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第1話
獣人―――それは猿以外の動物から進化した「人間」。
特徴的な獣耳と尻尾を持ち、中には鋭い嗅覚や聴覚など祖先の血を濃く残した者もいる。
また、通常の男女という性別のほかに、「アルファ(α)」「ベータ(β)」「オメガ(Ω)」という3つの『第二の性別』が存在する――これは、そんな世界の話。
――――――――――――
「……死にたい」
缶ビールを片手に机に突っ伏して情けない声を上げているのは、狼の獣人・御子柴 清人 。
大多数のβ性でありながら、190センチの高身長に黙っていれば誰もが振り返る整った顔立ち。無駄にスタイルと顔がいいこの男は、これまで恋人に不自由したことがなかった。
が、恋人と長く続いた記録がない。
「束縛されるのは嫌だって……っ、そんなのしてないし、俺はちょっと心配なだけなのにっ」
「心配って……分かってんだろ、猫種の女は自由でワガママな性格が多いって。お前はどうせまた、スカートが短すぎるだとか夜の帰りが遅いとか言ったんだろ?」
「………」
「はぁ……。そんなに猫猫猫って、そこまで猫にこだわる必要もないだろが」
清人の失恋を鼻で笑うのは、幼馴染のチーター。
清人は、大学でも有名な「猫の獣人好き」であり、世話焼きな性格だ。本人は純粋に相手に尽くそうと一生懸命なのだが、それは自由を愛する彼女たち(猫)の気質に合わない。付き合っても数カ月で「愛が重い」か「口うるさい」と、大体このような理由でフラれている。
「いいや!俺は猫がいいんだ!あのお日様の匂いとふわふわの毛並み!警戒心強いのに俺にだけはゴロゴロ鳴らす喉の音っ!あと発情期はめっちゃ甘えん坊で、めっちゃエロくて」
「やめろ、ストップ。幼馴染のセックス事情なんて知りたくねぇし、発情期は誰でもそんなモンだろ。相変わらず猫好きを拗らせてんな」
「ううっ‥‥っ」
「ハッ。 でも中途半端に見た目がいいせいで総スカンをくらったのは気の毒だって笑ってやるよ」
そうなのである。清人は毎回フラれている側なのだが、立ち直りが早くすぐ新しい恋人ができる。
猫の恋人を取っ替え引っ替えしていると知らず知らずのうちに悪評が立ち、ついに大学にいる猫の獣人たちから「ヤリチン狼」のレッテルを貼られたのだった。
「はぁ…つらい」
「どんまい」
全然、心のこもっていないどんまいだ。
派手な私服に包まれた長い脚を組み、涼しい顔でビールを傾ける幼馴染の顔。
それをじぃっと恨めしげに見つめている清人だったが、
「なぁ、柊 ? ちょっとでいいから俺に甘えてくんない?」
――― 間。
「………おっと、ついに猫科ならなんでもよくなったのか?俺は雄で小柄じゃないし可愛くもないぞ」
班目 柊 。清人ほどではないが179センチと高身長でスレンダー。
――――そして数少ない、α性だ。
『男が男を撫でようとするな、最悪な絵面だ』と柊は心底嫌そうな声で言う。まぁそうかもしれないが、
「可愛くはねぇけど、お前って美人じゃん」
「……は?」
「確かに背はある方で華奢じゃないけど俺よりは小さいし、あでっ」
ビシッ――。清人の額に容赦ないデコピンがお見舞いされた。
「飲み過ぎだ。馬鹿野郎」
「うっうっ…。たしかに猫ちゃんはそんな凶暴じゃない…」
「言ってろ」
重ねるように清人みたいなのはタイプじゃないと、まぁまぁ失礼な幼馴染だ。俺だって自分の顔にはそこそこ自信あるのに。
「……あ、そうだ忘れてた。馬刺し、流水解凍で放置したままになってるわ。ちょっと待ってて」
「お。ついでにビールもよろしく」
「はいはい」
やっぱ、そこまで彼女のこと引きずってねぇだろ…っと言いたくなる背中だ。
台所に消えていく清人と、その見えないところでムスッと口を尖らせる柊。
「つーか、チーターだって大きな猫みたいなもんだろ…」
狼のアイツは本当に見る目がない。
そもそも、すぐに別れてすぐに他の雌猫と付き合うものだから猫種のコミュニティ内では元々噂にはなっていた。
今の清人に近づいてくるのは、望んでいる愛情深いタイプなんかじゃない。ただのヤリチンに興味を持った元から浮気性な奴らばかりだ。
―――なのに清人のやつはアホみたいに生真面目で父親みたいに細々と世話を焼いて口うるさくするもんだから、結果として煙たがられてフラれている。
それにずっと気づかないなんて……。
「バーカ。鈍すぎるにもほどがあんだよ……」
ずっとずっと長い間そばにいるのに
俺だって何度か、喉を鳴らしてるのに
馬刺しだって、俺の大好物と知って無意識に用意しているくせに…。
「ん?なんか言った?」
お盆に馬刺しとビール缶を載せて戻ってきた清人が、不思議そうに首を傾げた。
「ああ。狼のくせに鈍感だって言った」
「え、突然の悪口?酷くね?」
酷いのはお前だろ、バーカ。
心の中で悪態をつきながら柊は差し出されたビール缶を受け取り、プルトップを引き抜く。
カシュッと小気味いい音がリビングに響く中、清人はじっと何故か耳を横にピンと張った状態の柊を見下ろしていた。
「なに? 座らねぇの?」
「や、なんでイカ耳になってんのかなぁって? 急に不機嫌になるのな、お前」
「おい、猫みたいって言うなよ」
「なぁ、やっぱりちょっと撫でたいんですけど」
馬刺しに箸を伸ばそうとした柊の手が止まる。
「…‥‥触ったら噛むからな」
「怖っ!?」
慌てて両手を挙げて降伏する清人を見て、柊はふんと鼻を鳴らす。
本当に噛む時は、嫌悪ではなく別の感情の時だけだなんて、鈍感馬鹿な狼は一生気づかないのだろう。
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