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第11話 波乱の三人旅行

「はい。二人に、プレゼント!」  ふふふ、と笑顔で玲は、手にした封筒を拓斗と秋也に差し出した。  白くて長い、洋形封筒だ。  何かのクーポンが入っていそうな雰囲気を持っている。 「ね、早く開けてみてよ」  一人で、ウキウキとした様子の玲。  しかし、今の拓斗と秋也には、ありがた迷惑だ。  後は寝るだけ、とベッドに向かったその時に、いきなり呼び出されたのだ。  どちらかと言えば、不機嫌だ。  だが、玲にそれは伝わらない。  自分のサプライズが、ただ楽しくてたまらない、といった表情を見せている。 (こいつは、何か企んでやがるぜ) (お前も、そう思うか)  拓斗と秋也は嫌な予感を胸に秘めつつ、渡された封書を開けてみた。 「これは……ホテルのクーポンか?」  拓斗が、軽く驚いた声を上げた。 「うん。ホテル、っていうより、旅館だね」 「旅館?」  秋也の言葉に、玲はうっとりとした声で続けた。 「ホテルだと、全国どこでも同じだよね。でも旅館だったら、その土地の雰囲気があって素敵だよ、きっと!」 「旅館は解かったけどよ。どうしてそのクーポンを、俺らによこしてくるんだ」 「三人で、旅行に行こうと思って!」  玲の提案に、拓斗と秋也は、ぽかぁんと口を開けた。  提案、というものはまず一番最初に立ち上げて、その後にチケットなどを準備するものだが!? 「玲、順序が逆だぞ」  秋也は、なんとか迷惑を押し殺して、そう指摘した。  それでも玲は、浮かれた気分を隠そうともせず、説明を続けた。 「僕、いつも二人にお世話になってると思うんだ」 「いきなり、何だよ。水臭いな」 「お互い様だろう」 「ありがとう。でも、こないだも『面倒くさい病』を治してもらったし」  荒療治ではあったが、その後の玲は家事ができるようになった。  目に見えて効果のあった好意に、玲は今更ながら拓斗と秋也の存在をありがたく感じていた。  何の見返りも求めず、注がれる愛情。  そんな二人に、自分はいつも甘えてしまっている、と感じたのだ。 「だから、お礼をしたいと思ったんだ」 「そのお礼が、このクーポンか?」 「二人とも、旅行は好きだよね! いつか三人で、のんびり旅行したいね、って言ってたし!」 「しかし。いくら何でも、突然すぎやしないか?」  拓斗と秋也はうなだれた。   「今回は、拓斗と秋也の旅費も、僕が持つから! 恩返しだから!」 「おいおい、待てよ!」  拓斗は、慌てた。  三人分の交通費や宿泊代、食費などを考えると、結構な額になる。 「そんな太っ腹なこと言って、大丈夫なのか?」 「行先は、遠くない場所を選んだから、平気だよ。旅館も、ホテルと同額くらいで済んだし」  そこへ、秋也がうろたえた。 「俺は、乗り物は苦手なんだが」  秋也は、エアコンが効き過ぎた乗り物に弱い。  嘔吐まではいかないが、ひどく体調を崩すのだ。  それを玲は、考えてはくれなかったのだろうか。 「この旅館はね、温泉もあるんだ。温泉に浸かれば、気分もすぐに良くなるよ!」  青い顔の秋也を気の毒に思いながら、拓斗はクーポンの日付を見た。  そして、思わず二度見した。 「ちょ、待て! この日は……!」 (この3日間は、女と一緒に出かける予定が入っていたはず!)   日取りには、秋也も困っていた。 (この3日間は、キッズ・キャンプの引率を引き受けていたのだが!?) 「ちょうど二人の連休が重なってたから、僕も有休取ったんだ。これで、三人一緒に動けるよね!」  目をキラキラと輝かせる玲に、行けません、とは絶対に言い出せない。  拓斗は女と別れる覚悟をし、秋也は引率を交代してもらおうと一瞬のうちに考えた。 「あぁ、楽しみだなぁ! 三人で旅行なんて、久しぶり!」  眉間に皺を寄せる二人をよそに、玲だけが、期待に胸を膨らませていた。  そして。  二人が帰った後、玲は旅館のクーポンを手にして微笑んでいた。  彼は数日前、頑張って旅行のプランを立てたのだ。  面倒なシフトの組み換えは、いつもなら秋也がやってくれることだ。  