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僕としては抱きしめてあげたんだよ!

「そうか……。貴方達は、そういう関係だったのだな……」  オーロの声は、とても苦々しく聞こえた。  しん、と静かになった部屋には、屋敷のあちこちで壊されたものを片付けているようなガチャガチャとした音が小さく聞こえてくる。  そういえば物置から部屋までの道も、あちこちで花瓶や窓枠が壊されていた。  ビリデクトは、どうしてそんな事をさせるんだろう。  そんな事をして、何の意味があるというんだろう。  じわじわと怒りが戻ってきた胸が息苦しくなってきて、僕は深く息をする。  ベッドに腰掛けていた僕の前に、オーロが跪いた。 「え……?」  突然の事に戸惑う僕の手を、オーロがそっとすくい上げる。  僕の手の甲は、オーロの額にそっと当てられた。  こんな事が、確か前にもあったはずだ。  あれは何の時だったっけ……。 「リョクト……、私は貴方に謝らねばならない事がある」  俯いたままそう告げたオーロの声は、酷く苦しげだった。  そうだ、これはオーロが僕に許しを乞う仕草だ。 「互いに支え合っていた貴方達兄弟の仲を裂いたのは、……私だ」 「…………え……」 「本当に……申し訳ない事をしたと、痛烈に、猛省している……」 「どういう事ですか……」  オーロの話を聞いて初めて、僕はあの日の会話が不自然なほどはっきりと聞き取れた理由を知った。  あまりの衝撃に、息が止まった。 「私は自分勝手な欲に駆られて貴方達を不幸にした。どれほど謝罪しても許されることではないと、分かっている……」  オーロが……この人が、わざと僕達を仲違いさせたって……?  それは……。 「どうして、ですか……?」  ヒュ、とようやく吸えた息が、急激に湧き上がる感情についていけない。 「どうして! そんなことをしようと思ったんですかっ!?」  僕は思い切り叫んでいた。  乱暴に声を荒げたせいで、喉がピリッと痛んだ。  ああ違う。  そうじゃない。  僕が怒っているのは、本当に憤っているのはオーロにじゃなくて。  それくらいのことでジョシュア様を信じられなくなってしまった自分だとか。  そんなジョシュア様に乱暴なことをするビリデクトだとか。  そんな風に苦しんでいたジョシュア様にずっと気づかなかった自分だとか。  僕が許せないのは主に自分自身で、オーロじゃないのに!! 「私が……貴方に、もう一度触れたかった……」  オーロが、まるで許されない事のように告げたのは、今まさに行われている行為だった。  それに気づいたのか、オーロは僕の手をそっと離すと、ジリっとそのままの姿勢で後ろに下がる。 「……申し開きようもない……」  僕に触れたかった……?  オーロが、どうして……?  オーロはあの屋敷で庭師をしていたと言ったけど、それまで僕が庭師の人に触れられたことなんて、一度でもあっただろうか……? 「私は、生涯をかけてこの罪を償うと誓う」  決意の籠った声が、静かに、けれどハッキリとそう宣言する。  今のは、オーロの人生をかけた誓いだったんだ、と僕の心が理解する。  ずっと俯いていたオーロが、顔を上げた。  金色のひとつきりの瞳が、僕をまっすぐ射抜く。 「だからどうか、私と竜の里に来てくれないだろうか。あそこならばあの貴族長男の手も届かない。あの貴族次男……ジョシュアの願いも叶える事ができる」  あ。いつもあの男とかあの次男とか呼んでいたオーロが、今初めてジョシュア様のことを名前で呼んだ。 「私の全てをかけて、必ずリョクトを幸せにする」  金色の瞳が、強い覚悟と祈りを乗せて、じっと僕を見つめ続けている。  まるで僕だけしか見えないみたいに、その瞳はまるで揺らがない。  どうしてオーロはいつもそんなことを言うんだろう。 「……オーロさんが僕を幸せにする必要は、どこにもありませんよ。ジョシュア様を信じられなかったのは僕で、僕を騙していたのはジョシュア様です。オーロさんが何もしなくても、いずれはこうなっていたんだと、思います……」  口にしてしまったら、その事実はストンと自分の中で収まるべきところに収まった。  あの時あんな会話を聞かなければ……なんて、偶然のせいにしていたけれど、違う。  あれはただのきっかけだった。  どうして中庭にすら出してくれないんだろう。  どうして話し相手のひとりも寄越してくれないんだろう。  どうして屋敷の人達はあれほど書類や本を持ってうろうろしているのに、僕には絵本の一冊も見せてくれないんだろう。  