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㉒残酷な現実〜Sideルーファス〜く
今からおよそ5年前。ようやく心を許し始めてくれたのだと思った矢先、ノアは俺の前から突如姿を消した。
そしてその理由を母上から聞かされ、信じられない思いでいっぱいになった。
母上に俺の前から消えるようにと言われ、地面に放り投げた手切れ金を彼は嬉々として這いつくばるようにして拾い、その申し出を受け入れただなんて。
かつての俺とのやり取りを思えば、そんな言動、絶対にあり得ない。
だってノアは俺が用意した手土産の菓子ですらも、いつも本当に申し訳なさそうに受け取っていたのだから。
だけど母上のいうように、彼はあっさり俺の前から消えてしまった。
それこそ存在そのものが幻だったかのように、跡形もなく。
もちろん俺は、彼のことを必死に探した。
ノアの幼なじみのクリス君にも、本当に行方を知らないのかと問いただしもした。
だけどクリス君はただ悲しそうに笑い、左右に小さく首を振るだけだった。
母上はノアさえいなくなれば、俺がおとなしく妻を娶ると考えていたようだ。
ノアは俺にとって、唯一無二の存在。彼を知ってしまったいま、じゃあ代わりの人間を生涯の伴侶になどと思えるはずもないのに。
『俺はノア以外の人間との結婚は、考えていません。もしこのままノアと再会できなければ、俺は生涯独身を貫くことになるでしょう。……それでもマクドゥガル公爵家の跡継ぎが必要だというのであれば、養子でもなんでもとればいい』
ノアの失踪の真実を告げられた、あの日。吐き捨てるように俺が告げると、両親はようやく俺の本気を理解してくれた。
だけど今さらそれが、何になるというのか?
……大切な彼は、もういないというのに。
金の力に負けたのだと聞かされても、どこか釈然としなかった。
でも彼は、姿を消した。それだけが、紛れもない事実だった。
その後も必死に行方を探し続けたけれど、もともとノアには身内もおらず、交友関係も広いほうではなかった。
彼の孤独に胸を痛めたが、それすらも今さらだ。
どうすることもできない、まるで自身の肉体と心の半分を失ったかのような虚無感。
それを抱えたまま俺は、まるで抜け殻のような日々を過ごしてきた。
だけど、ようやくまた逢えた。
だから次こそはどんな理由が彼にあろうとも、二度と手放したりはしない。そう心から、誓ったというのに。
……ノアは穏やかな口調で、しかし力強く告げたのだ。
『幸いこうして、子宝にも恵まれて。最初は僕がひとりで育てるつもりだったんですが、やっぱり彼のことがどうしても忘れられなくて。だから僕はこの町に、戻ってきたんです』
再び見つけた、俺の唯一の光。何よりも大切な、運命の番。
だけどノアは俺を、絶望の淵へと叩き落とした。
ノアが腕に抱いていた、小さな命。
その存在は彼がクリス君と結ばれたという、証でもあった。
昨日挙式したばかりとのことだったから、彼のうなじにはきっと、クリス君の歯型も残されているに違いない。
そしてそれはノアが、俺ではなく別の男の番となったことを示す。
番ってしまった今となっては、俺が例え運命の相手だといくら騒ぎ立てたとしてもどうすることも出来ない。
……彼はもう、あの男のものなのだから。
それでもノアが幸せならそれでいいといえるほど、軽い想いならよかった。
でも俺にはそんな言葉、きっと一生口にすることは出来そうにない。
祭りの警護を終えたあと、今夜はタヴァサの町にある宿に泊まることになっていたため、俺はひとりで居酒屋で明け方近くまで飲んだくれていた。
ぽんぽんと肩を叩かれ、振り向くとそこにはクリス君が勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。
「なんだよ? 今さら。……おめでとうなんて、絶対に言ってやらないからな」
すると彼は何やら考えるような素振りを見せ、それから小馬鹿にしたように笑った。
「そうなんですか? それは、残念だな。女将さん、俺にもエールをひとつ」
俺の隣の椅子に腰を下ろし、エールを注文するクリス君。
本当に、なんて嫌な男なんだ。
忌々しい気持ちで席を立とうとしたけれど、彼は俺の腕をつかみそれを阻んだ。
「あなたのことを、一晩中ずっと探し回っていたんです。なので一杯だけ、付き合ってはもらえませんかね? 結婚の、祝いも兼ねて」
その言葉を聞き、自然と眉間にしわが寄るのを感じた。
「……本当に、嫌味な男だな。ノアはこんなやつの、いったいどこが良かったんだか」
思わず舌打ちをすると、彼はニヤリと不敵に笑った。
「なかなかに辛辣だな。……だけど少なくとも俺は、あなたよりもあいつのことをよく理解してると思いますがねぇ」
ククッと笑うその表情は軽薄だが、どこか探るような鋭い光を視線に宿していた。
「一緒に過ごした時間が違う、ってか? ……でも、改めて分かった。お前なんかに、ノアは渡さない。絶対に、取り返す」
「取り返す? いったい、どうやって? 俺たちはもう、結婚したんですよ? 可愛い子どもだっている」
その言葉に苛立ち、すでにぬるくなったエールの入ったジョッキを手に取り、一気に飲み干した。
ダンとジョッキをテーブルの上に乱暴に置き、クリス君の顔を睨みつけるようにして叫んだ。
「それが、なんだ! ノアと、お前の子どもだって? 俺が引き取り、ノアとふたりで一緒に育てるさ! だって俺のほうが、彼のことを愛してる。……ノアがいない人生なんて、俺にはなんの意味もない」
ボロボロと、情けないくらい勢いよく涙があふれ出した。
するとクリス君は一瞬驚いたように瞳を見開き、それからニンマリと笑って告げた。
「あはは。騎士団長様ともあろうお方が、ほんとみっともないですね」
その言葉に、苛立ちが増す。
だから柄にもなく睨みつけてやったというのに、彼は心から嬉しそうに笑って言ったのだ。
「でも、合格です。……ルーファス様、俺はあなたのその言葉がずっと聞きたかったから」
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