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第1話 ベタに異世界転移した
すげえベタに異世界転移した。
アニメで見たような街並みに降り立って、俺はそう思った。
トラックにはねられて気絶して気が付いたら異世界だったわけではない。
歩いていたら地面に穴が開いて、そのまんま落っこちて、意識があるままひゅううううって落ちて、ゆっくりゆっくり青空の中を降りていって、このアニメのような街並みが大きくなっていって、体がふわりと一回転して、足からすたっと降り立った。
意識が地続きだから混乱もなく、あ、異世界転移だってすぐにわかった。
「まじかよ。異世界転移とかってほんとにあるんだ」
中世ヨーロッパのような街並み。ガイドブックで見た外国の古都の写真みたいだけれども、全部が新しい。レンガ造りの家も石畳の道も全然古びていなくて現役感がある。
そういやあ、京都に旅行に行ったときに修復し終わったばかりの寺が意外に極彩色で驚いたっけ。古色蒼然、わびさびなんてものは経年劣化だったんだなってその時思った。
はい、もちろん現実逃避していますとも!
俺は俺にツッコんだ。
異世界転移ものは割と好きだ。もともとファンタジーが好きだったから、現代人が現代人の感覚のままファンタジーの世界に転移するという設定そのものにわくわくした。主人公がチート能力で世界を救うとか、異世界で素敵な人からモッテモテみたいなご都合主義的なストーリーも大好きだった。
ままならないのは現実だけで十分だ。
ままならない現実。
田舎から出てきて5畳ワンルームロフト付きのアパート。狭いキッチンでIH調理器も鍋が1個しか置けないやつ。お湯はポットで沸かすとしても、おかずを2品作ったらどっちかは冷める生活。田舎から持ってきたエレキギターは、ヘッドホンアンプをつけてかき鳴らすしかない。
仕事は順調だった。人生でままなってたのはそれだけだ。
田舎に好きだった人がいて、その人から逃げるように上京して、それでも27歳のこの年まで恋人の一人もできなかったのは、男が好きだからという単純な理由に他ならない。
そんな全部が順調ではないけれども決して不幸でもない俺は、異世界転移するには半端なキャラクターだと思う。物語だったら絶対にフックが足りない。だけれどもこれは現実みたいだから、俺みたいな「元いた世界に戻してくれ!俺には愛する人や家族がいるんだ!」系とも、「元の世界では社畜で過労死寸前でした。こちらの世界で楽しく生きます!」系とも違う人間でも、異世界転移することがあるらしい。
道の真ん中に突っ立ってずっとそんなことを考えていたのは、もちろんこのあとどうすればいいのか、全く見当がつかないからだった。
物語だったら、そもそもが何か異世界側に目的があって、わざわざ召喚されたとかで、召喚した人達(神官とかそういう)がなんやかんやしてくれたり、召喚されていないのならいきなり魔物に襲われて、危機一髪になってチート能力に目覚めたりするものだ。
だけれども俺は魔物が襲ってきそうな荒野でも、神殿や宮殿みたいなところでもない、平和そうな街に降り立ったので、道の右に行くのか左に行くのか、そこから自分で決めなくてはいけなかった。とはいえどこに行って何をすべきか分かるはずがない。
待ちゆく人たちは俺のことをちらりと見ては通り過ぎていく。明らかに服装がこの世界と違うんだけど、俺になんか言うことない?
話しかけてもらえると、ここからどうするのか方向性が見えてくると思うんだけど。
と、他力本願なことを考える。
俺はぐるりと街を見回した。
街一番の美味しいレストラン ひまわり亭
靴の修理 ゾジーじいさんの店
焼きたてパン 本日休業
看板が読める!日本語で書いてあるわけではないんだけど、なんでか読めるんだ。
それに道の向こう側で話している人たちの言っていることも分かった。
良かった。言葉通じる系異世界転移かっ。
まずはほっとした。
異世界転移ものはだいたいはじめから言葉が通じるけれども、転移の途中で神様から加護をもらうというエピソードがあるものが結構あるから、俺は神様に会ってないけど?ってちょっと焦った。
それにたまに言葉通じない系異世界もので、まずは言語の習得から!なんてハードモードなものもあって、学生時代に英語で相当苦労した俺は、心から安心した。
「異世界からいらした方ですか?」
しばらく道の真ん中につっ立っていて、たまに馬車とかが通るからちょっと危なくて、道の端まで歩いて行って、そこで立ち尽くしていた俺に話しかけてくれたのは、制服を着た男性だった。
騎士服っていうの?白くて肩のところに房飾りがあってピシッとしてかっこいい、アニメだったら王都や王宮を守るタイプの騎士が着ている服を着ている。
俺はその男性を見上げながら頷いた。
男性は背が高かった。というか行きかう人たちはみんな結構背が高かった。日本人男性としては長身だったはずの俺だが、ここの人たちは女性が俺と同じくらい、男性は全員俺よりも10センチは背が高そうだった。
