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第3話
そういった、見た目の容姿の性別が男であれ女であれ、それに関係なく子が産めるという特徴を持つ彼らは、アルファの種の存続のために欠かせない存在でもあった。
というのもアルファはオメガから生まれることが多く、アルファ-アルファではなぜかアルファという種はほとんど出産されず、オメガを母体とするほうがアルファが生まれる確率が格段に多いためだ。
またアルファ同士の婚姻では複数の子を持つことはほとんどない。そのため、夫婦ともにアルファでは跡継ぎ問題に影響が出るほどだ。
ベータを母体としてもアルファは稀に生まれるが、オメガのように高確率ではない。そのため、このミシュアン王国ではオメガの地位はけっして低くはなかった。貴族の正妻はアルファが多いものの、公妾にオメガを据えることが多い。アルファを多く排出している家門では、複数のオメガを愛妾に持っていることが多かった。
またオメガはベータとは大きく異なる点がある。それはアルファと「つがう」ことができるということだ。つがい、というのはアルファとオメガの間にのみ発生する特殊な繋がりで、一種の契約のようなものではあるが、それはなにより強い絆である。アルファとアルファ、アルファとベータ、またベータとオメガでは婚姻関係を結ぶことはできるが、つがいという強い絆で結ばれることはない。
それだけアルファとオメガの間には人知を超えた不思議な縁があるのだった。
そしてジーンはそのオメガである。
貴族は愛妾を持つのが一種のステイタスとなっている部分もあり、ご多分に漏れず、アシュクロフト家の当主も本人の種はベータだったが、オメガの愛妾を外に作っていた。
ジーンの兄と姉の母親は亡くなったアルファである前妻であり、兄と姉はアルファ種として生まれた。弟と妹の母親は愛妾だったオメガの後妻であり、弟はオメガ、妹はベータである。ジーンの母親はオメガであったことから、ジーンもオメガである。
そこまでならどこの家門にもよくあることだが、なぜジーンだけがひどく虐げられているのかというと、ジーンの母親だけが身分が庶民の、それも異国の踊り子だったということだ。
さらに母親譲りの黒髪と黒い目を持つジーンだが、このミシュアン王国では、黒髪というのはあまり歓迎されない存在である。
なぜ黒髪が歓迎されないのかというと、この国では髪色によって美の基準が決まっているためだった。
一番の美とされるのが、金髪――それもプラチナブロンドで、そこから髪色が濃くなっていくに従い、劣っているとされる。
ジーン以外の兄弟の髪色は色調は異なるものの、皆、美しい金色の髪を持っていた。その中でも、弟のジェレミーは希有なピンクブロンドの髪を有し、社交界の華と言われていて、取り巻きも数多くいるし、持ち込まれる縁談もひっきりなしだ。
だが、ジーンは顔立ちは整っているものの、この髪色が黒であること、加えてオメガとしては十八と成人になっても発情期が訪れていないことから、医師に子を成すことが難しいだろうと診断されていた。
オメガにとって、子どもを作れないというのは最大の瑕疵である。それに加え母親の出自もある。政略結婚をさせて、外に出す、ということもできず、そのため、アシュクロフト家ではジーンはただ飯食らいの役立たずと、邪魔者扱いを受けていたのだ。
一番ジーンを毛嫌いしていたのが、弟のジェレミーだった。
彼はジーンと同じオメガだったが、後妻の子で非常に美しいとあってちやほやされて育てられてきた。父だけでなく兄や姉からも可愛がられてきたため、ひどく我が儘な性格をしている。彼はジーンに過剰なまでの対抗心を抱いており、この部屋に追いやったのもジェレミーの提案によるものだった。
「もし、時間が巻き戻っていたとして……じゃあ、どこまで巻き戻ったのかな」
ジーンは首を傾げる。そうしてなにかを思い出したように文机まで足を向けると、机の引き出しを開ける。その引き出しは二重底になっていて、そっと底の蓋を開けた。そこには一冊の鍵のついた日記帳がある。
これは自分が毎日つけていたものだ。
こんなものをつけていると家族の誰かが知れば、おそらく馬鹿にされるだろう。しかし、ジーンにとって毎日日記をつけるのは自分自身を癒やしたり、鼓舞したりするために必要なことだった。
家族はジーンの部屋には勝手に押しかけて、常にあら探しをする。そのため、部屋には一切余計なものを置かず、また机の引き出しを二重底にしてそこに大事なものを隠していた。
「よかった……あった」
ホッと安心したように息をついたジーンは、次に引き出しの裏に貼りつけていた小さな鍵を取り出し、そうして日記帳の鍵を外した。
パラパラとページをめくり、一番最近書いたと思われる日付を確認する。
《リンデル暦 573年9月7日》
それを見て、ジーンは目を見開いた。
この日付には覚えがある。いや、この日記はおそらく昨夜書かれたものだから、日付に覚えがあるのは正確に言えば次の日――すなわち、今日である9月8日にジーンは覚えがあった。
というのも、9月8日、その日にジーンは当主である父親からオーレリアスとの婚姻話を言い渡されるからだ。
「……ってことは、あの日に戻ったってことか」
ジーンはそっと目を瞑り、自分の分岐点となった、その日のことを頭の中に思い浮かべる。
(あの日は……確か……)
いつものようにジーンは父親から押しつけられた、事業に関する書類仕事を片づけていた。家族は忙しくしているジーンを尻目に優雅なお茶会を楽しんでいたはずだ。
近く、王宮で開かれる大きな夜会のために、ジェレミーはお抱えの仕立屋を呼び寄せて、何着も注文していたのを覚えている。
(そうだ、もうこの家にはほとんど財産がなかったのに、前の日に父上からジェレミーのためにどうにか仕立代を捻出しろと詰められていたんだっけ)
アシュクロフト家は領地を持たない子爵家だ。
先々代が武功をたてて子爵にまで上り詰めたが、もともと由緒ある家柄ではない。事業も、寄親である伯爵家から醸造業を任せられ、収入を得ているだけである。
その醸造業も既に軌道に乗っているものを任されていたため、そつなくこなしていればある程度の収入があり、多大な贅沢をしなければ暮らしていけるものだ。
しかし、ジーン以外の家族は慎ましい暮らしとは無縁の生活をしている。特にひどいのは継母と弟、そして妹だ。夜会のたびに新しい衣装を新調し、着飾って出かけている。分不相応なお茶会を開くなど、「貴族の社交には必要」と頑として贅沢をやめようとはしなかった。
その皺寄せがどこにきているのかというと、ジーンである。
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