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第5話

 開けたドアの向こうから、家族からの鋭い視線の数々がジーンを突き刺す。 「なにをしている。こちらにきて座りなさい」  父親は機嫌よさそうな声でジーンを呼び寄せ、椅子に座るように言った。 「ほらほら、ジーンも少し食べなさい。旨い菓子だ」  ニコニコと笑顔を見せて、ジーンに菓子を勧める。 「いえ……でも……」  ここで素直に摘まんでしまえば、家族に散々嫌みを言われてしまうのがわかっているだけに、なかなか言葉のとおりにはできない。 (前もそうだったっけ。だから、これで正解のはず)  躊躇しているジーンへふんぞり返ってソファーに腰かけていたジェレミーが口を開いた。 「こんな高級なもの滅多に食べられないんだから、食べられるうちに食べておけば? ああ、下賤なやつは食べ方を知らないのか」  ははは、と馬鹿にするように高い声を上げて笑う。  ジェレミーから心ない言葉を浴びせられるのは日常茶飯事だった。こうしてジーンを挑発し、反論でもしようものなら今度は被害者ぶる。嘘泣きで周囲の同情を買い、こちらを悪者に仕立てあげる――それが彼のいつもの手だ。  だから、相手にしないのが一番いい。とはいえ、それはそれで可愛げがない、と非難をされるのだが。いずれにしても、彼らにとってジーンは日頃の鬱憤を晴らすための都合のいい存在なのだろう。ジーンにはなにを言っても、またなにをやってもいいと思っているようだった。  現に、ジェレミーがこんなふうにジーンを嘲笑っているのを、他の家族はクスクスと笑っている。ジーンの味方など一人もいなかった。 「父様、こんなやつと同じ部屋にいたくないから、早いところ用件を言って追い返してよ」  ふん、と鼻を鳴らしながらジェレミーが立て続けに言う。  それを聞いた父親は「それもそうだな」と悪びれずに相槌を打った。 「ねえ、早く。せっかくの団らんなのに。こいつの妙な髪の色を見ているだけで、気分が悪くなる。見てよ、あの髪の色。いつにもましておかしいじゃない?」  ジェレミーの悪態に、義母は「まあまあ」と一見取りなすような口ぶりでジェレミーに話しかける。 「ジェレミー、仕方ないわ。あなたのその美しいピンクブロンドに大抵の子は敵わないのだから。まあ、でもジーンのあの髪は、わたくしなら恥ずかしくて外を歩けませんけれどね」  ジェレミーを注意しているようで、ただジーンに追い打ちをかけているだけだ。  こんな茶番は日常で、気にするだけ無駄だった。  コホン、と父親が小さく咳払いする。 「ジーン、おまえにはローベント帝国の公爵、オーレリアス・ラッセル・ヴァロワ様へ嫁いでもらう」  きた、とジーンは内心で拳を握った。  ここでなにも驚く素振りを見せなければ、家族の皆がおかしく思うだろう。ジーンはすぐさま大げさに驚いた顔をしてみせた。 「ヴァロワ公爵様……」  口にすると、苦いものが胸の奥に込み上げた。  かつて夫婦といいながら、まったく自分のことに関心を寄せなかったその人の名前を声に出すだけでいまだに気持ちが揺らぐ。  しかしそんなことは知らないジーンの父親はその反応を見て、ジーンが驚いたと思い込んだようだった。 「そうだ。おまえは勉強していないから知らないだろうが、帝国一の武人だ。まあ、おまえのような者にはもったいない話だがな」  もったいをつけたような言い方にジーンはうんざりとした。  このとき父親は体のいい厄介払いができると、ほくそ笑んでいたはずだ。それだけでなく借金をチャラにした上、嫁入りの支度金までオーレリアスからもらえるとあって、内心では踊り出したくなるほど喜んでいたはずだった。  しかし、ジーンはそんな気持ちをおくびにも出さず、「なぜ僕が」と尋ねた。 「そのようないいご縁、ジェレミーがふさわしいのでは」  前回の人生と同じ問いを父親に向けた。  わかってはいることだが、ここで前と同じに行動しなければ、自分がヴァロワ家に行くことはできないだろう。 「なにを言うの。公爵自身が魔物みたいに、残虐で人も簡単に殺すようなお方なのでしょう? そんなところにジェレミーを行かせるわけにはいかないわ」  義母が横から割って入る。  ハンカチで目頭を拭くような仕草をしてみせるが、あれはただの嘘泣きの演技だ。  おそらくここで、ジェレミーが口を出してくるはずだ。 「ぐずぐず言わないで、言われたとおりにすればいいんだよ」  反論するな、と言わんばかりの苛立ちを混ぜた口調でジェレミーが口を挟んだ。 「僕が行けるはずがないだろう? だから、さっきみんなで話して決めたんだよ。僕の代わりにジーンが行けばいいってね。おまえだってオメガなんだし、先方がオメガをと望んでいるなら、おまえで十分だろ?」  ジェレミーがそう言うと、家族の皆がニヤニヤと笑う。  受け答えにジーンは慎重になった。よりよい未来に繋がる分岐を間違えてはいけない。 「あの」  ジーンがそう言いかけると、彼はチッ、と小さく舌打ちをする。 「うるさいなあ。誰が冷酷無比の鬼神のところに嫁に行くかっての。帝国一の武人で、お金は持っているかもしれないけど、僕はごめんだね。僕はおまえみたいに虐げられて喜ぶような趣味は持ち合わせていないから。公爵様のご機嫌を損ねて、氷漬けにされるとか焼き殺されるとかごめんだね」  そんな趣味などジーンとてあるわけがない。しかし、ジェレミーに反論したところで、この家にいる限り無駄なことだった。 「なんだよ、その目は!」  ジェレミーが持っていたフォークをジーンに向けて投げつけた。咄嗟に避けたものの、フォークの先がジーンの頬を掠める。ピリッとした痛みが走った。 「ジェレミー、およしなさい。いくら醜悪なジーンといっても、傷があれば突っ返されかねないわ」  義母にそう諫められて、ジェレミーはチッ、と大きく舌打ちをした。  そこでジーンは口を開く。 「……わかりました」  ジーンが逆らうなど許されることではない。これはもう決定したことだ。それに仮に逆らえば、きっとさらにひどい目に遭うのは間違いなかった。  素直に従うほうがよほどましなのだ。 「あちらからはすぐにでもと言われているから、さっさと身の回りのものをまとめなさい。一週間後にはヴァロワ家から迎えの馬車がやってくる。いいな」  父親がふんぞり返りながらそうジーンに命じる。 「……かしこまりました」  ジーンが一礼すると、「ほら、さっさと出ていって」とジェレミーがしっしっ、と動物を追いやるように手を振った。  ジーンは文句も言わず、ラウンジを後にする。  ドアを閉めたところで誰にも聞かれないように、ほう、と安堵の息をついた。  まずは第一関門突破といったところか。  この様子なら、ジーンは間違いなく、ヴァロワ家に嫁ぐ流れだ。

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