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移動中

リムジンの重厚なドアが閉まった瞬間、外の喧騒は嘘のように消え去った。 幾重にも施された防弾ガラスと最高級の防音材が、日本の空港の熱気とカメラのシャッター音を完全に遮断する。 「……ふぅ。やっと日本に着いたね」 ハルは、広々とした本革のシートに深く背を預けた。 ワーウルフの国から、日本への長時間フライト。 王室専用機で、侍女たちに世話を焼かれていても、やはり疲労は溜まる。 横に座っていたユキが、ゆっくりとカラーサングラスを外す。 そこにあったのは、先刻までロビーを震え上がらせていた覇王の眼光ではなく、身内だけに見せる、少しだけ疲れを孕んだ穏やかな安堵の表情だった。 「ああ。お疲れ様、ハル。長旅だったね」 「うん。空気が、懐かしい感じがする」 二人は、自然と恋人繋ぎに指を絡めていた。 二人きりでいるのに、頭の中にあるのは大切な子どもたちのことばかり。 「パピーたちは、あっちの車で大人しくしてるかな?」 「侍女たちがついている。あいつらも、初めて見る景色に興奮していたようだったけど、今頃、車に揺られて寝てるでしょ」 ユキはそう言って、備え付けのキャビネットを開けた。 そこには、先回りした侍女たちが用意してくれた、彼らの好みに合わせたドリンクと軽食、瑞々しいフルーツの盛り合わせが並んでいる。 「はい」 ユキが手渡したのは、ハルが好む、冷たくてほんのり甘いラテ。 ユキ自身は、キリリと冷えたブラックのアイスコーヒーを一口飲み、喉を鳴らした。 「……おいしい」 満足げに頷くユキを見て、ハルはふと、不思議な心地良さに包まれる。 ユキがブドウを口にしたのを見て、ハルも真似をしてブドウを一粒。 大粒のシャインマスカットを口に放り込み、歯を立てると、薄皮がぶつりと割れ、瑞々しい果汁が溢れ出た。鼻に抜ける爽やかな香りを楽しみ、息を吐いた。 リムジンは、空港の敷地を走り抜け、高速道路に入ろうとしていた。 窓の外には、ワーウルフの国の鬱蒼とした密林では決して見ることのない光景が広がった。 大海原を覆い隠すように広がっているのは、整然と積み上げられた、巨大コンテナの山。 物流センターの無機質な壁面に、巨大なクレーン車が描く鮮やかなイエローの直線。それこには、この国が持つ底力と、未来へと伸びようとする貪欲なまでの生命力が宿っていた。 「……すごい。本当に、帰ってきたんだ」 ハルは、滑らかな加速を続けるシートに体を預け、流れていくその機能美を見つめた。 自然あふれるワーウルフの国の風景も愛しているが、この無機質で圧倒的な「情報の密度」に触れると、自分がこの国の人間だったことを強く、懐かしく思い出す。 不意に、コンソールパネルから控えめな電子音が鳴った。 助手席に座るワーウルフの筆頭SPが、内線インターホンを通じて、後部座席の二人へ声をかける。 「――ユキ様、ハル様。まもなく都心環状線に入ります」 スピーカー越しに届く声は、ノイズ一つなくクリアだ。 「この後、ご予定通りまずは当国直営の『ザ・ルプス・タワー』へ向かい、チェックイン。お荷物を解かれた後、お部屋で昼食となります。……その後、午後十五時より外務省の方々と、軽食を交えながらのご歓談のお時間を設けております」 SPの淀みのない報告を聞きながら、ハルは少しだけ背筋を伸ばした。 『軽食を交えた歓談』という柔らかな響きではあるが、それが日本政府からの最大限の敬意と、ワーウルフの国との繋がりを求めた切実な要請であることを、ハルも察している。 「ごめんね、ハル。新婚旅行なのに、公務が入って」 ユキは慈しみを込めて、ハルの手の甲を自分の頬に押し当てた。 王族としての責務だと分かってはいても、一人の男としては、ハルとの時間を一分でも削られるのが惜しいのだろう。 「いいんだよ、ユキ。おれだって、ユキの隣に立つ者として挨拶できるのは嬉しいから」 ハルが王子妃としての自覚を持って微笑むと、ユキは愛おしそうに目を細め、その肩を抱き寄せた。

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