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 次の店はさっきよりも入りやすい雰囲気だった。  値札の桁も減っていてホッとする。それでも俺が着ている服の何倍もするが……。  素材の良さや細やかな製法を踏まえると妥当すぎる価格だ。安くはないが、高いとも言えない。 「これとこれとこれと……」  すごい勢いでナツメが服を集め、そのすべてと共に試着室へ押し込まれた。  こんなに持ち込んで大丈夫なのかと不安に思いつつ、順に着る。  どれも品のあるシンプルなデザインで、親しみやすい。どんな服とも合わせられそうだ。  試着している間に新しい服が用意され、カーテンを開けるたび「それいいね! じゃあ次」あるいは「それやめとこ! 次これ」と閉められる。  壁際で待機する店員は、なんて楽な客なんだろうという温かい目で俺たちを見守っていた。 (どの服もすてきだな。でもやっぱり……俺には立派すぎるかも……)  俺の心の声が聞こえたかのように、カーテンの向こうからナツメが話しかけてくる。   「これより安い服にするんなら、今日出てきた意味ないよ。父さんに恥かかせたくないんでしょ?」 「うっ。そう……ですよね。たしかに……はい」  勇気をふりしぼって購入の意思を見せれば、ナツメはすかさず靴も差し出してきた。 「靴、サイズたぶん合うからはいてみて。あ、靴下ももうちょっと安いとこで帰りに買っとこうか」  なんて抜け目がないんだ。  この人はきっと、仕事でも優秀なのだろうな。 「あ、ありがとうございます。なにからなにまで……」 「うん。今着てるのと、さっき着てた青いのいいなって思うよ。何着か買わなきゃ。毎日同じ服着るわけにもいかないでしょ。あと、コートも一着はあったほうがいいね」 「ほ、ほどほどに……」  少しでも英一にふさわしい格好になりたいと願ったのは俺だが、総額を考えると恐ろしくなる。 「南雲井夫人なんだから、堂々とカード切りゃいいんだって。父さんからクレジットカードはもらった?」 「家族カードは言われて作りましたけど……」 「ケド? もう限度額いってるとか?」 「いえ、こういうの疎くて、まだ一度も使ってないんです」 「えー!? カードがかわいそう! 生まれてきた意味を教えてあげて!」  サッと店員が決済機(カードリーダー)を差し出してきた。 「わあ……」  店員とナツメの二人に見守られながら、俺の買い物がひとつ終わったのだった。  両手に紙袋を持って店を出る。  ナツメはめいっぱい楽しんで笑顔だが、俺はくたびれて目の焦点がグラグラだった。 「すみません、本当に、その、ちょっと疲れてしまって。どこかで休みませんか?」 「いいよ! 楽しかったねー」 「そ、そうですね。確かに俺だけではこんなにサクサク終わらなかったと思います」  通りがかった喫茶店に入る。  俺はコーヒーを注文し、ナツメはココアを選んだ。  ドリンクはすぐに提供され、喉をうるおして一息つく。  ナツメがスマホでSNSをチェックしている間、俺はぼんやりとガラス窓の向こうを眺めていた。  大通りでは車や人が忙しく行き交っている。  短くスマホが震えた。  英一からメッセージが届いている。 [ 調子良いです ]  簡素なメッセージと、ゴルフ仲間に撮ってもらったらしい写真。  青空の下で笑う英一はのびのびとして見える。空気が冷たいのか頬と鼻先がほんのり赤くなっていて、子供みたいで可愛らしい。  無事に楽しんでいるようだ。送り出した俺も嬉しくなる。 [ 土産話、待ってます。勝ってくださいね ]  そう返信して、スマホを置いた。 (……それにしても、たくさん買ったな)  横に置いた買い物袋を見る。  その中で畳まれているものを撫でた。  新品の手触り。ぴかぴかの生地が眩しい。  それに比べて俺の手は。  試着室で見た鏡の自分を思い出すと、口の中が渋くなる。 「考えてること、当てたげようか。良い服買うとさ、自前の手入れしてなさが気になるよね」  言い当てられて照れくさい。  髪も肌も、気にせずにいられたのはそのレベルの生活をしていたからなのだと思い知った。ほんの少し背伸びをすれば、自分と周りの違いに恥ずかしくなる。 「ナツメさんはなんでもわかっちゃうんですね」 「自分が通った道だもん。わかるよ。──照近さん、肌とか歯は綺麗だからそのまんまでもいいとして、髪はどこで切ってるの?」 「セルフカット……です」 「自分でやってるんだ。そのわりにうまいね。このへんで友達が美容院やってるから、一緒に行かない?」  ありがたい誘いを断る理由があるだろうか。  予約までとってくれるということで、ナツメと次も会う予定ができた。 「なんて親切な……」 「どーいたしまして。遊びがいがあって僕も楽しいよ。それに、思ってたより素朴というか、なんていうか、素直で、新鮮」 「いいんですよ、オブラートに包もうとしなくて。ほとんど家から出なかったものですから。世間知らずなんです」  ナツメがティースプーンをつまんだ。ココアに浮く生クリームを混ぜながら、ちらりと俺を見る。  その目には抑えきれない好奇心の輝きがあった。 「ねえねえ、前の旦那さんとはなんで別れたの?」 「婚姻を解消したのは最近ですが、死別したのは八年前ですね」 「あ、亡くなってたの。ごめん」 「いえいえ」 「家政婦始めたのはそれが理由なんだ?」 「過程はありましたけど、そうですね。生活が苦しくて」 「ふーん、そなんだ。お金に困ってたなら、もっと早くに再婚すれば良かったのに。八年前なら照近さん三十三歳でしょ?」 「オメガは嫁いだアルファに殉じるものだと思ってましたから」 「ああ。昔の人ってそうだよね。ひとりのアルファに操(みさお)立てて同じ墓に入るのが美談、みたいな。──なのに、父さんにプロポーズされたら考え方を変えたんだ。お金の力ってすごいね」 「……なかなかな言い方ですね」  普通なら『愛の力』とでも言うところだろうに、容赦がない。  英一と一緒になれば金銭的な苦しさから解放される──そう考えなかったと言えば嘘になる。  しかし、それは決め手ではないのだ。 「だったらやっぱり、使わなきゃ。父さんの金」 「そんな風に言わなくても」 「いいんだよ、あいつは家族のために金稼ぐことだけが愛だと思ってんだから」  一層あからさまな言葉の棘に驚いてしまう。  彼からにじむ悪意は、どう考えても俺ではなく英一に向いていた。  そして、傷付けるような物言いで、彼自身が傷付いているように見える。  父子のしがらみに触れたような気がした。 「ナツメさん……」  なんて声をかければいいかわからなかった。

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