クーポンの予約と発行は、いつもなら拓斗がやってくれることだ。  いつも、僕をサポートしてくれる御礼。  その気持ちだけは、充分にあった。 「今回は、僕が秋也や拓斗をサポートして、楽しませてあげるんだ!」  心はすでに、旅立っていた。  旅行の初日、新幹線と電車を乗り継ぎ、三人は目的地に近い駅へ降り立った。  にぎやかなフロアは人々でごったがえしており、それだけでも気持ちがワクワクしてくる。  一人を除いての話、だが。 「すまん……しばらく座っていてもいいか……」  案の定、乗り物酔いに見舞われた秋也が、へたりこむ。 「しっかりしてよ、秋也。今、何か飲み物を買ってくるからね」  いつもなら拓斗がやりそうなことを、玲は率先して行った。  今回の旅行は、僕の恩返し。  二人のために、自分が動くつもりで満々なのだ。  広いフロア内にショップを探し、ようやくミネラルウォーターを買った。 「さぁ、これで秋也も元気が出るはずだよ!」  ペットボトルを手に、玲はショップを出た。  しかし、彼の前には見知らぬフロアが広がっている。 「ここは……どこかな?」  玲は、迷ってしまっていた。 「遅いな、あいつ」  秋也の背中をさすっていた拓斗が、そんなことを考え始めた時。 『お呼び出しを申し上げます。一本木拓斗様、お連れ様がお待ちです。サービスカウンターまでお越しください』 「玲のやつ、迷子になりやがった!」 「俺は大丈夫だから、早く迎えに行ってやれ……」  体調不良の秋也をその場に置いて、拓斗は急いでインフォメーションへと走った。  そしてそこには、迷子の玲がうつむいて立っていた。 「ごめんね、拓斗」 「あ~、全然! さ、行こうぜ」 (これは、絶対こうなると予想してなかった俺の責任だな)  頭を抱える代わりに、拓斗は玲に手を差し伸べた。  離れないように気を付けながら、二人が秋也の待つ場所へ戻った時には、ミネラルウォーターはすっかりぬるくなってしまっていた。 「ただいま、秋也。はい、ショップで天然水買って来たよ!」  しかし、玲がくれたペットボトルは、常温になっている。  秋也は心からガッカリしたが、それは面に出さなかった。  ペットボトルの半分ほど飲んで見せ、笑顔を作った。 「ありがとう、玲。もう平気だ」 「本当!? 良かった!」  ぬるい水で、だぼだぼになった腹。  それが、具合の悪さに拍車をかけていたのだが、秋也は玲のために嘘をついたのだ。 「じゃあ、出発しよう!」  先頭を切って歩き出す玲に一抹の不安を抱えながら、拓斗と秋也は後へ続いた。 「お前、具合は大丈夫なのかよ?」 「気合いで乗り切って見せる」 「あとは旅館を目指すだけだ。頑張れよ」 「ありがとう。しかし、玲の案内でちゃんと着くのか?」  自信満々に進んでいる玲だが、間違った方向に歩いているのではないか。  それでも二人は、玲に従って続いた。  タクシー乗り場へと進み、車へ乗り込んだところで、玲はクーポンを運転手に見せた。 「この旅館へ行ってください」 「はぁ!? お客さん、ここからだと1万円以上かかるよ!?」 「そ、そんなに!?」 「高速バスが出てるから、それを使った方が良いかもよ?」  なんと。  おろおろする玲の代わりに拓斗は礼を言うと、タクシーを降りた。  動揺する玲は、戸惑うばかりだ。 「えっと、じゃあバスは……?」  バス乗り場へやってくると、何台も停まっているので、玲の混乱はさらに極まる。  まだ具合の悪そうな秋也の隣で困っていると、拓斗もまた困った顔でインフォメーションから戻ってきた。 「バスはあるけど、本数が少ねえ。結構待つぞ。それでもいいか?」 「え~? 時間がもったいない」  しかし、と拓斗は秋也を見た。  今、この状態でこいつをまた乗り物に乗せるのはどうか。 「しばらくバスを待ってたら、秋也の調子も少しは戻るんじゃね?」 「俺は大丈夫だ。拓斗、タクシーを呼んでくれ」 「お前、平気か?」 「玲が水をくれたおかげで、もうすっかりいいんだ」  どう見ても、嘘だ。  しかし、それを聞いた玲は、すでにタクシー乗り場へ戻ろうとしている。  秋也に男気を感じながら、拓斗もまた彼を追った。  ふらふらになった秋也に肩を貸しながら、拓斗は旅館の敷居をまたいだ。  