1 / 38
第1話
ぽつぽつと滴が窓を濡らし始める。帰りを急ぐ同級生たちの姿を窓から眺めていた仲森 樹 は灰色の分厚い雲が覆う空へと視線を向けた。
「裕 、雨降ってきた。やばいよ」
今日でこの教室とも最後になる。
樹は自分の机の上に腰かけてさっきから一言も話さない篠原 裕に振り向いた。裕はただじっと樹を見つめていた。何だか照れくさく、そして突然淋しさが込み上げてくる。
樹と裕は今日高校を卒業した。これからは別々の道を進むことになる。樹は都内の大学に。裕は美大に進むのだ。家も近く幼馴染の二人はいつも一緒だった。
裕は努力家でしっかり自分のやりたいことを見つけ目標に向かって突き進んでいる。そんな裕は何の目標もない自堕落な樹とは全く正反対で、樹にとっては眩しい存在だった。
「もうちょっとここにいるか?」
樹が裕にそう聞くと裕は頷き下を向いた。
「なんでそんなシケた面してんだよ、裕」
裕は少しはにかんだように樹に微笑み、机から腰を上げ樹の目の前に立った。
樹と裕の身長は同じで体格もよく似ている。裕は鼻先がくっつくかと思うほど、樹に接近した。
ドキッとし、息を止めたまま裕を見つめた。
「樹は俺と離ればなれになるの、淋しくないの?」
裕の息が樹の唇をくすぐる。急に樹の胸が苦しくなる。心臓が激しく肋骨を打ち付け酸欠になりそうだ。自分が息を止めていることに気が付き、裕から視線を逸らし、息を吐いた。
「淋しいよ。けど、これが一生の別れってわけじゃないじゃん。別々の大学に行ったって俺たち家も近いし、どうせつるむだろ?」
裕は顔を傾け遠くを見つめながら「そうかな」と言った。樹は裕が何を心配してるのかさっぱり理解できない。裕は美大に行けて嬉しいはずだ。なのに何でこんな悲しそうな顔をするんだ?
「樹」
名前を呼ばれ裕と視線を合わせた。刹那、裕の唇が樹のそれに重なった。そっと重ねられた唇はすぐに強く押し付けられ、樹の頬は裕の両手で固定された。何度も啄ばむようなキスをしてくる。
樹は混乱し、頭に血が上った。衝動的に裕を突き放していた。
ガタンと裕が机にぶつかった音に我に返る。
「裕、なにすんだよ、き、キスなんて……」
裕は下を向いたまま「ごめん」と言った。
「好きなんだ。樹のこと、好きで好きでどうしようもないんだ。好きだから―――」裕は泣き出しそうな顔で樹を真っ直ぐ見つめた。
ともだちにシェアしよう!