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第14話
ふと、なんの前触れもなく目が覚めた。
いつもなら二度寝を決め込みそうになるところだが、なぜだか今日は異様に目覚めがいい。体を起こしぐっと伸びをして、僕はベッドから抜け出した。
エディと後宮で別れたあの日から、三年という月日が流れた。
反乱軍の拠点をエディに見送られる形で抜け出した僕は、エディが言ったとおりにひたすら北に向かって歩き、無事に街へ帰り着くことができた。
帰ってきた僕を見つけるやいなや、レイさんに強く強く抱きしめられ「本当に無事でよかった」と涙まで流された。レイさんの涙を見たのは初めてだったし、泣くほど心配をかけてしまったことを申し訳なく思ったけど、それだけレイさんに思われていることを嬉しくも感じた。
それからはまぁ、結構大変だった。
反乱軍と国王軍の戦いが激化し、アルフレッド様が言っていたようにそこら中で小競り合いが頻発した。幸いにも僕が住む街付近では戦いは起こらず、主に平民の避難場所として活用された。
避難民たちの怪我の治療や病気の人の看病、避難民の寝床の確保や、もしこの辺りで小競り合いが起こったときの避難ルートや場所の取り決めを忙しなく行っていたらいつの間にか半年が経ち、程なくして反乱軍が勝利した報せが舞い降りた。
これで、あの国王の支配から開放される。
国民は反乱軍の勝利に歓喜し、新たに即位したアルフレッド様を祝福した。
国中にやっと平和が訪れたものの、戦いに巻き込まれた街や村を立て直すのは結構大変で、手伝いに奔走しながら自分の仕事もこなしていれば、落ち着いた頃には更に二年半たっていた。
僕たち平民でさえこんなにもやることが多いのだから、国を背負っている王族の人たちはもっと大変だっただろう。
聞き及ぶ話だと、新国王となったアルフレッド様は国政に注力し、家臣を引き連れ前国王が反故にしてきた外国との信頼回復につとめ方々を飛び回っているのだという。その甲斐あって外交も安定し、今ではよい関係を取り戻せているらしい。
平和な世の中になって、街へやってくる観光客も増えた。反乱軍の拠点で教えてもらったいい匂いのする洗髪剤をいろんな効能も加えて売り出したらまぁ結構人気が出て、改良しより効果が出るようになった美容薬に並ぶ稼ぎ頭となってくれた。教えてくれたあの人達には感謝である。
そんなこんなで、たくさんの人達のおかげで僕たちにも日常が戻ってきた。
そして今日もいつも通り薬屋の開店準備をする。
掃除のため店の表に出て、気持ちのいい朝の空気に大きく伸びをしていたら、少し離れたところから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ればそこにはレイさんと、元気よくこちらに手を振るルキがいた。
手を振り返すと、ルキは犬のようにこちらにかけてきて僕に抱きつく。
「久しぶり、ノア!」
「ルキ、久しぶり! また会えて嬉しいよ!」
ルキは出身の街が戦いの被害に遭い、しばらくはそちらの復興にかかりきりで行商人としての仕事ができていなかったが、この度ようやく目処が付き仕事も再開できるようになったらしい。
近況と、久しぶりに会いたい旨の手紙をルキからもらい、今日は仕事ではなくプライベートで会いに来てくれたのである。
「ノア会いたかったよー! 一回前国王に捕まったって聞いたときはまじで心臓止まりかけたけど、元気そうでよかった」
「僕の方は全然なんの問題もないよ。ルキも元気そうでよかった。来月からまたこっちにも仕事しにくるんだよね?」
「そ、また仕事の方でもよろしくね」
「こちらこそ!」
再会を喜び合っているうちにレイさんがこちらに追いついてきたのでレイさんとも挨拶を交わす。
ルキはレイさんとも取り引きしているから二人に交流があるのは知っていたが、並んで歩いているのを見るのは初めてかもしれない。
「二人が一緒なの珍しいね」
「たまたま行く方向が同じだっただけだ」