玲は早速チェックインをするために、フロントへ走る。  だが、すぐに戻ってきて、またおろおろしている。 「チェックインは15時なんだって。まだ13時だから、部屋に入れないんだって」  やれやれ、と拓斗はロビーの椅子に秋也を座らせると、フロントへ向かった。  それならそれで、事前にやっておくこともある。  タブレットを前に難しい顔をしている玲からペンを受け取ると、さらさらと3人分の氏名や住所を書いた。  旅慣れていないと、こういった手順に戸惑うものだ。  それをスマートに片付けて見せた拓斗に、玲は素直に感動した。 「拓斗、すごいね。カッコいい!」 「よせよ、照れるぜ~」  そんな風に誤魔化しながらも、拓斗は考えた。 (これは……玲は、まるっきり頼りにならねえんだな!?)  旅行は俺がそれとなく仕切るしかない、と覚悟にも似た決意をキメていた。   「ねねね! 部屋にはまだ入れないけど、大浴場には入れるんだって! 秋也、温泉行こうよ、温泉!」  玲の興奮した大声が、今の秋也には辛い。  はっきり言って、具合の悪いときには動かずにいたい。  そっとしておいてもらいたい。  これが秋也の希望なのだが、温泉は玲にとっては魔法の泉だ。  それに浸かれば、秋也もすぐ元気になる、と思い込んでいた。 「仕方がない……行こう」 「お前、マジで大丈夫なのかよ?」  玲を先頭に、三人で大浴場へ向かう。  そこには、憧れの露天風呂もあるのだ。  しかし、脱衣所まで来たところで、玲の動きが止まった。 「恥ずかしいな……」 「何だって?」 「三人で、裸でお風呂に入るなんて恥ずかしいよ」  ここに来て、玲がごね始めたのだ。 「裸なんか、ガキの頃からお互い見てるじゃねぇか!」 「今は大人だもん!」 「大人になってからは、なおさらだろ! エッチの時は……」 「やめてよ! 大声で言わないでよ!」  玲が言うには、エッチの時とお風呂とは違うらしい。 「僕が先に入るから。その後で、拓斗と秋也は入ってね」  それから、他の人が入らないよう見張ってて、などという始末だ。  小さい頃から変わらず、玲は二人にとっての王子様だ。  王子様の命令なら、聞かないわけにはいかない。  仕方なく、拓斗と秋也は黙って玲が湯から戻る時を待った。  そして、すぐに後悔した。 「玲ってさ、長風呂だったよな」 「たっぷり1時間は、上がって来ないだろう」 「なぁ、秋也……」 「それ以上、泣き言は吐くな」  湿度のやたら高い脱衣所で、二人はサウナに入っているような心地で玲を待った。 「露天風呂、素敵だったよ~!」  そして、玲がようやく上がってきた頃には、すでにチェックインの時刻になっていたのだ。  疲れきった拓斗と秋也は、温泉には入らずそのまま部屋へ向かった。 「夕食まで、時間があるな。どっか、出掛けようぜ」 「ダメだよ。秋也を一人置いて、遊びに行けないよ!」  そう言う玲は、寝ている秋也の背中を撫でたり、お茶を用意したりと、かいがいしい。 「玲、俺はいいから。拓斗と一緒に、どこか観光へ行ってこい」 「ううん! 秋也の介抱してあげるから、安心して休んでよ」  いや、今はお前がいない方が気が休まるのだが、とは言えない秋也。 (拓斗、なんとか玲を連れ出せないか……?) (悪ぃけど、無理だ。これは修行と思って、耐えてくれ)  そして拓斗は、散歩と称して旅館の外へ出た。 「あの調子なら、明日の観光ルートも期待できそうにないな……」  心地よい風を受けながらも、拓斗は難しく考え込んだ。  玲ががんばって、自力で旅行の計画を立てた。  それは奇跡に近いし、褒めてやれる。 「だけど、その内容が問題だな」  さっきのように、移動手段の交通費や、どれだけの時間を要するかを知らないで、行き先を決めているだろう。 「ここは、お寺が多い土地柄みたいだな」  拓斗は、さらに観光ガイドセンターで情報を収集してみた。  お勧めコースは、ほとんど寺巡りだ。 「落ち着いた雰囲気が好きな秋也には、寺巡りも楽しいかな?」  賑やかさを求める拓斗には、少々物足りない。  それでも、明日の計画を頭に叩き込み、拓斗は旅館へと戻った。 「帰ったぜぇ……って、何だ秋也の野郎!」  