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「南雲井さん、俺ら撤収しますね。また来週」 「ありがとう、お疲れさま」  仕事を終えた彼らを玄関先まで見送り、車が走り去る音を聞いた。  俺たちは残った片付けも済ませて、夕食の時間まで引き続きのんびりすることにした。  英一の就寝は早いため、夕食も早めだ。夕方には出発できるようタクシーの予約は済ませてある。    ■  スペイン料理店《ソル》は店の雰囲気も良い。  自分のような者が玄関から入って良いのかとオロオロしていたことを久々に思い出した。  堂々と歩く英一の後ろを縮こまって歩き、四人がけの広々としたテーブルに着く。  爽やかな笑顔の給仕係がメニューを開き、オススメ料理の説明をする。それをふまえて俺に意見をたずねつつ、英一がさくさく注文してくれた。 「タパスの盛り合わせと、パエリアと……」  素早くワインが提供され、前菜が運ばれてくる。  店に対する緊張は、美しい料理たちの姿を見てで一旦忘れた。 「さ、食べようか」 「おいしそうですね。いただきます」  皿に並べられた一口分ずつの前菜たち。  チーズ、生ハム、マッシュルームのマリネ、冷製スープ、スペインオムレツ、チョリソーの赤ワイン煮。  どれもが少量でも満足するくらい贅沢な味わいをしていた。  中でも、白身魚のフリッターが美味すぎる。  似たようなものを作ったことはあるが、こんな深くかろやかな味にならない。 「このフリッター、衣からさわやかな風味がします。とってもおいしいです。一体、どんな手間をかけてるんでしょうね……」  飲み込むのがもったいない気さえする。  夢中で味わう俺を、英一は和やかな顔で見守っていた。 「ずいぶん熱心に食べるね。そんなに気に入ったの?」 「あんまりおいしくて。家でも作れないかなと……貧乏性です」 「料理への好奇心があるというだけの話じゃないか。その恩恵にあずかれる身としては嬉しいことだ」 「でも、しばらくは違うジャンルの料理がいいですよね? 明日は和食を作ります」 「なんだかんだ、照近さんの味噌汁が一番好きだよ」  単純だが料理を褒められると嬉しい。  自分に趣味らしい趣味はないと思っていたが、強いて言うなら料理なのかもしれない。  ワイングラスに追加がそそがれ、ほんのりと酔いが回ってくると話にも花が咲いた。 「お待たせいたしました。魚介パエリアです」  給仕係がパエリア鍋(パジェーラ)をテーブルに置くと、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐった。  どでかい平鍋に敷き詰められた米と魚介の天国のような光景に見入ってしまう。小さくなってそこを泳いでみたい。火傷するからダメか。 「お二人分とりわけましょうか?」 「自分でやるよ、ありがとう」  給仕係から取り分け用のスプーンを受け取った英一は、俺の分を皿に盛ってくれた。  前に来たときも彼はこうしてくれたのを覚えている。  綺麗に具材を乗せてくれていて、彼のもてなしの心が嬉しかった。 「この香りを嗅ぐと、食事中なのにおなかが空いてくるね」 「わかります」  英一と同時にパエリアを口に運ぶ。  記憶にあるよりもずっと美味で、思わず顔が緩んでしまう。  海鮮の旨みをたっぷりと米に吸わせた罪な味だ。  ぱくぱく食べてしまう。行儀良くしなければと思いはするのだが、食欲には勝てない。 「思い出しました。『ソルは味覚が贅沢になって何日か戻らなくなるから、俺みたいな人間は特別な日以外に行くものじゃない』と前に話してましたね」 「そうだよ。だから今日解禁したんだ」 「英一さんはずっと覚えていたんですか、あんなべろべろに酔ってたときの会話」 「べろべろに酔っていたのは照近さんだけだったもの」 「う……!」  どんどん記憶が蘇ってくる。料理が美味すぎてワインを飲みすぎたんだ。  上機嫌でふらふらになっている無様な俺を家まで送ってもらった。 「あのとき、ちゃんと喜怒哀楽がある人なんだと知れて良かったよ」 「昔からありますよ、感情は」 「そうかなあ。はじめのころの照近さん、結構怖かったよ。幽霊みたいにいつの前にか掃除も洗濯も終わらせてて」 「それって、怖いんですか」 「気配がないんだもの。しかも、『おはようございます』『かしこまりました』『では、失礼します』の三語しか言わないし」 「そうでしたっけ……。『作り置きは冷蔵庫に』くらいは会話してましたよ」 「『作り置きは冷蔵庫に。では、失礼します』でしょ。会話はキャッチボールなんだよ、照近さん」 「……すみません」 「謝らせたいわけじゃないんだよ。仕事の顔じゃない照近さんと話せるようになって私は嬉しいんだ。だから遠慮なく飲んでほしいな。酔った照近さんって、レアでしょう?」 「恥ずかしい。今日は飲みすぎないようにします」 「残念」

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