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第6話

「身の回りのものをまとめて、って……なにもないけれど」  そうだ、日記帳は持っていかなければ、と頭の中で、持ち物のリストをざっと作る。  家を追い出されるというのに、ジーンにはどこか少し晴れ晴れとした気持ちもあった。  前回のあの日は、今感じている気持ちとはまったく違っていたように思う。  諦めと、とうとう家から見放されたという悲しみを抱いて家を出たはずだ。わかりきっていたこととはいえ、やはりやるせなかった。  だから前向きに生きることもできず、結果としてあんな結末を迎えてしまった。 (悲観してばかりだったから、僕はいろんなことを間違えてしまったのかもしれない)  ジーンは小さく頭を振り、なにかを決意するように両手でパンと頬を叩いた。 (後悔だけはしたくない)  前回の自分の悲惨な最期はともかく、今度の人生はなんとしてでも生き残ってやる。そんな気持ちを胸にして、ジーンは自室へ足を向けた。      Ⅱ  一週間後――。  ヴァロワ家から迎えの馬車が、正午を少し回った頃にアシュクロフト家に到着した。  さすが帝国の公爵だけあって、とても豪華なつくりの馬車だった。 「アシュクロフト様でございますね」  使いの騎士が恭しく一礼した。  騎士はいかにも熟練といった風情の鍛え上げられている人物で、物腰の柔らかい男だった。 「公爵がお住まいのローベント帝国帝都までは、二日ほどかかります。野営はできるだけ避けますのでご安心ください」  道中を案じ、護衛の騎士を寄越したところにオーレリアスの誠意を感じる。あの当時はあまり理解していなかったが、そこが彼なりの筋の通し方なのだろう。 「なにかございましたら、いつでもお声がけください」 「ありがとうございます。お世話になります」  ジーンのその言葉に騎士は少し目を丸くしていた。  貴族が、それも自分が仕えている公爵の結婚相手にまさか気遣いの言葉をかけられるとは思ってもみなかったのだろう。 「どうぞこちらへ、奥様」  奥様、と彼はそう呼んだ。  これはジーンのことを正しく公爵の結婚相手、すなわち奥方になる存在と認めてくれたことに相違ない。 (つい……お世話になります、と言ってしまったけれど、間違えただろうか)  前回の人生ではこの迎えの騎士にそんな声はかけなかったような気がする。人生をやり直して、自分も随分心の持ちようが変わったのだろう。  果たしてそれがいい方向に向かうのかどうかはわからないが、ジーンは「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせた。 「お見送りの方はいらっしゃらないのですか」  騎士はきょろきょろとあたりを見回すが、ジーンを見送る者などはいなかった。使用人でさえ、ジーンの髪色を毛嫌いしていたから、それすらいない。 「はい……おりません。ですから、もう出発していただいて大丈夫です」  この家では最後まで一人だった。  どんなに頑張っても、ジーンは家族にはなれなかったのだ。 「そうですか……では、参りましょう」  ジーンが馬車に乗り込むと、ピシッ、と御者が馬に鞭打つ音が聞こえ、ゆっくりと馬車は動き出した。  ジーンは振り返って、生まれ育った家が遠ざかっていくのを見つめる。 「お寂しくていらっしゃいますよね」  馬で併走していた騎士が気にかけるように、ジーンに声をかけた。  貴族ではよくあることとはいえ、遠く離れた国に嫁ぐというのは不安もあるだろうと気遣ってくれたようだ。 「そうですね。……でも、僕のような者を娶ってくださるだけでありがたいことですから」  ミシュアン王国では黒髪のせいでジーンの嫁ぎ先など見つからない。帝国では黒髪を持つ人間は特に忌避されないのだろうか。 「そんな……! あなた様のようにお美しい方をですか」 「そうおっしゃっていただいて、お世辞でもうれしいです。その……帝国では、僕のような黒髪というのは嫌がられないのでしょうか」 「黒髪が、ですか?」 「はい。ミシュアンでは黒い髪を持つ者は醜いとされていますから……」  ジーンの言葉に騎士は「いやいやいや」とすぐさま否定の声を上げた。 「とんでもないことですよ。我が帝国では髪の色で人の美醜を判断しません。確かに皇帝陛下や王族の方々は明るい色の髪を持つ方々が多いかもしれませんが、黒髪だからといって、嫌がられることはありませんよ」  そうか、とジーンは騎士の言葉を聞いて納得した。  というのも、前回の人生でオーレリアスにはじめて会ったときにも、見た目で顔を顰められるようなことはなかったからだ。  ヴァロワ家に嫁いでからは、ほとんど外に出るようなことはなかったし、屋敷の使用人たちとも必要以上の会話を交わすこともなかったから、帝国での価値観というのがわからなかった。  そして、この道中で騎士とこんなに話をすることもなかったのだ。  聞いてよかった、とジーンはホッと胸を撫で下ろした。  少なくとも、自分の髪色がオーレリアスの神経を逆撫でしてはいなかったことがわかり、それだけでもよかったと思えた。 「この先、森を通り抜けます。道が悪いので、揺れがひどいかと思います。ご気分が悪くなったらすぐにお知らせください」  こうして誰かと話をするのは楽しいものなのだな、とジーンは前回の人生で味わわなかった楽しさを満喫していた。  前回はオーレリアスという人がどんな人かわからなかったから、帝都に到着するまで不安でいっぱいで、旅を楽しむ余裕などまったくなかったが、今回は違う。  途中の宿場町で立派な宿も用意してもらい、騎士や御者ととりとめもない会話を楽しみながら帝都への道のりを進んでいった。

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