拓斗が部屋に戻ってみると、秋也が玲を抱き込んで横になっているではないか。  拓斗は、秋也を思いっきり蹴り上げた。 「ぐあッ!」 「てめぇ! 具合が悪いんじゃねぇのかよ!?」 「拓斗! 秋也がようやく眠ってたところだったのに!」 「寝たのか、お前ら!? 俺が苦労してる間に!」 「眠りはしたが、寝てはいない! 誤解だ!」  拓斗と秋也が言い争いをする中、玲はきょろんとした目を向けてきた。 「苦労って? 拓斗、お散歩に行ったんだよね。何かあった?」  う、と拓斗は返答に詰まった。  玲の代わりに観光プランを練ってました、と言えば彼は傷つくだろう。  今回は、すっかりリーダー気分でいるのだから。 「いや、まぁ、ね。慣れない土地で迷子になったり、とかな」 「拓斗も意外とドジなんだね~」  明日は僕がちゃんと案内するから安心してね、と胸を張る玲だが、誰よりドジッ子な彼には無理な話だろう。  さりげなく誘導せねば、と普通の旅行より気を遣う心地を、拓斗は味わっていた。    さっそく夕食なんだけど、とドジッ子・玲が振ってきた。 「旅館に頼めばルームサービスで、名物料理を運んできてくれるんだって」  それはいい、と拓斗はようやく玲に感心した。  だがしかし。 「でもね、その時に何が食べたくなるか解からないよね。だから、お断りしといた」 「何ィ!?」  せっかくディナーの心配は片付いたと、胸を撫で下ろしたのに!  結局、食欲のない秋也に付き合って、旅館の中の和食料理店で雑炊を食べた。 「明日のディナーは奮発して、お寿司をご馳走するからね!」  玲の心はすでに明日のディナーに飛んでいる。 「やったね! 俺、たくさん食うぞぉ!」  そんな風に、拓斗は玲の話に乗ってみせたが、心の中では頭を抱えていた。 (その間にある朝食と昼食は、完全に抜けてるじゃねぇか!)  とりあえず、朝食バイキングの手続きをフロントで済ませ、やれやれと首をまわした。  夕食を済ませて部屋へ戻ってみると、気の早いことにすでに寝具が準備してある。 「わ~い! お布団なんて、久しぶり~!」  畳の上の布団に、玲はころころと転がってはしゃいでいる。 「よし。じゃあ寝るか!」  先ほど秋也がやっていたように、拓斗は玲を抱き込んだ。 「ダメッ! 二人とも、ちゃんと露天風呂に入ってきてよ!」  僕ももう一度入りたい、との声を必死でなだめ、拓斗と秋也は大浴場へ向かった。  感想を訊かれた時に困らないように、大浴場内を通り抜けた場所にある露天風呂にも、一応入ってみた。 「なぁ、秋也……」 「それ以上、泣き言は吐くな」  熱い。  湯が、煮えたぎるほど熱い。  早々に湯から上がり、ふらふらしながら部屋へ戻ると、玲はのんびり冷酒を傾けている。 「冷蔵庫に、飲み物がたくさん入ってたよ! これも旅館のおもてなしだよね。サービスいいな!」 (いや違うぞ!) (それは別料金だ!)  しかし正直に言えば、今回の費用は全て自分が持つと豪語している玲が、気まずくなる。  だから、拓斗も秋也も黙っていた。  それでも、酔った玲は色っぽい。  この後のベッドタイム……いや、フトンタイムに胸を高鳴らせながら、拓斗と秋也も軽く一杯やった。  一杯やっていたら、玲はいつのまにか眠ってしまっていた。 「おい! これからが、お楽しみの時間だろ!?」 「起こすな。可哀想だ」 「だけどよぅ」 「彼なりに気を遣って、疲れたんだろう」  秋也は、いたわるような眼差しを玲に向けている。  拓斗は諦め、溜息をついた。 「お前、あれだけひどい目に遭っておきながら、凄い奴だな」 「今はもう治ったから、いいんだ」 「一応、胃薬飲んどけよ」  拓斗もまた秋也をいたわり、その夜は三人で川の字になって、おとなしく寝た。 「どうして、こんなことになっちゃったんだろう……」  浴衣姿の玲は、誰に言うでもなくつぶやいた。  夜が明けた、12畳の和室。  秋也はストレッチをして体をほぐし、拓斗は酒の入った湯飲みを手の中でいじりまわしている。  ストレッチを中断し、秋也は玲に応えた。 「さすがに、天気には勝てないからな。仕方ない」  それが玲に気を遣っての返事だとは、拓斗にも充分解かっていた。  