2 / 31
第2話 異世界生活ストレス半端ない
現代日本人が中世ヨーロッパ風異世界に転移するとストレス半端ない!
これはぜひ、異世界転生もの好きの現代日本人に伝えておきたい重要事項だ。こんなストレスフルな環境に適応して、世界を救ったり、魔物と戦ったり、スローライフを送ったり、好きな人といちゃいちゃできるなんて、物語の主人公たちはすごい。
だって、だってさ。電気がないんだよ!当たり前のことだけど、その一言に尽きる!
俺、火で調理できなかった。実家もIHだったし自分のアパートもIH。そもそもガスコンロを使ったのが、たぶん学校の調理実習だけ。だからそもそも火に慣れていないのに、この世界には「火力自動調整とっても便利リンナイガステーブル」なんかなくて、かまどで火を焚いて、そこに鍋やフライパンをのせて調理するんだ。
いや。無理。絶対。自分でも知らなかったけれど、俺ちょっと火が怖いし。
良かった。俺、魔法でドラゴンを倒す系の世界だったら絶対逃げ出してた。だってドラゴンって火を吹くじゃん。
異世界人はかまどでご飯を作れないということは、ちゃんと異世界人取扱説明書に書いてあるらしい。
うん。無理。
それに洗濯も洗濯機がないから手洗いだし、掃除も掃除機がない。掃除は学校でやっていたから箒とちりとりと雑巾で何とかなるけれども、そもそも水が水道から出てこなくって、溜めてあるやつをすくって使うスタイルだから、食器を洗うのだって全然慣れない。
電気だけじゃなくてガスもないからお風呂だって簡単には入れない。街の人たちは川で体を洗って済ませたり、街の公衆浴場に行ったりするらしいけれども、異世界人は自分の家の中にお風呂が必要だと、それも取扱説明書に書いてあるらしい。
だから異世界人用の住居にはお風呂がある。
でもそれもかまどでお湯を沸かして浴槽に運んで使うタイプのもので、蛇口をひねったらちょうどいい温度のお湯が出てくる便利さとは真逆のスタイルだった。
だれだよ、5畳ワンルームロフト付きアパートの文句言ってたやつ!あれは本当に快適だった。訂正してお詫びする。ポットでお湯が沸いて、IHで調理ができる生活、ものすっごい便利だった。
だから、俺のお世話をしてくれるって人が来て、ご飯を作ったり洗濯をしたりお風呂の準備をしてくれたりするんだけれども、それが子どもなの。
やだよ、中世ヨーロッパ風。
聞いてみたら幼年学校ってところはあるみたいだけど、貧しい家の子は学校には行けなくて、小さいころから料理とか洗濯とかをできるようにして、そしたらお金持ちの家で住み込みで働いたり、通いで働いたりして、もうお金を稼ぎ始めるんだって。
そのお金だって、こっちの物価で考えてもすっごい少ないしさ!
俺、元の世界では社会のこととか全然考えたことなかったけれども、これは良くないって思った。この世界はそういう世界だからそれはそれで仕方ないけれども、俺の面倒を見てくれるのがたった12歳の子どもで、その子は学校にも行ったことがなくて、27歳異世界人のために毎日ご飯を作ったり、洗濯をしたりして過ごすなんて絶対良くない。
俺はツァヴァトゥさんにお願いをして、俺のお世話係のフランツ君が学校に行けるようにしてもらった。異世界人に支給されるお金っていうのはまあまあ高額で、一生働かずに暮らせるくらいあるみたいだったから、だからそのお金でフランツ君を学校に行かせてほしいって。料理も洗濯も自分でするからって。
ツァヴァトゥさんはなんかすっごい驚いてた。水色の瞳がすっごく大きくなってキラキラしていたから、俺は口ごもってしまったけれども、黙ることはできなかった。
現代日本人の価値観を持ち込んでごめん。郷に入れば郷に従わないといけないことは分かっているけれども、だから国の施策を改革しろとかそんなことは言わないけれども、でもフランツ君、賢そうだよ。それに異世界人の俺にも優しいんだ。俺がご飯が食べにくいってぼやいたら、小枝を削って箸を作ってくれたりするんだ。
だからさ、お願いだから。
フランツ君は学校には行きたいけれども、俺のお世話も続けるって言ってくれた。本当は12歳の子どもにお世話を頼むのは、良心がきりきり痛んだけれども、俺のところで働かないなら、俺に支給されるお金で学校行くのはおかしいって言われたし、俺のお世話係でなくなったら別の所で働くだけって言われたから、フランツ君には朝と夕方に来て、家事をしてもらうことにした。
ありがとう。ごめんね。
それで料理とか洗濯とかそういったことは何とかなったんだけども、電気がないってほんとにしんどいんだ!