「たまたまぁ? んなわけないでしょ。聞いてよノア、先にレイさんに挨拶してたんだけど、この後ノアのところにも行くって言ったら『俺も行く』って着いてきたんだよ」
「え、何か用事ありましたっけ?」
「飯を食ったかの確認だ」
「それだけ……? ほんっと、ノアのことになると超過保護だよねー、レイさんは」
「は? 普通だろう」
「うっそ、無自覚……?」
若干引き気味のルキが「こわいねぇ」なんて言ってまた僕に抱きつく。ルキのこの感じ、久々でちょっと落ち着くな。
「まぁ、無理もないか。ノアの過保護筆頭だったエディがいないもんね」
なんの気無しで言ったであろうルキの言葉に、僕はわかりやすくしゅんとしてしまった。
そう、反乱軍と国王軍の争いが終わり国の状態としてもある程度落ち着いてきたというのに、エディからの連絡が一切ないのだ。それどころか、権威を取り戻した王族として名前が上がるのはアルフレッド様と、アルフレッド様の実妹であるニーナ――もといニコラだけ。腹違いだが同じ王族であるはずのエディの名前はひとつも聞かない。
だから正直、彼が生きているのかすらわからないのだ。
三年間、忙しなく毎日を過ごしてはいたが、彼を忘れた日はなかった。別れ際、生きて戻ってくると言った彼の言葉を信じて、僕はずっと待っている。彼と出会ったこの街で。
でも時々考えてしまうのだ。もしかしたらエディはもう、ここに帰ってくる気が無いのではないかと。
エディがそう簡単に約束を反故にするとは思えない。しかし三年という月日は、人の気持ちを変えるには十分すぎるほど長い。約束を信じているのは僕だけで、エディは違う場所で幸せに暮らしている、なんて可能性も、十分に有り得るのだ。
「あーっ、ごめんねノア、落ち込ませるつもりはなかったんだ」
「ううん、大丈夫だよ。むしろ気を遣わせちゃってごめん」
これ以上気を遣わせないよう笑ってみせたけど、やっぱり自分でもわかるくらい元気に笑えてなくて、ルキに余計に心配をかけさせてしまった。
よしよし元気だして、と頬を両手で挟まれもにもにともみくちゃにされる。
僕たちのやり取りを静観していたレイさんだったが、突然僕からルキを引き剥がし帰るぞと歩き出す。一緒に引きずられていくルキが離せと暴れているけど、レイさんは意にも介していない。
「あ、そうだ。ノア、今日は店を開けるな」
「えっ」
ふと振り返って、いつものトーンで言われた言葉に驚く。
「どうしたの、急に」
「お前ずっと休んでないだろ。隈も前よりひどくなってる。朝飯食ったら寝ろ。いつか倒れるぞ」
朝ごはん食べてないことなんでわかったんだろう、言ってないのに……。ってそんなことより。
「僕は平気だよ。それに今は仕事が楽しいんだ、全然苦じゃない」
「仕事で気を紛らわせてるだけだ。体には負担がかかってる。気持ちじゃどうにもできないとことはお前も知ってるだろ」
「でも……」
「いいから休め。こっそり店開いてもわかるからな。無視して店開いたら三日間ベッドに縛り付けて強制的に休ませるぞ」
わかったな、と有無を言わさぬ口調で吐き捨て、レイさんはそのままルキを引きずって行ってしまった。ルキが「ちゃんと休むんだよ」と引きずられながら手を振ってくれたので、僕も振り返した。
三日間ベッドに縛り付けるって、嘘みたいに聞こえるけどレイさんならばやりかねない。というか本気でやるだろう。
三年前に前国王に捕まって死にかけて以来、ずっとあんな感じだ。死に急ぐようなことをしていればすぐにすっ飛んでくる。
さすがに三日間縛りつけられるのはしんどいので、ここは言うことを聞くほかないようだ。僕はひとつため息をつき、臨時休業の看板だけ立てかけ家に戻った。
そして言われた通りにちゃんと朝食を摂り、コーヒーを飲んでまったりとする。
レイさんが言ったように、ここ最近は働き詰めだった。仕事が楽しいっていうのも嘘じゃないが、確かに気を紛らすためというのもあったかもしれない。完全に無意識だが。