窓の外はどんよりと曇り、絶え間なく吹き続ける強風が木々を揺らし電線を鳴かせる。  横殴りの雨は先ほどより粒が大きくなったのか、ばらばらと強い音を立てている。  台風。  久々の三人旅行は、この忌々しい気象のせいで、すっかり予定を狂わされていた。  しょんぼりと、玲は手にした観光パンフレットを開いた。  そこには美しい情景が、その魅力が、これでもかとばかり写真入りで紹介されている。  本来なら、ここを楽しく巡るはずだったのだ。 「まぁ観光もいいけど、こうやってのんびり過ごすのも悪くねぇよ?」  拓斗はそう言うが、朝食を済ませて部屋に戻っても、何もやることが無い。  玲は自分が計画した旅行なだけに、他の二人より肩身の狭い思いをしていた。  それは、拓斗と秋也の二人にも、ひしひしと伝わってくる。  気まずい空気が流れる中、部屋のドアがノックされた。 「はい、すみませんねぇ」  旅館のスタッフが、やたらお辞儀をしながら入ってきた。 「せっかく来てくださったのに、台風だなんてねぇ。危険ですので、雨戸を閉めさせていただきますね」  スタッフはアルミサッシの引き戸の陰から、手品のように建具をするすると出してきた。  あれよあれよという間に、外に拡がる美しい庭園は雨戸のために隠されてしまった。  おまけに、室内はまるで夜のように真っ暗になってしまった。 「はい、すみませんねぇ」  スタッフはやはりお辞儀をしながら電燈をつけて、ごゆっくり、と言い残し出て行った。  ごゆっくり、と言われても。 「昼間っから、こんな真っ暗なんて! ヤだ!」  玲は、せっかく閉められた雨戸を、ガタガタ言わせながら動かし始めた。  観光もできません、せっかくの庭園も観られません。  それでは、一体なんのためにここまで来たのやら。 「おい、せっかく閉めてくれたのに」 「勝手に動かすと、叱られるぞ」 「いや……待てよ」  拓斗が湯呑みをかたんと座卓へ置き、秋也の方をバッと振り向いた。 「秋也! 布団だ!」  秋也も拓斗の表情に、ハッとした。 「承知した!」  勝手に動かすと叱られる、と言ったはずなのに、秋也は勝手に押入れを開け、片付けられた布団を引きずり出した。  拓斗も手伝い、三人分の寝具があっという間に準備された。 「そんなぁ。せっかく旅行に来たのに、お昼寝?」 「へっへっへ。昼寝っつっても、ただの昼寝じゃねぇよ~」  拓斗はそう言いながら、キャリーバッグの中からローションを取り出して掲げて見せた。 「ちょ、ヤだよ」  秋也はとまどう玲の腕をつかみ、布団の方へとぐいぐい引っ張ってくる。 「こんな明るい日なかから……」  雨戸を開けた室内は、雨降りとはいえそれなりに明るいのだ。 「暗ければ、いいのか!?」 「暗ければ、ヤるんだな!?」  二人同時に、凄まれた。  昨夜はおあずけを喰らっている二人の目は、何だか怖い。 「答えろっ!」 「いいんだな、玲!」 「う、まぁ……うん」 「雨戸を閉めてくる」  玲のくぐもった返事に、秋也が光速の勢いで雨戸を閉めた。  拓斗はすぐに電燈を消し、室内は深い闇に包まれた。  目が慣れないうちは、どこもかしこも真っ暗だ。  おろおろする玲の体に、見えない場所から腕が4本伸びてきた。    さわさわと肌に触れてくる指先に、玲はぎゅうと目を閉じた。 (二人とも、きっと怒ってるんだ)  せっかくの旅行が、台無し。  それは、せっかくの連休が台無し、ということに他ならない。  三連休なんて、めったに取れないのに。  それなのに、何もできずに過ごす羽目になろうとは。  二人とも、きっと怒って無茶なプレイを強要してくるに違いない。 (でも、それでも仕方がないよね……)  玲は、諦めた。  せめて、この体で償おうと思った。  しかし、見えない拓斗と秋也は、ただ静かにその指先で、手のひらで玲の体を撫でてきた。  髪を撫で、そっとキスをし、頬を抱く。 (どうしたんだろう。何だか、ドキドキしてくる)  逆に、いつもより扱いが丁寧だ。  暗くて見えないからだろうか。  いや、それを除いたとしても、優しく優しく触れてくる。 「拓斗?」 「ぅん」 「秋也?」 「どうした」  声色も、柔らかい。  怒っている風ではない。  