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じゃあ一緒に行こう

 ガシャーンとかパリーンという、何かが割れる音が聞こえた。  それは一つじゃなくて、そこに女の人の悲鳴と、エトさんや家令のワドナーさんの声もして、僕はハッと目を覚ました。  目を覚ました時には、僕の体はオーロに抱き抱えられていた。  何事かと尋ねようとした僕が口を開くより早く、オーロが説明する。 「夜襲のようだ。声を出さないでいてほしい」  僕は喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、頷く。  夜襲だなんて、……こんな大きなお屋敷に……?  カーテンのかかった窓の外はまだ真っ暗だ。  玄関口の方で言い合うような声が響いて、緊張と不安で心臓がバクバクしてくる。  この嫌な怒鳴り声は、昨日も聞いた……ビリデクトの声だ!!  どうしてだよ!?  お屋敷に帰ったんじゃなかったのか!? 「異界人の男を出せ! ここにいるのは分かってるんだ!」  ビリデクトの言葉に僕が肩を揺らすと、オーロが「窓から逃げる、私に捕まっていてくれ」と囁いた。  僕は慌ててオーロの太い首に両手で抱きつく。  オーロが玄関とは反対側の窓を開ける。 「出てこなきゃ、屋敷の奴らを皆殺しにする!!」  はっきり聞こえてしまった声に、僕は耳を疑った。 「は……?」 「静かに」  オーロが咎めるような声を出して、僕の口を塞ごうとする。 「ダメだよそんなの!」  僕はオーロの手を避けて、叫んだ。 「リョクト!」 「オーロが僕を助けるために屋敷の皆を見殺しにするなら、僕はオーロと一緒にはいられない!」  僕を止めようとする金の瞳を睨んで、敬語も忘れて言い返す。  はっきり言わなきゃ、僕はこの人に力では敵わない。  オーロは僕の言葉に、絶望のようなものを滲ませた。 「ハハハッ、いるじゃないか。早く出てこい! モタモタしてるとひとりずつ殺していくぞ!」  僕の声が聞こえたらしいビリデクトが、弾んだ声で僕を脅す。 「屋敷の人をひとりでも傷つけたら、僕は行きません! 僕が行くまでそのまま待っていてください!」  僕はなるべく大きな声ではっきり宣言する。 「私に指図するとは何様のつもりだ! 百数えても出てこなければ、ひとりずつ殺してゆくぞ!」  僕がすぐには出られない場所にいると思ったのか、ビリデクトは尊大な態度はそのままに主導権を主張しつつも譲歩した。 「オーロは逃げて」 「無理だ」 「どうして……」  言いかけて、僕は昨夜の言葉を思い出した。  オーロは言った。  僕がいないと生きていけないと。 「でも、オーロは族長になるんだろ」  はっきりとは言わなかったけど、ヴェルデとの会話からして、オーロも同じような立場なんだと思っていた。 「だが無理だ。リョクトと離れたら、私の心が死んでしまう」  心が死ぬと言われて、僕はなんとなく納得した。  あの屋敷で、僕の心はほとんど死んでいた。  そんな状態で生きていても、きっとオーロにとって意味はないんだろう。  それじゃあしょうがないか。 「分かった。じゃあ一緒に行こう」  僕の言葉に、オーロは金色の瞳を煌めかせて、力強く頷いた。  ビリデクトは僕を殺す気がないみたいだから、オーロを殺せば僕も死ぬって言えば、オーロも殺されることはないだろう。  僕ひとりでは捕まったら逃げ出せそうにないけど、オーロがいてくれれば逃げることだってできる気がする。  僕は一縷の望みにかけることにした。  広い玄関ホールには、屋敷の人達が縄で縛られた状態で何人も転がされていた。 「おい、まだか!」  言葉と共に、バシッと何かが床を叩く。  叩かれた床の近くに転がされていたメイドさんが小さく悲鳴を上げた。  ビリデクトの手には棒状の物が握られていた。  かなり長いけど、あれは鞭なんだろうか。  刀ほどの長さの物で、ビリデクトは苛立ちの声と共にバシバシと床を叩きまわっている。  それも、わざわざ人の近くで。  まるで子どもの癇癪だ。  こんなに心の幼い人が、どうしてジョシュア様より大きな顔をしているんだ。 「お待たせしました」  僕が言うと、ハッと皆がこちらを見た。  