もだぜ、玲」 「いつも、お前のことを考えてた」 「ホント!?」  玲の瞳が、輝いた。  その瞬間、二人の男は嫌な予感がした。 (何か、こいつヤバい!) (何かを、企んでいる時の目だ!)  ふっふっふ、と瞳を輝かせ、玲は拓斗と秋也に言った。  やたら前のめりになりながら、嬉しくてたまらない、といった表情で告げた。 「だったら拓斗と秋也が、僕のサポートをしてくれれば、嬉しいな!」 「さ、サポート?」 「それは、これまでもやってきたが?」  ドジっ子・玲のサポートは、今まで散々やって来た二人だ。  しかし、その上で玲はおねだりを始めた。 「社交界でのお付き合いって、すごく怖そう。拓斗、アドバイスしてくれないかな?」 「なるほどな。根回しやら裏切りやら、蠢いてそうだ」  人付き合いと情報収集が得意な拓斗なら、切り抜けられる。 「神海グループの総括って、すごく大変そう。秋也、手助けしてくれないかな?」 「そうだな。神海だけでなく、協力会社との連携も重要だ」  責任感とメンタルが強い秋也なら、乗り越えられる。 「やったぁ! じゃあ、僕たち三人で神海家を盛り上げて行こうね!」 「何だよ、やる気満々じゃねぇか」 「一人より、三人の方が良いだろうな」  玲、拓斗、秋也は、新しいビールのタブを切った。 「私も仲間に入れてくれ!」 「おじいちゃん、元気出たんだね!?」 「さらに盛り上がってきたぜぇ!」 「では、いくぞ!」  乾杯!  晴れやかな、門出のビールが喉を潤す。  三人の歩みは、まだまだ先の未来まで続きそうだった。  

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