彼らのいない毎日は、想像以上に退屈だったのだ。しかも僕は、いつ帰ってくるかもわからない人を待ち続けている。何かに打ち込んでいないとやってられないという思いが働いて、それが仕事に向いたのかも。
時間的には、周りのお店も営業が始まってぼちぼち賑やかになってくる頃だ。せっかく、強制的ではあるが暇ができたのでなにか息抜きをした方がいいのだろうか。
しかし街を散策しようにも見慣れた場所ばかりすぎる。家にいたってやることもなくて退屈だし、調合するにしてもレイさんにバレたときのほうが怖い。
このあたり以外で気分転換になる場所と言ったら、やっぱりあの森かなぁ……。薬草の採取でよく行くけど、緑豊かで空気も気持ちいいから行くたびにちょっと気持ちがすっきりするんだよね。
「…………」
うん、あくまで気分転換のため自然に触れに行くだけ。薬草採取をしにいくわけじゃない。レイさんに森に行ったとバレても、それなりに言い訳がきくよね。
コーヒーを飲み干してから立ち上がり、僕は森へ出かける準備をして家を出た。念のため薬草を入れる用の籠も持って。
いつもは早足に進む森へ続く道も、今日は周りの景観を楽しむためにゆっくりめに歩いた。
このあたりは戦禍に巻き込まれることはなかったので三年前から変わらない。戦争の被害をここまで抑えられたのはひとえに、反乱軍の頑張りのおかげだろう。それを率いていたアルフレッド様はやっぱりすごいな。
今までちゃんと見てこなかった景色を眺めながら、いつもより時間をかけて森に着いた。
何度も来たことのある森とは言え慣れない道を歩けば迷ってしまうので、道を大きく外れることはせずいつもの道を歩く。それでも十分気持ちよく、心がすっと軽くなる。今回の目的は薬草採取ではないから余計にだ。
しばらく歩いて、開けた場所に出た。陽が差し込んでいて他の場所より幾分かあたたかい。いつも僕は採取している薬草の他に、色とりどりの花が、そしてある一帯には、白い美しい花が咲いている。
懐かしい。エディとニーナを保護したのもこの辺りだった。この白い花に血が滴っていて、辿っていったら怪我をしたエディを発見したのだ。
「……ちょっと休もうかな」
疲れているわけでもないけど、こうやってのんびりするのも悪くないだろう。
白い花が囲むように咲いている木の傍に腰掛け、僕は一息ついた。
そよそよ吹いている風が気持ちいい。時々聞こえる小鳥の囀りや木の葉の擦れる音、この場所の穏やかな雰囲気も相まって、なんだか急に眠気がよぎる。それに抗うことはせず、僕はその場に横になった。
目の前の白い花に手を伸ばし触れてみれば、柔らかい花びらが微かに揺れた。甘い香りを吸い込むよう深呼吸して、ゆっくり目を閉じる。
エディ――彼は今、どこにいるんだろう。
元気にしているのだろうか。元気ならば喜ばしいが、でも、どうして会いに来てくれないんだろう。やっぱり僕のことを忘れてしまったんだろうか。僕以外に大事な人が、できたのだろうか。
あの日から、心にずっと冷たい風が吹いている。レイさんも一緒にいてくれるのに、エディのいない毎日がひどく寒いのだ。
忘れられない。エディの声も、逞しいからだも、優しい瞳も、なめらかな肌も、手のあたたかさも、柔らかい唇の、感触も……。
――会いたい。エディに会いたい。
もう一度抱きしめて、頭を撫でてほしい。次は僕も抱きしめ返したい。互いの境目がわからなくなるくらい強く、抱きしめたい。
閉じた目の端から涙がこぼれた。
だめだ、やっぱり考える時間ができるとエディのことばかり想ってしまう。
……もう帰ろう。
そう思って、涙を自分の指で拭おうとした。
そのとき。
「こんなところで寝てたら風邪引くよ」
低くよく通る、忘れたこともない声が降ってきたと共に、少しひんやりとした指が僕の目元をくすぐった。
僕ははっと目を開けて慌てて起き上がる。
「おはよう、ノア」
目を疑った。
だって今、目の前に、さっきまで心の底から会いたいと願っていた人がいるんだから。
「……エディ……?」
「うん。久しぶり」
夢?
