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第4話

 経費の節減のために醸造所の従業員を削減し、人件費を削った上、経理業務や書類仕事のほとんど全部をジーンに回すようになった。  おかげでジーンは学校にもろくに通えなくなり、一日中書斎に詰めているため、食事さえ満足に与えられなくなってしまっていた。  そうまでしても日に日に資金繰りは悪化し、借金せざるを得なかった。その上、借金をなんとかしようと当主は投資に手を出した挙げ句失敗し、返済にも首が回らなくなってきたというのに、さらにジェレミーの仕立代を捻り出さなければならず、にっちもさっちもいかないとうんざりしていたところだった。 「ああ、やっぱり」  ジーンの日記にもそのことがきちんと記載されていた。  もうどこをどう節約しても、金貨一枚出てくることはないという資金難で、頭を抱えている、と記載されている。  いよいよ家が取り潰される、と書いたところで日記は終わっていた。  きっと、このときは当主である父親も焦っていたに違いない。  今日は朝から貴族院からの招集に応じる予定である。たぶん、そこでオーレリアスとの婚姻話を持ち込まれたのだろう。  あの日はそんなことはつゆ知らずといったジーンは書類と格闘していたし、家族はのほほんとお茶会を楽しんでいた。 「……だとすれば、午後に父上が貴族院から戻られたときに話があるはず」  記憶が確かなら、珍しくホクホク顔の父親が機嫌よくジーンにも菓子を振る舞っていた。  雪でも降るのか、と思ったほど驚いたから、それはよく覚えている。 「それまで、少しこれからのことを考えよう」  オーレリアスとの結婚は避けられないことかもしれないが、その後の未来は自分次第で変えられるかもしれない。 (だって、僕はこれから起こることを知っている)  自分が冷たい牢獄で、孤独に死んでいったところまで――。  あれはけっしていい人生とは言えなかった。  せめて、今度はもっと自分らしく生きたい。少しくらいの幸せを求めてもいいはずだ。 (僕は未来を知っている)  リアムの死も、そして自分の死も、どちらも回避したい。  ジーンは顔を上げて窓際まで足を向ける。そうして勢いよく窓を大きく開いた。  目の前に広がる景色――今日も時計塔はすっと美しいその姿を見せている。青空に映えたその佇まいは凜としていて、ジーンの背筋もピンと伸びた。 「リアム……今度こそ、僕はきみを助けるから」  誓うように、ジーンは小さく呟いた。         *** 「話がある」  思っていたとおり、仕事をしていたジーンに家族が揃っているラウンジへ来るよう命じられた。 (やっぱり)  覚悟していたジーンは内心で息を呑む。  自分は既に未来を見ていて、なにを言われるかは予めわかっているとはいえ、家族の前ではそんな素振りを見せてはいけない。  落ち着き払った態度でいたら、きっと不審に思われるだろう。 (せめて驚いた振りくらいはしておかないと)  この後の流れはこうだ。  ローベント帝国の軍属の公爵であるオーレリアス・ラッセル・ヴァロワが金に困っているアシュクロフト家へ契約婚を持ちかけてきたという。  借金を肩代わりする代わりに、誰か一人嫁入りさせてほしいというのだ。  もちろんそれには条件があった。  これは表向きの結婚で、本当の意味での夫婦関係は求めないことを約束してほしいという。要するに互いに互いの身体には一切触れないということだ。  いわゆる白い結婚ということになる。  なぜそんな結婚話を持ちかけたのかというと、オーレリアスはかつて一度結婚していたことがあったが、妻がよそに恋人を作って出奔したため、現在彼には夫人がいない。  仮にも公爵である彼に夫人がいないというのは、体裁が悪いと皇帝がオーレリアスに結婚することを命じたらしい。  だが、彼はもう妻を娶る気持ちがないというのだ。  皇帝の顔を立てるために、表向き結婚の体裁を整えたいと考えたようだった。帝国内の貴族に依頼しようにも、それではすぐに皇帝の耳に入りかねないと、ミシュアン王国の貴族を探していたという。  そこで白羽の矢が立ったのがこのアシュクロフト家だった。  アシュクロフト家が金に困っていることを聞きつけ、話を持ちかけたらしい。  実はこの縁談は弟のジェレミーへのものだった。  ジェレミーはミシュアンの社交界では有名だったため、名指しで話があったらしく、父親もそのつもりでいた。  だが、ジェレミーはそれを拒んだ。  というのも、オーレリアスの評判がミシュアン王国ではあまりいいものではなかったためだ。  オーレリアスはミシュアン王国を統べるローベント帝国の公爵であり、火、水、土、風という四大属性魔法のすべての使い手である。帝国の軍事の要で、オーレリアス一人で百万人の兵士と同等の力があると言われていた。  よって、現在彼に比肩する人物はいないとされている。それほどの実力の持ち主なのだ。  ただ、その圧倒的な力を持つ彼は冷酷無比の鬼神であり、暴虐な性格の持ち主とも噂されていた。 (実際のオーレリアス様は僕に暴力は振るわなかったけど……確かに冷たくはあったな)  短い婚姻関係にあったが、噂ほどの苛烈さは彼にはなかった。 (誰に対しても心を開かない人だった……)  彼はあらゆるものに無関心だった。  ジーンに対してだけではなく、一人息子だったリアムにさえ、無関心を貫いていた。  とはいえ、噂ほど傍若無人な振る舞いをされたわけではなかったから、はじめのうちジーンは少し拍子抜けしたほどだったが。  ともかく、時間をやり直しているのだとしたら、同じようにジェレミーはこの縁談を断っているはずだ。  そして厄介者のジーンを代わりに押しつけるために、呼び出している。  ジーンは社交界にデビューしていない。そのため、ジーンの存在は貴族たちの間でも知られていなかった。  顔を知られていないジーンはアシュクロフト家にとってもうってつけというわけである。なにしろ、押しつけたところで、秘密裏に話を進めたいヴァロワ家は文句を言えるはずもなく、噂にすら立ち上らないはずだ。  家族の思惑などとっくにわかっているジーンはこれからどう振る舞うか、床を見つめて思案した。 (僕は……間違えない。自分のためにも……そして、リアムのためにも)  ジーンは俯いた顔を上げると、言いつけどおりラウンジへ向かい、ドアをノックした。 「ジーンです。お呼びでしょうか」  中から「入りなさい」という高圧的な声が聞こえ、ジーンはドアを開けた。

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