ジョシュア様なら、やろうと思えばできるはずなのに。  僕はずっと、そう思っていたんだ。  それなのに、ジョシュア様に嫌われたくないばかりに、ジョシュア様の前では聞き分けの良いフリをして、不満を全部飲み込んで……。  だから、あんな些細なきっかけで、爆発してしまったんだ。  ジョシュア様への不信感が。  何の行動も起こさないで、ただただ我慢ばかりしていた僕に比べたら、オーロの方がずっとすごい。  僕のことだけ考えて、ずっと僕を追いかけてきたなんて、すごい行動力だ。  もしかしてオーロって、僕の魔力のファンなんだろうか……?  あ、これが追っかけってやつなのか……?  一目見たくて撮影現場まで来ちゃった、みたいな、そういうファン心理……?  なんだか苦い顔をしているオーロに、僕は質問した。 「あの……、オーロさんは、僕の魔力が好きなんですか……?」  オーロは答えに悩むように小さく金色の瞳を揺らしてから、口を開く。 「リョクトの魔力はとても好みだ。しかしその問いが、私が貴方の魔力のみに執心しているのかという意図ならば、それは違うと答えたい」  ……? 「私は貴方を、心から愛している」 「あ、あい……!?」 「私は、幼い頃から常に冷静であるよう育てられた。リョクトに出会うまで、私は自分の感情も行動も、十分制御出来ていたつもりだった」  た、確かに普段のオーロは物静かで、なんでもできてスマートだよな……?  僕の前でもそうだと思うけど……? 「貴方を知ってから私は、周りが見えなくなるほどの、冷静な判断が下せなくなるほどの激情が自分にもあったのだと、初めて知った」  オーロがゆらりと立ち上がる。  僕より三十センチ近く高い身長に、僕はオーロをぐっと見上げることになる。 「私は自分の立場も忘れて、貴方を手にする事だけを願ってしまった。リョクトさえいれば他には何もいらないと、本気で思ってしまうほどに……」  オーロが僕に一歩近付いて、僕の手をまた取った。  僕の顔色をうかがうように何度も僕の様子を見ながら、そっと取った手をひっくり返す。  今度は手の甲じゃなくて掌に、また額を寄せられるのかなと思っていると、オーロは僕の掌に唇を当てた。 「な……、ぇ……? なん……っ!?」  思わず動揺が口から溢れる。  毎日ご飯の時にはペロペロ舐められてるのに。  不意打ちだからか、慌ててしまった。  いや違う、慌ててしまったのは、今僕が口説かれているからか。  え……?  本当に……?  僕って今、オーロに口説かれてる……??  少し屈んでいるオーロは、僕の掌を口元に寄せたまま、僕の顔をじっと見つめた。  僕とちょうどまっすぐ目が合うくらいの高さで。  金色のひとつだけの瞳は、なんだか今にも泣き出しそうに見えた。 「私にはどうしてもリョクトが必要なんだ。貴方がいなければ、生きていけない……」  いつも凛々しくハッキリと喋るオーロの声が、弱々しく震えていて、僕は思わずオーロの大きな体を抱きしめた。  いや、体格が違い過ぎるので、僕の方が抱きついたような形になってしまったけど、僕としては抱きしめてあげたんだよ! 「リョクト……」  オーロが一瞬遅れて僕の体を大事そうに抱き込む。  そうっと、でもぴったりと包み込んでくる腕がちょうど良くフィットして気持ちいい。  オーロは僕よりも体温が低い。  ちょっとひんやりしたオーロの胸に、泣き腫らした顔を押し付ける。  考え過ぎて熱くなっていた頭も、オーロの告白に今更赤くなってきた顔も、全部オーロに預けたら、なんだか急にホッとしてしまった。  安心した途端に膝が崩れた僕を、オーロは優しく支えてベッドに寝かせてくれた。  ふかふかの布団が気持ちいい。  オーロがしっかり掛け布団をかけてくれているのが分かる。  ああ、ダメだ、もう目が開かない……。  竜の里に行くかどうかとか、オーロに返事をしなきゃとか、ジョシュア様のお手紙の返事だとか、まだ手をつけてないことが沢山あるのに……。 「ん……まだ……」  言葉もうまく紡げない僕に、オーロはいつもの落ち着いた低い声で優しく声をかけてくれた。 「今はゆっくり眠ったらいい。ジョシュアへの返事は旅の中で御者か侍従に持たせればいいし、私への返事はいつでも構わない。いつまでも待つ」  ああ、そっか、まだ時間はあるんだ……。  よかった……。  ……でも、いつまでもって……。  オーロは僕が返事をするまで、いつまでも……。  ……僕のそばで……待っててくれる、つもり……なのか……?

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