そう思って自分の頬を抓ってみたがちゃんと痛みがある。
夢じゃない。
そろりと顔を上げ、もう一度目の前の人の顔を見た。
やっぱり、エディだ。
髪の長さは以前より少し短くなっているが、特徴的な白髪も少し癖のある毛先も同じ。赤い瞳を縁取る色素の薄い睫毛も、透き通るような白い肌も、何も変わらないエディがそこにいる。
「なんで、ここに……」
「最初は薬屋に行って呼びかけてみたけど返事がなかったし、臨時休業の看板があったから、もしかしてと思ってここに――」
「そうじゃなくて!」
エディの言葉を遮って叫ぶ。
言いようのない複雑な感情がこみ上げてきて、泣きたいような、叫び出したいような衝動を拳を握って堪える。
「いままで、何してたの……?」
「……国を立て直す手伝いをしてた。前国王の負債を清算するべくアルフレッド様と外国を飛び回ったり、人身売買とかの悪事に加担してた人間を一掃したり。必死になって働いていたら、いつの間にかこんなにも時間がたってしまっていた」
顔をうつむかせ、震え始めた手を更に拳を握っておさえる。
「……三年も……なんの音沙汰もなしに……」
「…………」
「あんな別れ方をして、どうしてるのかも、わからなくて……僕がどれだけ不安でいたか……! どれだけ心配、したか……ッ」
違う。
言いたいことはこんな恨み言じゃない。
エディがこれまで国のために尽くしてくれていたのはわかる。立派なことをやり遂げてくれていた。感謝を伝えるべきなんだ。わかってる、そんなこと。
なのに、言葉が紡げない。
いろんな感情がごちゃまぜになって、肝心なことがまとまらず声にならない。
すると不意に、拳を握り震える僕の手にエディが触れた。
そして、この三年。ずっとずっと想い、恋い焦がれてきた匂いが僕を包んだ。
「ごめん」
「っ……!」
「言い訳にしかならないけど、毎日が忙しく、手紙を書く暇もなかったんだ。兵士に街を見守ってもらって、定期的にノアが元気にやっている報告だけは受けていた。でもそれで安心して、会いに行く努力を怠ってしまった……」
背中にまわった腕が緩まり、少しだけ体が離れる。至近距離で合ったエディの瞳が、僅かに揺れていた。
「そうしたら、怖くなった。俺が王族だったと知ったノアは、俺が会いに行くのを迷惑がるんじゃないかって」
「そんなこと……」
「うん。冷静に考えれば、ノアがそんなこと思うはずないってわかる。でも気づいたときにはあまりにも時間がたちすぎて、もう待っていてくれてなかったらと、怖気付いたんだ」
「……じゃあなんで、ここに来たの」
「ニーナが、背中を押してくれた。約束のひとつも守れない男なんて嫌われて当然だ、嫌われたくないなら会いに行け、これ以上ノアを悲しませるなら許さない、って」
エディの前に仁王立ちして説教しているニーナの姿が目に浮かぶ。
そうか、ニーナもちゃんと元気でやっているんだな。
ほっと息を吐いたとき、エディの指が控えめに僕の頬に触れた。
「たくさん待たせて、不安にさせて……会いに来るのが遅くなって本当にごめん。……この三年間、一日だってノアを想わない日はなかった」
「!」
触れたところから伝わる熱が、僕の全身にゆっくり沁みわたっていく。
僕だって、毎日エディを想っていたのだ。
「再会できたらもう一度言おうと思ってた。ノア、俺は今でもノアのこと――」
咄嗟に、エディの口を両手で塞ぐ。
突然言葉を切られて目を丸くし、ぱちぱち瞬きするエディを見上げた。
「……待たせていたのは、僕も同じだ」
「え……?」
口から両手を外し、今度はエディの頬を包み込むようにして触れる。
「エディが好きだ」
「……!」
「言わないことがお互いの為だと思ってた……」
でも、そうじゃなかった。
ただ勇気がなかっただけだった。独りになるのが怖いと言い訳して、僕はずっと、逃げていただけだった。
でももう恐れない。
僕は、僕の気持ちを言葉にする。もう後悔しないように。
「エディのことが好き。ずっとずっと好きだった。もう、離れたくない。この先も一緒にいたい。だから……僕を置いて行かないで……僕の傍にずっといて……!」
エディの肩口に顔を埋め、堪えきれずに、とうとう涙が溢れた。
するとすぐに、エディが僕を抱きしめた。息ができなくなるくらい強く、強く抱きしめてくれた。
「俺もっ、ノアが好きだ。もう絶対に離れない、何があっても……!」
僕もエディの背に腕をまわす。全身に感じる彼の熱に、また一等涙がこぼれた。
涙を拭ってくれた指に顎をすくわれて、数センチの距離で目が合う。僅かに濡れた赤い宝石が、きらきらと瞬いていた。
どちらからともなく短い距離を詰める。伺うように少しだけ触れ、どきどきと鼓動が早まるのを感じながら目を伏せれば、あの時と同じように唇が重なった。
忘れられなかった唇の熱が、更に記憶に刻みつけるよう深く浸透していく。
