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第1話
午前二時を過ぎると、街は急に静かになる。
昼間なら人の声と車の音で埋め尽くされている駅前も、今は信号機の電子音だけが妙に大きく聞こえていた。
「……寒」
佐伯律は、コートのポケットに両手を突っ込んだ。
九月の終わり。
昼間はまだ暑さが残っているのに、夜になると風はすっかり秋の匂いを帯びている。
スマートフォンの画面を見る。
午前二時十三分。
メッセージは、まだ来ない。
「やっぱり帰るか……」
そう呟いた瞬間だった。
「律!」
聞き慣れた声が、後ろから飛んできた。
振り返る。
駅の階段を駆け下りてくる男が見えた。
黒いシャツに、少し乱れた髪。
息を切らしている。
「……遅い」
「ごめん」
「三十分」
「ほんとごめんって」
男――三上湊は、律の目の前まで来ると、膝に手をついて大きく息を吐いた。
「仕事、長引いた」
「知ってる」
「じゃあ怒らないでよ」
「怒ってない」
「怒ってる顔だけど」
「元からこういう顔」
「それはそれで傷つくな」
湊が笑う。
その笑顔を見ると、律は何も言えなくなった。
昔からそうだった。
律が何か言おうとすると、湊はいつも先に笑う。
それで、律の言いたかったことを全部どこかへ追いやってしまう。
「……行こう」
「どこに?」
「コンビニ」
「こんな時間に?」
「湊が腹減ったって言ったんだろ」
「ああ、そうだった」
二人で歩き出す。
並んで歩くと、湊のほうが少しだけ背が高い。
それが昔から気に入らなかった。
大学に入ったばかりの頃は、律のほうが年上なのだから当然自分のほうが大人だと思っていた。
けれど、実際は違った。
湊は年下のくせに妙に落ち着いていて、人の懐に入るのがうまい。
律が一歩引けば、湊は一歩近づいてくる。
律が逃げれば、追いかけてくる。
そして何より――。
「律」
「何」
「今日、うち来る?」
「……なんで」
「明日休みなんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあいいじゃん」
「よくない」
「なんで?」
「……なんとなく」
湊が足を止めた。
律もつられて立ち止まる。
「何」
「律ってさ」
「うん」
「俺のこと避けてる?」
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