怒りを通り越して、呆れているんだろうか。  それはそれで、悲しい話だ。  ぽろり、と涙がこぼれた。  泣くまいと口を押えたが、嗚咽が漏れてくる。 「おい、泣くな。どうしちゃったんだよ」 「うぅ。僕のせいで……台風で……」 「観光ができねえ、ってか?」  ちゅ、と軽いキスが、不意打ちで落とされた。 「気にするな。観光では作れない思い出ができる」  こり、と耳たぶを、不意打ちで噛まれた。 (あぁ、二人とも、優しすぎるよ!)  せっかく恩返ししようと思ったのに、これではまた二人に甘えてしまう。  ぽろぽろとこぼれる涙が、舌ですくわれる。  泣き声が漏れないように、唇で塞がれる。  暗闇に、柔らかな明かりが灯った心地だった。 「布団で、ってぇのはなかなかソソるな!」 「浴衣も、たまらん!」  旅館に泊まったかいがあった、と拓斗と秋也が笑う。  ただ優しく、くすくす笑いながら、指先で、舌先で、不意を打っては玲の敏感な部分を責めてくる。 「ね、お願い。明かり、付けてよ」 「何でだよ。暗い方がいいんだろ?」 「でも、何にも見えないのは、あんッ!」  いきなり乳首を舐め上げられた。  これは秋也か、それとも拓斗か。  それすらも解からない。  背後から髪に顔を埋めながら、首筋を指先でなぞる。  玲の浴衣の襟足を大きく開いて、ふぅと息をかけてくる。 (この指の感じは、たぶん秋也だ)  胸元はすっかりはだけられて、その小さな乳頭をくりくりと可愛がられていた。  触れるか触れないかくらいで唇を寄せ、そっと舌先で掘り起こす。 (この器用さは、きっと拓斗だ)  見えない中での甘い愛撫は、いつもより玲をぞくぞく震えさせていた。  普段より興奮しているのは、拓斗や秋也も同じだ。  見えない分、玲の香りが鼻腔に甘く、しっとりとした肌触りは手に吸い付いてくるようだ。  少しずつ、わずかずつ乱れていく吐息に、悶えて聞こえる衣擦れの音。 「どう? 気持ち、い?」 「感じてるか?」 「うん……」  玲の声は小さかったが、拓斗と秋也の耳に、しっかりと届いた。 (よかったな) (もう、泣いてはいないようだ)  代わりに、密やかな声が漏れるようになってきた。  喘ぎに、小さな嬌声が混じるようになってきた。  それでは、と二人の男は、本格的に玲を抱きにかかった。 「あ、やっ……」  ぴくん、と玲は跳ねた。  脇の柔肌を、そっと舌先で舐められたのだ。  くすぐったさの中に、快感が泡だってくる。 「んッ!」  そうかと思えば、内股の付け根を緩く吸われた。  性器近くの肌は、敏感に悦楽を欲してくる。 「あぁ……やぁ……もぅ……ッ」  弱いところを舐められ、緩く吸われ続ける。  次に、何が来るか解からない。  だが、確実に気持ち悦さがもたらされてくる。  どきどきと、胸が高鳴る。  刺激の予感に、ぞくぞくする。  時々、浴衣をずらそうと力が入れられている感覚がした。  玲は、それを拒もうとはしない。  逆に体を浮かせて、自ら素肌をさらしていった。  玲の浴衣はすっかり前をはだけられ、美しい両の脚もむき出しになった。  その上、拓斗と秋也に体を撫でられ続けている。  撫でながら、浴衣をずらして剥いでいるのだ。  とうとう玲の体と浴衣を繋いでいるのは、腰にまわした帯だけになってしまった。  震える玲に、上ずった拓斗の声が響いた。 「今、すっげぇエッチな格好してんだぜ、お前」 「嘘だ。こんなに暗いのに、見えるわけない……」  さらに、欲情を抑えた秋也の声が届いた。 「見えなくても、解る」 「ヤだぁ……」  帯、解くぞ、と再び拓斗の声が聞こえた。  二人がかりで剥かれ、玲は暗闇の中で生まれたばかりの姿になった。  前と後ろから、二人の男の太い腕がまわされてくる。  浴衣をはだけた男の胸が、素肌に熱く触れてくる。  玲は吐息を漏らし、さらなる責めに期待を込めた。  横向きに寝ている玲の片足を掲げて、拓斗はその性器を静かに撫でていた。  時折舌を伸ばして、先端の割れ目にねじ込むと、浮いた露の味がする。 「んぅ……あんッ! やぁッ……」  そのたびに、玲は声をあげ、身を震わせる。  闇の中、見えない顔。  見えない体。  