8 / 8
第8話 正気じゃないから*
「勇者が……?」
予想外の存在を話に出され、俺はいぶかしげに尋ね返す。ヒーラーはぼんやりと緩んだ目で、自分の乳首にそっと手を這わせた。
「戯れに、両胸に……ピアス穴を、開けられたん、です……。時折、行為の時に、ピアスを……つけ、られて……んっ♡ それを、細い鎖で繋いで……ちぎれそうなほど、引っ張られたり……ん、あぁっ♡」
かつての己の痴態を語りながら、ヒーラーの指先は自らの胸の先端を刺激していた。細かく引っ掻いたり、弾いたりするたびに、彼の口からは艶めかしい声が漏れ、俺は目を硬く閉じて顔を逸らす。
「ひ、ヒーラーっ……! 無意識かもしれないが、そういうことを人前でするのは、よくないと思うぞっ……!」
「へ?」
間抜けにも聞こえる声色でヒーラーはきょとんと声を上げると、しばらく沈黙してから、こちらに歩み寄ってきた。
「アレクさま」
「うおっ!?」
体温の低い彼の手が俺の手首を掴み、手のひらに生暖かくて柔らかい感触のものを乗せる。目を開けると、心なしか不満そうに唇を尖らせた彼が、俺の手のひらに軟膏を広げていた。
「アレクさまの、手で……塗って、くださ、い……背中も、胸も……他のところも」
「えっ、いやでも胸は自分で塗れるんじゃ……」
「ひどいこと、言った、罰です……。やってくれないん、ですか……?」
いつになく感情的に要求するヒーラーに押し切られ、俺は混乱する思考のまま、彼の胸へと手を伸ばす。
「んっ、上手ですよ……アレクさま……♡」
「そ、そうなのか……?」
甘い彼の声を聞いていると、脳の奥が痺れるような感じがして、言われるままに手を動かしてしまう。もしかして今の彼は正気ではないんじゃないか。本能に呑まれるままに、扇情的な行為をしているのなら今の状態にも納得がいく。
「アレクさま、背中はなぞり上げるように……んっ、あっ♡ そう、お上手です、良い子ですね……♡」
「ああ……」
「次は、下半身をお願いしますね……♡ アレクさまが、散々苛めた穴なんですから、アァっ♡ そんな、急に、深くぅ……♡」
いつの間にか床に彼を押し倒す姿勢になり、鈍った思考は彼の声に従って冷静に動き続ける。彼の本能による迂遠な一人遊びのようなその状況は、彼自身の理性への冒涜のように思え、俺はぐっと唇を噛んで己を取り戻そうとした。
「アレクさま……入れてください♡ 精液が欲しいんです♡ いっぱいください♡」
「っ……、ダメだ! 正気に戻ってくれ、ヒーラー!」
大声を出して、彼の体から距離を取る。
「お、お前は今、本能に呑まれてるんだ! 本当のお前はこんなことしたくないだろう! 頼むから欲望に負けないでくれ!」
部屋中に響き渡る声でそう言葉を叩きつけると、ヒーラーはぴたりと動きを止め、ひどく悔しそうな顔になった。
「え、ヒーラー……?」
「そうですよ、今の僕は正気じゃないんです。だから、酷いことしても許してくれますよね?」
彼は人差し指を俺に向けると、小声で呪文を唱えた。その途端、俺の体の自由は奪われ、まるで石像になったかのように動きを止める。彼は悪しき妖精のように妖艶に笑った。
「ネクロマンスの、応用ですよ……? アレクさまは今からすることに、何の抵抗もできないんです。……ああでも、口だけは自由にしてあげますね?」
ヒーラーがついっと指を動かすと、ずっと息を止めさせられていた肺に一気に空気が流れ込み、俺は苦しさで何度も咳き込んだ。
「げほ、げほっ……何を……!」
「大丈夫、アレクさまはもう、なんにもしなくていいですからね?」
ともだちにシェアしよう!

