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12 【2】
「ネットの方はどう?」
俺が鍋と向き合っている間に、英一が聞きにくく思っていたことを聞いてくれた。気になっていたから助かる。
『あー……、良くない知らせになるんだけど。めざとい第三者が週刊誌の記事をネットに持ち出してきた。よりにもよってバズった投稿のコメント欄にね。それで、嘘か真かで荒れてる』
「荒れてる、って?」
『父さんと照近さんが善人として持ちあげられてることに、僻 んでる連中もいたわけ。そういうのが記事を信じて悪口を投稿して、それを見た擁護派が怒って、……なんていうか、関係ない人たちが口論してる』
「私たちが見てないのに、私たちのことでケンカしてるの?」
『まぁそういうこと。アカウント持ってないみたいだから心配してないけど、二人はリアクションしに行かないでね』
「変な話だなぁ。私たちが『止めて』って言ったら終わりじゃないの?」
『残念ながら、当事者の言動って燃料にしかならないんだ』
付け合わせのトマトを刻みながら、想像もつかないネット世界に思いを馳せた。
「ナツメさんの仕事に影響はでてませんか?」
『仕事用のアカウントは別にあるから問題ないよ』
「カフェの人も、心苦しく思ってなければいいんですが……」
『こればっかりはタイミングが悪かったとしか。バズが炎上に乗っ取られつつあるのがイヤな感じだね。だからか、バズのきっかけになった投稿は削除されてたよ』
「口論の場が無くなったなら、それこそ話は終わりなんじゃないんですか?」
『僕もそう思ったんだけどね、変なアカウントができちゃってて。粘着っていうのかな。今はそのアカウントのコメント欄が試合会場になってる』
「粘着?」
『しつこく照近さんたちを悪者にしようとする捨てアカ。記事のこと引用したり、根も葉もない悪口を垂れ流してるよ』
「なにが楽しいんですか、それ」
『さあね。でも、金持ちが嫌いなヤツなんてごまんといるからさ、そういうのが共鳴者 になって一緒に盛り上がれるのって、ぼっちからしたら楽しいかもね。──照近さんについて詳しいし、ストーカーの才能があるやつか、身内かも。僕じゃないからね?』
英一と顔を見合わせた。SNSをやるような身内にそんなことをする心当たりなど。
『父さん、週刊誌の会社には文句言ったの? 撤回があればネットのほうも火消ししやすいのに』
「撤回記事を書かせるのは時間もかかるし現実的ではないんだよね。裁判沙汰だから。ただ、大人のやりとりはしたよ。今後は私たちのことを放っておいてくれるはずだ」
『それだけぇ? ……あ、綃子が帰ってきた。電話はここまでにするね。おやすみ、二人とも』
「おやすみなさい、ナツメさん」
『──くれぐれも検索してみようなんて思わないでね。ネットの悪口って、二人が想像する百倍は無根拠で、ひどいから』
通話が終了する。
ナツメが残していった言葉はじんわりと不気味さを帯び、俺たちは笑い飛ばすタイミングを失っていた。
妙な沈黙が続く中、火にかけた鍋がちょうどの頃合いになる。
消毒した盆にアルミホイルを張って皿とし、そこへ鍋をひっくり返す。持ち上げれば、ほかほかの蒸し飯が小山となって姿を現した。スパイスの良い香りが周囲に立ち込める。
マクルーバはビリヤニのような蒸し飯のことだ。肉と野菜をスパイスやヨーグルトで炒めたり煮たりして、それで米を炊いたもの。本当は羊肉だが安牌で鶏肉を使った。
空気を変えようとテレビをつける。
食卓の準備を整えて英一と料理をつついた。
初めて作ったわりにうまくできたと思う。ほろほろでジューシーだ。
付け合わせのタッブーレはパセリを中心にしたサラダで、ひきわり麦のプルグルが独特な食感がする。
「ビールと合うね」
未知の料理も物怖じせずに味わってくれる英一をにこにこ眺めていた。こういう夜が、最近の俺の好きな時間だ。
「英一さんが好き嫌いしない人で良かったです」
「家にいるのに旅行してるみたいで楽しいよ。それにしても、なかなかの量を作ったね」
盆の小山は、二人分取り分けてもまだ山のままだった。
「これでもレシピより少なめに作ったんですよ。冷凍してもいいですけど、誰かにおすそわけしようかな……」
そう呟くと、英一が思い出したように言った。
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