それでもこんなに欲情するのは、なぜだろう。  玲の最大の武器であるその美貌は、ここには全く存在しないのに。 (結局、ハートだよなぁ)  改めて、拓斗はそう感じていた。  綺麗なだけなら、男に惚れたりしない。  愛情を込めて、抱きもしない。  玲の、そのピュアな心に惹かれているのだ。  恩返し、と殊勝な気持ちで臨む癖に、俺を、俺たちを困らせてしまう。  振り回されても、結局は世話を焼いてしまう、玲の魅力。 「好きだ、玲」  そう言うと、びくんと震えてまた蜜を漏らした。  こんな素直なところも大好きだ。    水音を立てながら、秋也は玲の後ろを慣らしていた。  玲の内壁が、秋也の指を締め付け、絡みついてくる。  美しいその姿と対照的な、淫らな体。  純粋なその精神と対照的な、性への貪欲さ。  指を呑み込んだ玲の腰は、緩やかに波打っている。 「あっ、はぁ、あぁ……」  甘い嬌声に、脳がかき回される。  いつもお世話になっているから、と言いながら、結局また世話を掛けてしまう愛らしさ。  暗闇の中でも、俺を、俺たちを捕らえて離さないその魅力。 「愛してるぞ」  そっと耳元で囁くと、玲は、もうたまらないと言った風に身悶えた。 「だめ……もう、ダメ……。お願いぃ……」  玲が、とうとう降参しておねだりをした。  秋也には、拓斗のニヤケ顔が目に見えるようだった。  ごそり、と体が動く音が聞こえる。 「おい、上に乗れ」  その言葉に、秋也は玲から指を抜いて自由にしてやった。  すると、仰向けになった拓斗に、騎乗位でまたがる彼の影がかすかに見えた。 「……っふ、ぅん。あぁあん……」  切ない声とともに濡れた音が鳴り、どうやら拓斗のものが玲に挿れられたようだ。  秋也は玲の背後からその胸の乳首をいじり、背筋を舐めあげ、さらに彼の体を昂ぶらせていった。  下から突き上げられる、拓斗の腰。  玲はそれに合わせて、何とか自分でも動こうと頑張った。  しかし、その上秋也が体を弄ってくるのだ。  快感の波に呑まれて、玲の動きは留まり気味だ。  3人ですっかり熱くなってきたところで、下から突き上げる拓斗が玲を抱きかかえた。  後ろの秋也に、二人が繋がっている様子が、丸見えだ。 「やッ、嫌ッ! 恥ずかしいぃ!」 「おい、見えるか?」 「うん。わずかに、だな。残念だ」  見えない分は、触れて確認すればいい。  秋也は滑らかな玲の双丘を撫でまわし、その中心の最も柔らかい部分を確かめた。 「挿れるぞ」  秋也の声が、興奮しているのが解かる。  目が見えない分、耳が、肌が、嗅覚が敏感になっている。  秋也が肌に触れる。  ぐ、ぐ、ぐぐッ、と狭い内に押し入ってくる。 「あッ、あぁ、あぁああ!」  背を、喉を反らせて玲は啼いた。  腰が穿たれ、拓斗と秋也のものが体内で擦れ合う。  彼らが動くたびに、後膣がどんどん広がっていく心地を感じる。 「二本も咥えやがって。ホント可愛いよなぁ、お前」 「痛くないか。平気か」  口では綺麗なことを言いながら、獣の勢いで激しく突き上げてくる。  玲は、はぁはぁと激しく息を吐いていた。  こらえきれない昂ぶり。  喉をついて出る嬌声。  後膣の奥がじんわりと、そして、どんどん熱くなっていく。  瞬間、うねるような波が押し寄せ、玲から精がほとばしった。 「んッあ! やッあぁ!」  思いきり吐き出し、玲の体から力が抜けていく。  だが、その脱力を赦さず、二人の男はまだ突いてくる。  ローションと精の混じった水音と、肌に叩きつけられる肉の音。  目が使えない分、聴覚で震えるような欲情が高まっていく。 「俺、そろそろ出そう。秋也、どうよ?」 「俺もだ。同時に出るかな」  玲は、ぞくりとした。 (あぁ、早く出してもらいたい……!)  この体の中を、いっぱいに満たしてもらいたい。  ほどなくして、その望みはかなえられた。 「出すぞ、玲!」 「いいか? いいな?」 「はッ、ハッ、あぁ! んあぁああ!」  熱い精液が、体内にもたらされる。  まるで全身に巡るかのような、勢いと量だ。  そのまま緩く腰をやった後、二人のものは玲の中から去っていった。  玲は乱れる息を整えながら、手探りで二人のペニスを探した。  