「私は王都警備のツァヴァトゥと申します。異世界転移された方を保護するのは警備の仕事ですので」
俺を安心させようとしたのか、やさしい笑みを浮かべてくれた。
うん。確かに西洋風の彫りの深い顔に見慣れない薄い水色の瞳で真顔だと、ちょっと怖い。笑顔を作ってくれて俺はほっとした。
「ええと、異世界転移してくる人が多いってことですか?」
「ええ、そうですね。時空の穴が王都の上空にあるようで、たまにいらっしゃいます。この前は3年前に一人」
あ、そんなに多いわけではないのか。それはそうか、毎月何人も転移してきていたら、向こうの世界で大問題になるだろう。
「異世界から来た人は、豊穣をつかさどるとされているので、大切に保護することになっています。ですので、安心してなんでも仰ってください」
知らない場所で知らない人に安心してくださいと言われたから安心するなんて、単純すぎると思う。だけれども俺は安心した。
異世界に降り立って、言葉は通じそうだってわかった。でも財布は持っているけれども日本のお金は使えないだろうとか、スマホは役にはたたないよな?とか、家がないよとか、知り合いもいないよとか、この世界の法律がわからないよとか、食べ物はどうしたらいい?寝る場所はどうしたらいい?着替えもないよ?とかそんな不安がずっと脳内をぐるぐるぐるぐる回っていた。
この王都警備の人が何とかしてくれるのなら、この人についていけばいいのだろう。異世界転移者が今までもたまにいたのなら、何か取扱説明書的なものもあるだろうし、大切に保護してくれると言うのなら、とりあえず衣食住と身の安全くらいは確保できるに違いない。
俺は大いに安心した。
少し前を歩いている王都警備の人の背中を見ながら俺は歩いた。さっき名前を教えてくれたけれども、ちゃんと聞き取れなかった。ツァとかヴァとかもともとの日本語にない音が並んでいて、はっきりと聞き取れなかったし、上手に発音する自信もなかった。
「まずは、警備の詰め所にいきますね。そこで異世界転移者の登録と手続きをします。そうすると、転移者用の住居や生活費の支給を受けられますから」
王都警備の人が振り返りながら説明してくれる。
大きな水色の瞳だった。その瞳が金色の長いまつ毛に縁どられている。まつ毛が金色だから、もちろん眉毛も髪の毛も金色だ。肌は白くて全体的に色彩が薄い。
西洋人はやっぱりかっこいいなあ。俺は自分のかろうじて二重の顔を思い出しながら思った。黒髪黒目、ぎりぎり二重の顔は日本人の中では不細工なほうではなかったけれども、でも西洋人の間に入ったらひらぺったい。
そして日本人の中では長身でたくましい部類の俺の体は、警備の人と比べたら小柄で華奢と言ってもいいくらいだった。悔しい気持ちと嬉しい気持ちとが同時に同じくらい浮かび上がった。
俺は警備の人の顔に見惚れていたらしい、石畳につまずいてずっこけそうになった。振り返った警備の人が手を伸ばして俺を支えてくれて、俺はドキッとした。
異世界転移して、元の世界にもどれるのか戻れないのか、この世界はどんな世界なのか、そんなことが全く分からないのに、俺はどうかしていると思う。この自分を保護してくれた警備の人がちょっとかっこいいとか思ってドキドキしているなんて、危機感がなさすぎるし楽天的すぎる。
もしかしたらこれも一種の現実逃避なのかもしれない。
俺の腕と腰を支えてくれた手が、たくましくて、心配そうに顔を覗き込んでくる水色の瞳が優しかった。
「異世界人にとって石畳は歩きにくいそうですね」
そういうと、警備の人は当たり前のように俺の前に肘を差し出した。
「つかまってください」
そんな人前で腕を組むようなこと。
俺はためらってきょろきょろとあたりを見回した。
あれ?
道行く人たちは大人同士で手を繋いだり、腕を組んだりして歩いている人たちが多かった。若い人たちだけでなくて、おじさんやおばさんもそうしているし、結構老けている人たちも手を繋いで歩いている。
そして男女だけでなく、男性同士、女性同士でも手を繋いだり腕を組んだりしている。
あ、なるほど。ここはそういう文化なのか。友達同士や知り合い同士でも気軽に触れ合うのが当たり前のようだ。
じゃあ、と、俺はおずおずと差し出された腕に腕を絡めた。
俺の気持ちにはよこしまなものがある。ここの人たちは単なる親愛の情で身体接触をしているのだろうし、警備の人は単に俺を保護する一環として腕を差し出してくれたに過ぎない。
でも俺は、かっこいい男性と腕を組んで歩くのを楽しんでいた。腕の筋肉のたくましさや、体幹がしっかりしていて頼りがいがある安心感を堪能していた。
その時俺は、たった一人で異世界に降りてきた心細さもこれからの不安も何もかもを一時忘れていた。
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