オーロがあまりに足音を立てずに走るから、全然気付かれていなかったようだ。  僕は結局あのままオーロに抱えられていた。  僕が走るより速いからと言われて、僕は頷くしかなかったんだよな。 「あいつを殺そうか」  オーロがそっと僕に耳打ちする。  え、待って、流石に殺すのはダメだって。  いや、それって、オーロならやろうと思えばできるって事……?  オーロは強いなぁ……。 「それは最終手段にとっておいて」  ビリデクトのすぐ後ろには幼稚園児くらいの男の子と、それよりも小さな女の子を無造作に掴んだ兵士が立っている。  その子達が涙ながらに「お母さん」と手を伸ばして繰り返し呼んでいる先には、見覚えのあるメイド服の女性が傷だらけで転がっていた。  彼女は洗濯場にいる事が多く、外で会うと僕によく声をかけてくれていた人だ。  昨日の午前中にもポケットからお菓子をひとつ取り出して「うちの子はこれが大好きなんです」なんて言って僕にもひとつお裾分けしてくれたんだ。  笑顔の優しい人だったのに、今は涙に濡れて口端や頬にも血が滲んでいる痛々しい顔で、それでも僕に「……申し訳……ございません……」と謝った。  そうか、子どもを盾に取られて脅されてしまったのか……。 「大丈夫ですよ」  僕は精一杯の笑顔で答える。  根拠はないけど。  彼女を責める気は僕にはない。 「竜はどうした! 一緒にいたのではないのか!?」  急に怒鳴りつけられて、僕の少し前に鞭が振り下ろされる。  バシンと響く炸裂音に、体がびくりと竦む。  思わず思考停止しそうになる脳みそに、僕は喝を入れる。  こんな威圧をジョシュア様はずっと浴びていたのか。 「竜は昨日飛び立ちました」 「どこへ行った!」  バシンとまた音が響く。  この人はこれを叩きながらじゃないと話せないのか。 「わかりません」  僕に答える気がないと思ったのか、ビリデクトは傷だらけのメイドさんの方に矛先を向けた。 「竜はどこにいる!」 「ぞ、存じ上げません……」 「嘘をつくと子どもの命はないと言っただろう!」 「本当です! どうか子ども達を放してください!」  彼女を目掛けて振り上げられたそれに、思わず体が動いていた。  二人の間に飛び込んだ僕へと鞭が振り下ろされる。  衝撃に備え身を固くする。  パシッと軽い音が僕の頭上で響いた。  ハッと顔を上げれば、僕の上でオーロの手が鞭を握っていた。 「趣味が悪いな」  オーロが吐き捨てるように言う。  近くで見ると金属製の鞭は表面がヤスリのようにザラザラとしている。  これは武器じゃなくて、弱い物を痛ぶるための道具なのか。 「は……離せッ!」  ビリデクトが鞭を引っ張っているようだが、オーロはびくともしない。 「お前が離せ」  言葉と同時にオーロがぐいっと鞭をビリデクトに押し付けて下へ引く。  すると鞭は簡単にビリデクトの手から離れた。  ビリデクトの後ろの兵達に緊張が走る。  兵達がビリデクトを守るように前に出ると、ビリデクトは一目散にオーロから離れた。  敵わないと思ったんだな。 「それ以上抵抗すると子ども達の命はないぞ!」  ビリデクトは今度は子ども達を盾に僕達を脅した。 「オーロさん、あの子達を助けられますか?」  僕はダメ元でオーロに尋ねてみる。 「敬語は要らない、もちろんだ」  即答して、オーロは僕の前から一瞬でいなくなった。 「何をコソコソ話している!」  ビリデクトが叫んだ時には、オーロはビリデクトの隣にいた。  兵隊を二人同時に殴り飛ばすと、子ども達を両腕に抱えて、あっという間に僕の後ろに戻ってきた。 「……は……?」  ビリデクトの掠れたような声がポツンと落ちた。 「オーロさん、屋敷の人達を助けてもらえませんか?」 「敬語はいらないと言っただろう」  オーロはメイドさんの縄を切って、エトさんとワドナーさんの縄を切るとすぐ僕のところに戻ってきた。  エトさんとワドナーさんはサッと起き上がると他の人達の縄を解きにかかる。  ポカンとしていたビリデクトが、ようやく事態に気付いて声を荒げた。 「勝手な真似は許さんぞ! ジョシュアが死んでもいいんだな!?」  エトさん達がピタリと動きを止める。  ジョシュア様……?

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