精にまみれたそれを、玲は交互に舐めた。  舐めて、きれいにしてあげるつもりだったのだ。  しかし、そうするうちに、拓斗のペニスは再び硬くなる。  秋也の性器は、勃ちあがってくる。 「なぁ、まだ欲しい?」 「時間は、たっぷりあるぞ」 「回りくどいなぁ、もう……」  欲しいのは、拓斗の方。  たっぷり時間を使いたいのは、秋也の方。  玲の指摘に、男二人は照れ笑いだ。 「まいったな」 「お見通しだな」  こんな駆け引きは、もうお終い。  拓斗と秋也は、玲の頬に、額に、そして唇にキスをした。 「むぐ。だ、ダメだよ! 口、汚れてるから!」 「構わねぇよ」 「元は、俺たちの体から出たものだ」  二人は、精で汚れた玲の唇を、咥内を、清めた。 「これで、いっか?」 「もう一度、いいか?」 「……いいよ。もう一度でも、二度でも、三度でも!」  暗闇の中で、拓斗と秋也はにっこり微笑んだ。  目には見えないが、玲も笑っているのだろう。 「すみませんねぇ。台風で船が漁に出られないんで、ネタがあまりないんですよ」 「えぇ!?」  ディナーは寿司をご馳走する、と張り切っていた玲だったが、それすらかなわないのだ。  落ち込む彼だったが、大将の声は威勢がいい。 「巻き寿司や玉子なら、たくさん出せますよ!」 「それでいいぜ!」 「充分なご馳走だ」  拓斗と秋也は、魚の乗っていない寿司を喜んで食べた。 (なんたって、玲のおごりだぜ) (どんな高級魚より、美味い) 「こりゃあ、いい味だ」 「ガリも、しっかり漬けてある」  彼らの様子に、沈んでいた玲は次第に元気をとりもどしていった。 「いなり寿司、甘くておいしいよ」 「へぇ。俺にもくれよ」 「この地方のお稲荷さんは、三角なのか」  要は、旅先で寿司を食べた、ということだ。  三人は、寿司ディナーを大いに楽しんだ。 「まな板の上の鯉は、今夜また食べられるよな、秋也」 「世界一旨い魚だ。楽しみだな」 「や、やめてよ! 人前で!」  玲は、頬を染めた。  昼間はエッチして。  そして、温泉に浸かって。  それから、お酒をちょっぴり飲んで。  そしてまた、エッチして……この繰り返しだったのだ。 (夜もまた、って。うぅ……ッ) 「旅行に来てまで、いつもと思じじじゃん!」  疼く体をごまかすために、玲は唇を尖らせてみせた。 「いや、布団はベッドと違うだろ。スプリングが入ってないから、体に刺激が直に伝わるぞ」 「奥まで挿れられる時、しっかりした強い圧がかかってくるだろう」  旅館でしか味わえない、快感だ。 「だ、だから人前で、そんな……」  恥じらいで黙ってしまった玲の様子を伺い、拓斗と秋也はにんまり笑った。  これなら、夜も楽しめそうだ。 「あぁ、ここはいい旅館、いい寿司屋だねぇ」 「俺も気に入った」 「御三方とも、仲がいいね! これは、サービスしとくよ!」  寿司屋の大将は喜んで、特別にサラダの軍艦巻きを出してくれた。  有意義な三連休だった、と3人はその思い出を噛みしめつつ、マンションへ帰った。  女と出かけても、これほど存分には楽しめなかっただろう。  キッズ・キャンプの引率をしても、これほど耽美な時間は過ごせなかったはずだ。  こんな風に、拓斗と秋也は玲に感謝していたが、ひとつだけ釘を刺した。 「お前、今度から旅行へ行こうって思った時は、ちゃんと俺たちに相談しろよ?」 「3人で知恵を出し合えば、もっと楽しめるぞ」 「うん」  素直にうなずきながらも、玲は旅行誌を隠し持っている。 (今度は、グルメ旅行したいな!)  こっそりと、すでに計画を考え始めているのだ。  3人での旅行は、すごく楽しかった。  こんな楽しい事は、何度あっても嬉しいはず。 (それに二人とも、すっごく優しかったし!)  あんな素敵なひとときを、また味わいたい。  玲の罪のない野望は、拓斗と秋也の知らない間に、どんどん膨らんでいく。  海へ行きたいな。  バカンス気分で、のんびり過ごすんだ。 (そして、ゆるやかな時間の中で、蕩けるようなエッチも……)  ふふふ、と微笑みながら、玲は次の旅行を夢見ていた。

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