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第13話

 おじいちゃんが亡くなってから、僕はおじいちゃんが望んでいたように店を継いだ。  はじめのうちは大変だったけど、経営の仕方とかを街の人たちから聞いてたくさん学んで、なんとか今ではひとりで店を切り盛りできている。  時が経って、悲しみはもうだいぶ薄れて、思い出話を笑ってできるくらいには元気を取り戻していた。  でもあの日以降、胸の中に溢れていたあたたかいものが、ぽっかりとあいた穴から全部こぼれ落ちてなくなってしまった。冷たい風がひゅーひゅーと穴を通り抜けて、どうしようもない空虚感にとらわれる。  夜になると、しんと静まり返った暗い家が、自分がひとりであることを突きつけてきているようで。直視したくなくて、僕はなにも考えなくていい仕事に没頭した。  レイさんはそんな僕の様子を定期的に見に来ては飯を食えと食卓に座らせた。言葉にはしないが、たぶん僕をすごく心配してくれているのだと思う。  それを感じ取りながらも、やっぱり独りのごはんは怖くて、寂しくて……。仕事に逃げ続けていた。  そんなときだ。僕のもとに兄妹がやってきたのは。  エディとニーナとの暮らしは賑やかで楽しかった。おじいちゃんと暮らしていたときのことを思い出し、寂しさが埋まって、心のぽっかりあいた穴も塞がっていくような感覚になった。  でも、入れ込みすぎてはいけない。  おじいちゃんがいなくなって余計に思い知った。大切な人を失ったときの辛さを。エディとニーナが大切になりすぎてしまったら、きっとまた、僕の心は空虚になる。  だから僕からは言えなかった。ここにいてくれって。  本当はいてほしいと願っているのに、明らかに訳ありでいつかここを去ってしまうとわかりきっている彼らを引き止める勇気は、僕にはなかった。  二人を保護して数週間たったころ。  エディの傷も治りかけて、一緒にいられる期間はおそらくあと数日であろうというとき。なんの因果か、おじいちゃんの命日も間近に迫ってきていた。  そのせいか夜になると、家にエディとニーナがいるはずなのに、どうしようもなく悲しい気持ちになることが増えていった。しかし僕が甘えられる人はそういない。唯一心の内を話せるレイさんも、隣街を行ったり来たりで忙しくしている。往診に来る日以外はまともに会話もできていない。  いつも通り自然と眠たくなるまで仕事をして、考える間もなくベッドに潜り込もうとしたが、なかなか眠くもならないしベッドに入っても上手く寝付けずで、結局ベッドから抜け出しダイニングでひとりぼーっとしていた。  ランプをひとつだけつけて、揺れるオレンジの淡い灯りを見ていたら、もしかしたら勝手に眠たくなってくれるかもしれない。そんな期待をこめて眺めてみたがやはりそう簡単に眠くはなってくれず、すっかり困り果てていた。明日も早いっていうのに。 「……ノア?」  そんなとき、静かな声に名前を呼ばれた。驚いて声のした方を振り向けばそこには寝たはずのエディが立っていて、なにやら心配気な表情で僕を見ていた。 「エディ、どうしたの?」 「えっと……お水が飲みたくて」  あぁ、喉が乾いたのか。  エディを椅子に座らせ、水をコップに注いで渡してあげる。エディはそれをこくこく飲み干して、ほっとしたように息を吐いた。 「もう一杯いる?」 「ううん、大丈夫。ありがとう」  ふわりと微笑んだエディを見て、保護したばかりの頃よりも随分と気を許してくれたなと感慨深く思う。初めのエディの警戒の仕様は、まるで昔の自分を見ているようだった。むしろ昔の自分のほうが酷かったかも。おじいちゃんもレイさんも、根気強く接してくれてたなぁ。 「……ノア、大丈夫?」 「えっ?」  突然のエディの言葉に、僕は顔を上げる。エディを見たら、先程のように心配気な表情をして僕の顔を覗き込んでいた。 「なにが?」 「すごく、辛そうな顔をしてる」  ぎくりとした。  自分でも元気な顔をできていない自覚はあったが、まさかエディに指摘されるほどとは思わなかった。でもここで全てを打ち明ける、なんてことは当然できなくて、僕は誤魔化すようにそんなことないよと笑ってみせた。  するとエディは立ち上がり僕の傍までやって来たかと思ったら突然、僕の頭に手を乗せた。そして僕の髪の流れに沿うように撫で始める。  予想だにしなかった行動に目を白黒させていたら、エディは手を引っ込めて恥ずかしそうに俯いた。 「その、俺、ノアに撫でられるの嬉しくてあったかい気持ちになったから……ニーナも喜んでくれるし……ノアも喜んでくれるといいなと思って……でもごめん、子どもの俺に撫でられても嬉しくないよね」  もう一度ごめんと謝って椅子に座りなそうとするエディの手を咄嗟に掴む。エディは目を丸くして僕の方を振り返り、首を傾げた。 「ノア?」 「……もう一回、撫でてほしい」 「!」  僕の言葉にエディはぱっと顔を輝かせうんうん頷き、再び僕の傍に寄って頭に手を乗せた。僕よりも小さく細い手が、優しく僕の頭を撫でる。それだけで、先程まで僕の心を覆い尽くしていたものが一気に霧散していった。  我ながら、撫でられることに弱すぎて笑ってしまう。でも本当に、これまでにないくらい満たされてしまったのだ。  溢れてきそうになる涙をぐっと堪え、撫でてくれているエディの手をとる。 「ありがとう、エディ。すっごく元気出た」  笑いかければ、エディも嬉しそうに笑ってくれた。  そのときふと、おじいちゃんが言っていたことを思い出した。 『大事な人の存在や想いというものが、なによりの良薬になることもある』  ――あぁ……なんとなくわかった気がするよ、おじいちゃん。  それ以降、僕が撫でられることが好きと気づいたエディがちょくちょく撫でてくれるようになり、僕も僕で満更でもなく受け入れていたので、最終的に僕を甘やかしまくるエディが完成してしまった。  しかしいつからだったろう。触れてくれる手のぬくもりに安心すると共に、そわそわと落ち着かない気持ちになったのは。近くにいられるだけでどきどき鼓動が早く打つようになったのは。  きっかけはやっぱり、初めて頭を撫でられたときだろうか。  ……いや、もしかしたら、初めて出会ったときからその兆しはあったのかも。だって今まで、人の顔を見て美しいと思いはしても見惚れるなんてことはなかったんだから。  一緒に暮らすことになって、共に過ごすうちにどんどん情がわいて、入れ込んではだめだとわかっているのに、撫でてくれる手にも、優しさを含んでいるきれいな瞳にも、心があったかくなるような微笑みにも、どうしようもなく惹かれていった。  でも結局、僕が臆病であったために想いを伝えることはできず、知らないフリだけがうまくなっていった。  エディは、こんな意気地のない僕をどう思っただろう。  僕を好きと言ってくれたけど、今はどう思っているだろう。  嫌われていても何らおかしくない。僕より素敵な人を見つけて僕じゃない人を好きになるかもしれない。  でももし、また会いに来てくれたなら……その時は僕も――。

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