――あぁ、エディだ。エディが僕のもとに、戻ってきてくれた。
またじわりと涙がにじみ、目の端からこぼれ落ちる。
口付けに夢中になっているうちにいつの間にが背中が地面についていた。唇がゆっくり離れていき、見えるようになったエディの顔をぽーっと眺めていたら、エディは深く息を吐いて僕の隣りに寝転んだ。
「もー……ノアかわいすぎるよ」
「え? なにが?」
「うーん無自覚……。相変わらずだねぇ」
ぶつぶつ何かを呟いて、でも嬉しそうに笑ったエディが頬を撫でてくれる。
エディに触ってもらえるのが嬉しくて頭がぽわぽわしてきたのだが、ふとあることが疑問に思った。
「そういえば、エディはアルフレッド様の手伝いをしていたんだよね?」
「うん、そうだよ」
「その……また、戻らなくちゃいけないの?」
さっきは、もう絶対に離れないって言ってくれたけど、そもそも僕はただの平民で、エディは王族だ。エディにはエディの使命がある。僕らがよくても、王城にいる人たちは許してくれないのではないだろうか。
「俺にできることはもう殆ど終わってる。時々呼び出されることがあるかもしれないけど、戻らなくても問題ないレベルだよ」
「王族として、残らなくちゃいけないとかは……?」
「……俺が生まれたことは特に発表もされてないから、一部の貴族を除いた国民は俺の存在を知らないでいる。前国王軍との戦いが終わった後、アルフレッド様は異母弟がいると発表しようとしてくれたんだけど、俺が止めたんだ」
「どうして?」
「王室を離れて、ノアのいる家に戻るつもりだったから。現に今、俺はもう王室を離れたことになってる」
「!」
王室を離れるということは、つまりエディは王族ではなくなり、爵位をもらわない限りはただの平民になるということ。苦楽を共にしたアルフレッド様や、命をかけて守り抜いてきたニーナともそう簡単に会えなくなる。
「よかったの……?」
「俺に王位継承権はないし、元々王子や王族って肩書にも興味がなかった。子どもの頃の事件がなかったとしても、俺はいずれ母と一緒にあそこを出ていたと思う。アルフレッド様やニーナと疎遠になるのは寂しいけれど、二度と会えなくなるというわけじゃない。アルフレッド様なんか、王室を離れることを伝えたら月に一度は手紙を出せだなんて言ってきたほどだよ」
その光景を思い出したのか、エディがくすくすと笑う。
アルフレッド様とは数回しか顔を合わせていないけど、エディのことを大事に思っているのがよく伝わってきた。強くて優しい、家族思いの人だ。エディが出ていってしまうことも、とても寂しく思っただろう。ニーナだってそうだ。長年一緒にいた兄妹なのだから、寂しくないわけがない。
エディが帰ってきてくれたのは嬉しいけど、家族と離れ離れにしてしまったことに少し罪悪感を感じた。
「……アルフレッド様もニーナも、ノアと一緒だったら構わないと言ってくれた」
エディの大きな手が、僕の手に触れて指が絡む。
「俺ね、ずっと考えていたことがあったんだ。どうして自分は生まれてきてしまったんだろうって」
「……!」
「俺がいなければ、お母様も、アルフレッド様も、国も……全部傷つかずにすんだんじゃないかって、ずっと思ってた」
エディがまだ子どもだった頃、魘され苦しそうにこぼしていた寝言を思い出す。
死んだと思っていたアルフレッド様と再会できて、少しは彼の心は救われたと思っていたけど、もしかしたら国の状態を目の当たりにするたびに考えてしまっていたのかもしれない。そういうネガティブな思考は、そう簡単に消えてくれない。僕も気持ちは、よくわかる。
「……でもね、わかったんだ。俺が生まれてきた理由」
一度目を伏せ、何かを思い出したのか、エディはくすりと笑い目を開けた。
「俺はきっと、あのとき、あの場所で――ノアと出会うために生まれてきたんだ」
あぁ……昨日のように思い出せる。
ボロボロだった白髪の少年と、視線が交わった瞬間のこと。
あの瞬間から僕たちの運命は、動き出していたんだ。
「うん――。僕も、そうおもうよ」
絡んでいた彼の手を僕も握り返せば、エディはふわりと微笑んだ。
「ノア、約束する。この先もずっと一緒だって」
「っ、……うん」
あぁ、今日はたくさん泣いてしまう。自分で拭うのがいやで、ずっと泣くのを我慢してきたからだろうか。
でももう、我慢しなくていいんだよね……?
いつだって隣りに、僕の涙を拭ってくれる人がいるんだから。
心地よい風が吹いて、周りに咲いている白い花と共に彼の髪がふわふわ揺れた。
「愛してるよ、エディ」
柔らかい髪に指を通し、躊躇うことなく愛を告げる。
彼は一瞬目を丸くして、けれども、いつ見ても美しい宝石のような赤い瞳を愛おしげに細めた。
「――俺も、愛してるよ、ノア」
END
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