だってさ、だってさ、まず夜更かしできないんだ。ランプはあるけれどもそんなに明るくなくって、本を読んだりするには明るさが足りない。っていうか本はあるけど漫画がないんだよっ。この世界には。
それで言ったらテレビもゲームもYouTubeもないから、もう逆に夜更かしする理由そのものが何にもない。暗くなったら家に入って、ランプの明かりでご飯食べたりお風呂に入ったり寝る支度したりして、そうしたら別に何にもすることがないから寝るしかない。
そしたら当然朝早くに目が覚めるけれども、朝って結構早いうちから明るいのな。だからカーテンと窓を開けたらなにをするにも十分に明るいから、それで結局早寝早起き。睡眠時間も毎日たっぷり。
そうか、生活リズムの乱れとか、睡眠不足とかって、そもそも電気のない時代にはあんまり存在しなかったんだな。って俺はしみじみ思った。
いやおうなしに小学生みたいな早寝早起き生活をさせられるのは、まあいいとしよう。持病だと思い込んでいた頭痛が嘘みたいに治ったし。市販の頭痛薬がだんだん効かなくなってきて、頭痛外来に行こうかどうしようか迷っていた頭痛の原因は、どうやら睡眠不足だったらしい。
あと、たぶん眼精疲労。
この世界、目が全然疲れない。
テレビもスマホもゲームも漫画もパソコンもタブレットもなくて、あるのは本だけ。だから目にはとてもいい。
目には。
すっごく退屈なわけではない。テレビもスマホもゲームも漫画もないけれども、俺を保護してくれた警備の人(何回か名前を聞き返して、ツァヴァトゥさんだってわかったけど、どうしても言えるようにならなくてタバトさんって呼ばせてもらうことにした)が家によく来てくれるし、近所の人たちにも街の若者たちにも紹介してくれたから、誰かしら家に来てくれて、話し相手になってくれたり、外に連れ出してくれていろんなところを案内してくれたりする。
タバトさんも仕事のない日や夜には必ず来て、俺が困っていないか確認してくれるし、一緒にご飯を食べたり出かけたりしてくれる。
フランツ君もおしゃべりに付き合ってくれて、学校であったことを話してくれたり、俺の元の世界の話を聞いてくれたりする。
だから退屈とは違うんだけど、窮屈?窮屈だった。
そうか!
と俺は何度も思った。
テレビもスマホもゲームも漫画もYouTubeも全部一人で楽しめるものだけれども、それがないと人間は一人では退屈すぎる。だからこれらのものがない世界では人と人とのかかわり合いがものすごく濃密で活発で、そこから楽しみを見出しているんだ。
それにスマホもパソコンもない時代は人との会話の中で情報を得たりしているんだって、俺は理解した。
スマホでXを開いて、顔も知らないフォロワーさんたちと一緒におしゃべりしたり、好きなアニメの話で盛り上がったりしていても、自分の体は一人きりの空間の中にいる。テレビでたくさんの人たちが話しているのを見たり聞いたりしていても、それは画面の向こう側で、こちら側は一人気楽に過ごしていられる。それで飽きたり疲れたり別のことがしたくなったら、テレビもスマホも全部消して、自分の好きなように過ごせる。
ここでは、お喋りの楽しみは全部生身の人間と行うしかない。綺麗な景色が見たかったら足で歩いて本物を見に行くしかない。遊びたかったら生身の人間とカードゲームやボードゲームをして、話したかったら生身の人間と話して。
全部にライブ感が強すぎて、一時の異世界転移の興奮が収まると、俺はめちゃくちゃ疲れてしまった。
とにかく生身の人間とのかかわり合いが多すぎる。
元の世界で俺は一人で暮らしていて、起きて出勤するまでは一人だし、自動車通勤だし、仕事はもちろん職場の人たちの関わり合いはあるけれども、半分以上はパソコンでできる作業だし、連絡手段は大体メール、たまに電話。ズーム会議なんて「人と喋ってる感」結構強いほう。
昼食や夕食を職場の人と食べたり、休みの日に友達と遊んだりはしても、結局は一人の家に帰ってきて、また寝るまで一人で過ごす。
その間にもちろんテレビ(というか見逃し配信やサブスク)でなんか見たり、ラジオ聞いたり、音楽聞いたり、エックスやったり、ゲームだってオンラインで仲間と遊んだりしていて、にぎやかな生活を送っていたけれども、実際の自分は独りの快適空間に存在していたんだ。
それが、この世界では、そもそもまず一人暮らしってのが異常なことらしい。取扱説明書に異世界人は一人で暮らすことを好む、人と暮らすときにはそれは恋人や伴侶、自分の子どもに限られる場合が多いって書いてあるらしくて、だからフランツ君も通いで来てくれるんだけれども、俺からしたら当たり前のこの感覚、この世界では全然当たり前じゃないみたい。
寂しくないかとか、退屈じゃないかとかしょっちゅう心配されている。どうもこの世界の人たちは、誰かと一緒に暮らすのが普通らしい。俺が考える一般的な家族だけでなくて、伯父さんや姪っ子とか、遠い親戚とか、職場の仲間とか、友達同士とか、そんな感じでみんなで暮らしていて、異世界人の一人暮らしは尊重はしてくれるけれども、理解はできないものらしい。
尊重はしてもらえるから、俺は人に疲れたら家で一人でいられる。好きなだけ一人でいられるんだけれども、それはそれでやることがないんだ。
だってテレビもラジオも音楽もゲームもインターネットも何にもないんだ。気楽に電話でしゃべることもないし、メールやラインでやりとりすることもない。芸能人が画面の向こう側でしゃべったり演技したりを見ることもない。
俺はこの、たった一人でやることもなく過ごすか、生の人間に関わるしかない世界に疲れ切ってしまった。
ともだちにシェアしよう!

